第9話「初のパーティ戦!~桃・猿・犬~」
「で、次はどうするんだ伊呂波」
「……っ!」
伊呂波のほうを振り向いたら、表情が戦闘モードに切り替わっていた。
ハッとして、俺は辺りを見回す。
すると、赤いシャツを着た人相の悪い男が三人――いや、頭に角がついているので三匹――が土手から河川敷に向かって飛び降りた。
「わわっ、なんなんですかこの人たち……」
「ほほう、こいつらが鬼か……。どこか懐かしい」
犬子ちゃんと猿谷が三匹を見て、それぞれ感想を漏らす。まさかこんなところに鬼が現れるとは。
「どうするんだ伊呂波。いきなり二人を戦わせるのか?」
「習うより慣れろよ!」
伊呂波は肩に掛けていた竹刀入れから刀を取り出すと、三匹の鬼に向かって一直線に向かっていく。
「くらええええ!」
ザンッ!と空気を切り裂く音。しかし、直撃せず。
三匹は伊呂波の斬撃をかわして、左・右・後方の三方向に飛んだ。
伊呂波は退いた鬼を追尾するように、さらに踏み込んだが――。
左右に散った鬼が体勢を立て直して伊呂波に襲い掛かってくる。
さすがに一人で三匹の敵を相手するのは無茶だ!
「伊呂波っ!」
左右の鬼の爪が伊呂波を襲った――と思った瞬間、
「どおらっしゃあああ!」
「ゆきだるま!」
左の鬼の頭部へ猿谷が加速してドロップキックをかまし、右の鬼は犬子ちゃんの召喚した巨大雪だるま(先ほどの三倍ぐらいある)に潰された。いずれも致命傷になったのか淡い光を放って消える。
「やああっ!」
伊呂波は残った鬼に真っすぐに踏み込んでいって一刀のもとに斬り下げる。
鬼は宙に舞って、地面に倒れたときには消滅していた。
……あっという間の戦いだった。
「びっくりしたな……」
突然の襲撃にも驚いたが、ここまで鮮やかに三匹を倒せるとは。
「やるじゃない。これなら、鬼との戦いがずいぶん楽になる!」
伊呂波が珍しく、上機嫌な表情で二人を褒める。
「ど、どきどきしました……本当に、頭に角が生えてて……消滅して……犬子、まだわけがわかりません」
「一撃で倒せてしまうとはつまらんものだな。こんなことでは僕のリビドーが解消できないではないか!」
犬子ちゃんも猿谷も、けっこう余裕あるな。
俺なんか鬼を見ただけですっごいびびっていたのに……。
それにしても。
「伊呂波……鬼って、こんないつでもどこでも出没するもんなのか?」」
「数日に数匹づつ、こっちの世界に出てくるんだと思う。基本は、私狙い。一般人には普通は危害は加えない」
まぁ、今まで一般人が鬼に襲われたってニュースは聞いたことはなかったしな。
しかし、
「犬子ちゃんや猿谷を巻き込んでいいのか?」
「もちろんよ! 前世で仲間だったんだから!」
いや、そんな自信たっぷりに言われても。二人の意思はガン無視か。
「い、犬子は……まだよくわかりませんけど、伊呂波さんについていったほうがいい気がしています」
「無論、僕も伊呂波ちゃんに従う。持て余したリビドーを発散するためには戦の一字あるのみだからな!」
どうやら、ふたりに異存はないようだった。
「それじゃ、二人とも、明日から放課後を空けておいてね!」
伊呂波はすっかりリーダーのつもりで、仕切っている。こいつ、友達が少なかったし、こういう形でも仲間ができるってのも悪くないのかもしれない。
そんな風に思う俺もいる。妹に友達ができることは、いいことだ。
だが、ほんと、これからどうなるんだろうか。俺の心配の種は増えるばかりだった。すっかり非日常が日常になってしまいそうだ。
〇 〇 〇
今夜は、伊呂波の出撃はないらしい。
庭で素振りを終えた伊呂波は、さっさと風呂に入って、自室に籠ってしまった。もう、寝るのだろう。もっと、これからのことや、桃太郎のことについて訊きたかったのだが、致し方ない。
「俺も寝るか……」
なんか……仲間が増えることに対して……鬼を討伐する体勢が整うことについて、どことなく不安を覚える俺がいる。まったく、根拠なんてないのだが……。
ベッドに横になって、今日のことを振り返る。犬子ちゃんのこと、猿谷のこと……そして、由芽のこと。
苗字だけで判断するなら、由芽が鬼だって可能性もあるのかもしれない。
……いや、ばかな。あんなとろい、闘争心の一粒もない由芽が鬼ってことはないだろう。そう思いたい。
最初に公園で見た鬼も、今日の鬼も、いずれも獣のような目つきをしていた。
そんな好戦的な鬼と、由芽はかけ離れた存在のはずだ。
「それにしても……ほんとアニメや漫画のような事態になっちまったな……」
未だに夢の中の出来事のように感じられる。
「まぁ……考えても仕方ない」
俺の今できることは、ただひとつ。兄として、伊呂波のそばにいることだろう。
なんの能力もない俺になにができるかは、わからないけれど。
そんなことを考えているうちに、だんだんと眠気が訪れてきた。やっぱり、疲れていたのだろう。
しかし、見る夢はやっぱり――遠い過去の話だった。
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