朝食
「起きろ」
耳元で囁かれた小さな声で、脳と体が共に跳ね起きる。肩と腰が痛い。固い床で寝た弊害か?
「朝食の時間じゃぞ」
「あ、そっか。もう朝か」
目やにがついて動きにくい目を軽く擦り、大きく背中を伸ばして骨を鳴らす。一時的な快感に身を浸し、全身を脱力させて扉を開ける。
「あれ?本......」
昨日まで足の踏み場もないほど散らかっていた部屋は、ただ陽光の差す図書室のようになっていた。昨日動くことが出来ないと言っていた伯爵もいない。
更に扉を開けて部屋の外へ出る。
「あ、あなたは」
「お待ちしておりました、トモキ様。
早速ですが、朝食会場へと向かわせていただきます」
昨日の老執事がそこには立っており、今その背中を向けて廊下を歩き始めた。俺は迷わずその後ろを付いていく。
長い廊下を出てすぐに右折。そこが食事の場所だった。
「申し遅れました。私、スルーレット▪メリアと申します。以後、お見知りおきを」
食事場への扉を開ける前に老執事はそう言って静かに片方の扉を開けた。
やっぱり、日本じゃないのか。
長方形に伸びたテーブル。過度に装飾された壁や椅子、食器。そして、量よりも見映えを重視した、いわゆるA級グルメ。
実際に食べれる量よりも、美術的センスにこの世界の食生活は片寄っている。
そして何より異世界だと感じさせるのは......。
やっときたか、と言うような軽い笑みで手を招くミイラのような人間......よりも長い紫の紙を後ろで一本にまとめた、精悍で可憐な、そんな矛盾した美を持つ、紫眼の15歳位の女の子と、白い髪を肩の辺りで短く切り揃え、前髪で目元を隠している8歳位の女の子だ。
「やっと来たのね、ノロマ」
部屋に入った時の第一声がそれかよ......。一応初対面なんだからさ......もうちょっと言葉を選ぼうぜ......。
「お待たせして申し訳ありません」
「そんな体裁だけの謝罪はいらないわ。次、行動で示して」
当たりかたキツイなあ。でも、この子が言っていることはおかしくない。見た目通り、気と正義感のようなものが強いんだろう。つり目だし、眼力もすごいな。
対して......白い髪の子は。
「はわわわ、はわわわ」
ただ席に座って両手を小刻みに動かすだけ。紫髪の子とは真逆の性格っぽいな。大衆に流されやすいタイプ、って感じだ。
それとは関係なく両手あわわ可愛い......。
「みんな仲良く出来そうじゃな。おっと、トモキにはまだ紹介していなかったの。こやつらはわしの孫じゃ。紫の方がアンジュ、白の方がカトリーナじゃ。よろしくの。
では、食事としようか」
正面に座る体が痩せ細った老人は中に浮かぶメガホンに声を通して笑っていた。俺がカトリーナの隣に座ったタイミングでミイラのような老人が、手を合わせる。同時に二人の女の子も手を合わせる。
俺もそれに倣った。
「今日も我らに幸せな朝が訪れたことをスカーレット王に感謝します。──────
さて、いただこう」
いただきます、みたいなものか。感謝の対象が王様ってことにびっくりだけどな。
「あなた......」
さて、俺の目の前にある一目で俺の手に終えない領域にあると理解できるこいつをどう綺麗に見せて食べるか......。
「ねえ」
ここは、フォークで直接刺してみるか?いや、それは地雷を踏む可能性が高い。なんだ、一番安全な方法......。盗み見てると何か怪しまれるだろうし。
「ねえってば!」
およ?
「......僕ですか?」
「あんた以外に誰がいるのよ」
鋭い目をキッと向けてくると怖いな。なんというか、圧を感じる。
「さっき、合掌の時に戸惑ってたでしょ。どういうことか教えなさい。まさか、こんな基本的なことすら知らない程異邦人というのはバカなの?」
口元にうっすらと笑みをつくって言ってくる。バカにしてるのか。
「そちらの常識を押し付けてこないでくれますか?僕のいた世界には僕の世界なりの挨拶があるんです」
「へえ、それじゃあ今実践してみせなさい?丁度食事に手を付けていないようですし、ね?」
なんだろう。凄い言い方がイラつく。何処か上から目線というか見下したり劣等感を感じさせようとさせる話し方。近い言葉は煽り、だろうか。声は女の子だなって声なのに......。
「わかりました。では、やります。
──いただきます」
俺は、おそらくメインであると思われる肉の回りに垂らされていた液を少し掬って口に含んだ。
「は?何それ?いただきます?」
「そうです。僕の世界ではいただきますといって食べることが基本です」
「アハハハハ。何それ、ただ適当に言っとけばいいやというやっつけのような感じがしますよ?」
そうか、そう取られるのか。だが、別にこの言葉に意味がないわけではない。
「お言葉ですが、この言葉にはしっかりといた意味があります」
あ、見るからに不機嫌になった。
「ふーん。じゃあ説明してごらんなさい?」
「はい。この言葉には3つの意味が含まれています。一つは料理人への感謝、二つ目は僕たちの糧になってくれた生き物たちへの感謝と追悼、三つ目はあなたの分まで生きますよという誓いの意味合いがあります。」
父さん、こんなどうでも良さそうな事を教えてくれてありがとな。
「何それ。そんなものに感謝や誓いなんてする必要はないわ。私たちを安全にしてくれている王様方に感謝して頂いたほうがよっぽど縁がいいわ」
そういうなり、彼女はむすっとした顔で椅子に座り、ナイフを器用に使って食事を始めた。
「すまんのう。アンジュはこの年じゃ、反抗心が強くて貶したり嘲ったりというのをよくするんじゃ。じゃが、根は素直な子じゃ。たまたま今がそういう時期なだけなんじゃ。許してやってくれ」
耳元の小さな声に俺は軽く頷いて目の前の肉をナイフとフォークで苦戦しながらも食べる。
それにしても不思議だな。全然量を食った気がしないのに満腹だ。
「アンジュ、カトリーナ、今日は陽頂の時より稽古を始めるからの。それまでに中庭に集合しておくんじゃぞ」
「わかったわ」
「......」
右手を少し振って出ていくアンジュと、振り向いてから一礼してそそくさと出ていくカトリーナ。やっぱり、全然違うなあ。
「トモキはこれから書斎で勉強じゃ。その後はあの子たちと稽古をしてもらうからの」
「りょ、了解です」
あれ?俺だけやる量おかしくね?
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