第4話 主のいない庭
連休の中日でした。 新聞を取りにいってびっくり。
アリさんマークが 目の前に。お隣? 引っ越し?
すぐにお隣に飛んでいくと、遠い茨城県在住の娘さんが出てこられた。
「いまからご挨拶に伺うところだったんです。 急に決まって すみません、お伝えしてなくて。」
お隣は 我が家よりも20年ほど年上のご夫婦お二人だけのお住まいでした。
奥様のほうは 近所付き合いはお好きではないようで、時々 ピアノの調べが聞こえてきて 存在が確認できるというふうでした。
それでも たまに珍しい到来物などを持って伺うと、我が家のこどもたちの進路については興味があるようで、そんな話の時には決まって遠方に嫁がれた娘さんのことを、うちはできが悪くてとおっしゃるのが耳障りではありました。 でも その娘さん実はりっぱな国立大学を出ておられました。
お身体の具合があまりよくないようで、地区の行事は、おそうじから会合まですべてご主人おひとりでされているお姿が お気の毒でした。
そのご主人が、杖にすがり今にも倒れそうによろよろと歩いてらっしゃるので驚愕したのが、木枯らしが吹き始めた頃のあるゴミ出しの日。
腰痛がひどくなりもうどうにもならなくなったそうで、その後は お隣に訪問介護の車が停まっていることが多くなりました。
気になっておりましたら、そのうちに娘さんの姿をみるようになりました。 年末でお手伝いに来てるんだなと、少しほっとして、そのまま こちらも怒涛の年末年始に突入してしまったのでした。
年が明けて ゴミ置き場に古い衣装箱やおふとんなどを多量に運んでいる娘さんがいらして、家の中のものを捨てて整理しているのだなあと、ただ勝手にそのように思っておりました。挨拶程度のお声かけしかできず、何かしてさしあげることはないかと どうしようかしらと迷っているところでした。
そんな矢先でした。
茨木のお宅に お二人をひきとって介護するとのこと。
よくよく話を伺えば、ご主人のご両親の家もお隣にあって、おかあさまのほうは認知症を患っているので、そちらもお世話をしてるのだそう。
その上にご自分のご両親を引き取るって!
でも 大阪に来ることを考えたら 近くにいてもらうほうがよいのです。と。
お身体の不自由になられた父親と
明日阪大病院を退院する母親をそのまま連れて茨木に帰られるとのこと
驚きの連続で でも もうどうにも私にできることはなく、 せめてその日の夕食と翌日の移動中の何かを作ってさしあげることだけでもと 急いで家にとって帰りました。
翌日出発の朝 娘さんがご挨拶に来られ、その時に
「母がいろいろご迷惑をおかけしませんでしたか?」と予想もしないことをおっしゃって とっさに 「よくしていただきましたよ。」と応えながら、内心さまざまな出来事が頭をよぎったのでした。確かに神経質で深く親しくなれる方ではありませんでした。
一人っ子の娘さんは 大学の時から家を出られ、ほどなく結婚して遠方に行ってしまわれた。
奥さまは ことがあるたびにそう親しくもない私に、娘さんが出来が悪いとこぼしておられた。
この母娘にいったいどんな確執があるのかどうなのか、娘さんが母親に対して抱いていた感情はなんなのか。
何はともあれその娘さんは 最後には その母親のお世話をするのです。そして、日頃けなしていた娘さんのところに 夫と共に身をよせざるをえない母親。
あたりまえですが それからのお隣は雨戸がしまり ひっそりとなってしまいました。
が ここ2,3日 裏口の戸をあけますと、小鳥がぱっと飛び立つようになりました。
ここは安全だよと 主のいなくなったお庭の木の実などを堂々とつついている
のかもしれません。
いままでしたことありませんでしたが、爪先立って塀越しにお庭を覗きますと、真っ赤な椿の花が見事に咲き誇っていました。
常にお隣にいらっしゃるというそれだけでも なんらかのつながりはあったのに
こんなにもあっけなく もう二度とお目にかかることはないのでしょう。
娘さんに頼るしかなかったのか、そうだとしたら なんと無力になってしまうことなのでしょうか。老いるということは。
思うようにはいかないのが人生だとしても
閉まったままのお隣の窓を見ては ため息の出る日々なのです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます