同棲することになったのか......?

「入ってくれ」

「わかりました」

 消え入るような小さな声に応じて俺は扉を少しだけ開き、素早く中に入ると扉を閉めた。

 部屋の中は、書斎だとはっきりわかる程に本があった。だが、奇妙なのはその本のどれもが床に積まれているという点だった。

「アウトーム伯爵様?」

 あまりにも静かな空気が怖くて、俺はここにいるはずの人物の名前を呼んだ。

「わしは、ここじゃよ......」

積まれた本が作った円の中心から手が伸びた。小さく、今にも消えてしまいそうなか細い声と共に。

「お、お化け!?」

 基本的に俺はホラー耐性がない。お化け屋敷に入って最後まで目を瞑らないで抜けれたのは彼女とのデートの時だけだ。

「違う、わしじゃ、お前さんの呼んだアウトーム伯爵じゃよ」

 仄暗いランプの火に照らされた細い腕は、とても伯爵と呼ばれる地位に立つ者とは思えなかった。

「あなたがアウトーム伯爵であるという証拠はありますか?」

「む、それはないのう」

 初対面の人に、本人かどうか確認するのは別におかしいことじゃあないはずだ。特に、相手の腕しかわからないときは誰だってそうするはずだ。


「だが、信じてもらうしかないんじゃよ」

「なら、一つ聞かせてください。そして、それに対する回答が事実であると証明してください。」

 ドアノブにそっと手を乗せる。温もりは感じない。傷のついたようなへこみもない。

「僕がここに入る時、扉を開けたのは誰ですか?」

 伯爵はあそこから動けない。扉が開いた瞬間にすぐ戻ることはあの細い腕じゃできないはずだ。なら、ここには伯爵以外にも誰かがいるはずだ扉を開けた誰かが。

「わしじゃよ」

 嘘をついた?それとも腕を伸ばしたりといったあの場所から動かないでドアを開ける方法があるのか?

「ほ、本が......」

 その時、本棚から一冊の本が浮いた。まるで誰かに抜かれるような動きで本棚から解放された本は、俺の手元にそっと置かれた。

 風が、動いた?

 本が置かれたその瞬間、微かに、だが大きな物が動くような風の流れを感じた。

「今ので、信じてもらえたかのう」

 なるほど......。俺はまだ地球の考え方に縛られている。ここは地球にないからここにないとは限らないんだ。見えない人。透明人間がここにはいるのか。

「はい。大丈夫です。疑ってすいません」

「いいんじゃよ。初対面の者を疑わない奴はたんなるバカじゃからの。それに、今ので色々と飲み込んでくれたのも感謝せんとな」

 また、静かになる。ペラ、ペラ、と紙を捲る音が微かに鳴る。

「さて、本題じゃ。」

 突然音が止まり、声が耳元で聞こえた。

「ううぇ!?」

 息がかかった訳でもないのに俺は身を震わせた。単純に意識の外から声をかけられるのにびっくりしたのだ。

「突然別の世界に来てびっくりしているだろう。だが、許してほしい。我々は毎年この時期に異邦人を招き、統治について学びを深めているのだ。」

「統治......ですか?」

 統治......つまりは政治、政策のことだろう。ならなんで俺なんだ?政治家でも呼んできた方が確実だろうに。

「わしらアウトーム家は、常に我が国、スカーレット王国の政治を担当してきた。勿論、国民にどうこうと言うのは王様じゃ、わしら一族は王様に知恵を与えるという機関、そうそう、内閣とやらと同じ立場じゃ」

 また、一冊の本が浮いて俺の手元に置かれた。

「お主のようなまだ政治に関わっていなさそうな者を今回呼んだのは今この政治に何か欠点はないかを見極めてもらうためなんじゃよ」

「監視役ってことですか?」

「そうとってくれて構わんよ」

 監視役......。異世界の政治によって統治された国を一介の高校生風情があれこれ示唆していいのか?いや、ダメだろ。こういうのはしっかりと経験ある人がすべき事だ。

「アウトーム伯爵様、僕は」

「すまんが、お主に拒否権はない。」

「............え?」

 拒否権無し?強制参加?え?え?

 手元の本が静かに開かれる。その本にはびっしりと何かの文字が書かれていた。

 いや、文字だけじゃない。数字もある。

「何これ......」

「それは、過去に行ってきた政治革変の記録じゃ。何をして、どういう結果が出たのか。書いてあるじゃろ?」

 にょきっと積まれた本の中から生えた細い腕がプラプラと動いている。その腕の本体がいるであろう場所へ恐る恐る言葉を発する。

「あの、僕にはこれが何て書いてあるのか読めないのですが......」

 手が、止まる。俺の心臓もその手に釣られてぴくりと止まったような気がする。空気も何もかも、時すら止まったような錯覚だ。

 そう、お化け屋敷で怖すぎて逆に反応ができないあれだ。

「それもそうだったのう。よし、明日からわしが直々に教えてやろう」

「わ、わかりました。よろしくお願いします」

 筋肉が異常な震えを見せつける中で、俺の口は滑らかに言葉を話した。

「で、では僕はここで......」

 一刻も早くここから出てぇ!!あの温和そうな執事さんと話してぇ!!いやとりあえずここから出してくれ!!

「うん?待たんかい。今日からお主の部屋はここじゃよ」

 ドアノブに後ろ手でかけていた手を俺はそっと離した。目は多分大きく見開かれていると思う。でも、俺の口は

「わかりました。ありがとうございます」

 嘘つきだ。


「それでは今日からお世話になります。アウトーム伯爵様」

「うむ。よろしく頼むぞ、トモキ」

 え?あれ?自己紹介したっけ?

「ふ、驚いたのう。さっきから本が浮いたりしとったろ。それの延長線で相手の多少の情報は読むことができるんじゃよ。それも、後々教えよう」

 凄い、凄いのはわかる。さすが異世界。

「もう遅い、寝とけ」

「あ、はい」

 時計ってどこに......あ、空か。天然の空時計なのね。

「お先に失礼します」

 そう言って俺はいつの間にか開かれていた奥の扉の先へ進み、床に寝転んだ。石畳の床は冷たかった。

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