第6話「きびだんごトラップ!」

〇 〇 〇


 放課後。帰りのホームルームが終わり、俺は鞄に教科書を詰めていた。

 由芽は図書委員会があるので、今日は帰りは別々だ。由芽は児童文学や絵本が大好きなのだ。


「桃ノ瀬! さあ僕と一緒に充実した帰宅部ライフを満喫しよう! そして、由芽ちゃんや伊呂波ちゃんとの日常会話を詳しく聞かせろください!」


 あいかわらず猿谷が妙に俺に絡んでくる。こいつについていくと、ファーストフードで延々と質問攻めに遭うだけなので、スルーしたい。適当に言い訳して誤魔化そうと思ったところで――


「……ツラ貸しなさいよ」


 目の前に伊呂波が現れた。いつものぶっきらぼうな口調で。

 しかも、まだ他に生徒がいる状態なんだが……。


「ど、どうした、伊呂波? なにかあったのか?」

「屋上」


 一言だけ告げると、伊呂波はさっさと教室から出て行ってしまう。


「おいおいおいおい! おまえ、由芽ちゃんの次は伊呂波ちゃんとかぁ~っ! とっかえひっかえかぁーっ!? ぬおああああああああーーー! 許すまじ! 絶対に僕は桃ノ瀬を許さん! おまえとともに僕は自爆する!」


 猿谷が騒いでいるが、もうこいつの相手をする気はない。

 っていうか、どういう風の吹き回しだ伊呂波の奴……。

 

 学校内で俺に話しかけてくるなんてことは、今までに一度としてないし、よりによって教室に来るだなんて……。


〇 〇 〇



「……で、なんの用だ?」


 フェンスに寄りかかって、こちらをじっと睨みつけてくる伊呂波に訊ねる。

 正直、我が妹ながら、目つきがすげー怖い。

 ポニーテールの女の子ってもっとかわいく見えると思うんだが、殺意しか感じられない。


「……仲間を捜すことにしたから」


 伊呂波はボソッと呟いた。

 あまりにも唐突な上に意味不明な内容だったので、聞き逃しそうだった。


「仲間を捜す……? って、仲間がいるのか!?」

「いる」


 伊呂波は、必要最小限しか言葉を返してくれない。これだけじゃ、なにがなんやらわからない。

 自然、俺が質問をするしかない。


「捜すって……どうやって?」

「そんなの決まってるじゃない!」


 いや、知らねぇよ! と返しそうになったが、ぐっとこらえる。

 ここで御機嫌斜めになられても困る。

 いつだって妹の要求の前に兄は無力なのだ。


「決まってるって……それは一体なんだよ?」

「んっ!」


 伊呂波はカバンの中から、プラスチックのパックに入ったあるものを取り出して、俺に見せてきた。

 それは、白っぽくて、丸くて……。


「え? ……だんご? まさか……」

「そう。きびだんご」


 いつの間に、そんなものをこしらえていたのか……。

 こいつが料理する姿なんて、ほとんど見たことがない。

 ……というか、そもそもこいつの料理の腕は……。


「……それ、食えるのか?」

「はぁっ!? 殺されたいの!?」


 率直な疑問をぶつけたら、暴言で返された。いや、でも……お前の手料理を大昔に食べて、救急車で運ばれた記憶が……。


「なによ? 文句あるっていうの?」


 疑わしい目できびだんご(らしき物体)を見つめる俺に、伊呂波は苛立たしげな表情で睨んでくる。


「待て。これを無差別に配るとか言わないよな?」

「どうしてよ?」

「いや……」


 無差別テロに加担するわけにはいかない……。

 でも、今思っていることを口に出したら俺の命が危ういだろう。


「……ま、まぁ、きびだんごは置いておいて……だ。これで、どうやって仲間を見つけるってんだ?」

「罠をしかける」


 穏やかじゃないな。仲間を捜すのに、罠を仕掛けるか普通。


「そして、捕獲する」


 どう見ても、仲間を捜すって感じじゃないのだが……もうなにも言うまい。

 ここで俺が協力しなかったら、被害者を見殺しにすることになりかねない。

 気は乗らないが、協力しないと。いつでも救急車を呼ぶ覚悟だ。


「わかった……で、その罠はどこに仕掛けるんだ?」

「んっ!」


 伊呂波が顎でしゃくった場所には、すでに大型のザルと木の棒を組み合わせて作られた罠が設置してあった。


 棒には糸がついており、よく見ると伊呂波の手まで伸びていた。つまり……これを引っ張れば棒が倒れて、大型のザルがきびだんごを手にした相手にかぶさるということか。


「あとは、きびだんごを仕掛けるだけ! ほら、ぼさっとしてないで早くザルの下にきびだんご置きなさいよ!」

「え、ええっ!? ほ、本当にやるのか……? あ、ああ、もうわかった……! わかったから睨むな!」


 俺は伊呂波の眼力に屈してプラスチック容器に入っていたきびだんご(?)らしき物体をザルの下に仕掛けた。


「これで、どうするんだ。待つのか?」

「ん」


 伊呂波は厳しい眼差しで、罠を見つめている。俺も伊呂波の脇に並んで、経過を観察することにした。

 この現場を他の生徒に見られたら、頭のおかしい人扱いされることだろう。


「伊呂波」

「黙って待つ」

「お、おう」


 伊呂波の有無を言わさぬ迫力に負けて、そのまま待ち続ける。

 まさか、こんなものに引っかかる人類なんていないだろう――そう思った俺の思いは破られた。


 ガチャッと音がして屋上に通じる鉄製のドアが開かれた。

 そして、姿を現したのは……なぜか、制服姿の幼女(?)だった。


「……はぅぅ……本能を刺激して止(や)まない匂いがするです……ふらふら……」


 その制服幼女は頭に結わえた二本のおさげをぴょこぴょこさせながら、罠に向かって近づいてくる。

 ……しかも、なぜか……四つん這い……犬みたいな格好で、だ。


 眼前のあまりの光景に絶句する俺。いや、ドン引きと言ったほうがいいか……。

 まさか、こんな罠に引っかかる人類がいたとは。


「来た。こいつが、私の犬!」


 で、伊呂波は目の色を変えて、ヤバイ発言をしていた。

 正直、この展開についていけない。悪夢だ。


 その間にも、制服姿の幼女は四つん這いで罠の中にあるきびだんごに向かって、ふらふらぺたぺたと、危うい足取り(手取り)で近づいている。

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