第2話 母には天使がついていたか? 一話完結
「私って、絶対天使がついてる。助けてくれてるって気がする。」 母はよくそう言っていた。
そんなことを言うときは決まってとんでもない出来事の後なのだが。
母は、早い頃から車を運転していた。
昭和30年代は、まだそうマイカーも普及していなかった。母は、すぐに免許を取り、そのころはスバル360を乗り回していた。
ある日、車で出かけた母の帰りが遅いなあと思っていたら、車の音がしたので玄関に出、そして、仰天した。車の後部半分がべしゃっと押しつぶされている。
交差点で後ろから大型トラックに追突されたとのこと。黄色信号でブレーキ踏んでしまったらしい。
「僕のすぐ上にトラックがいた」 と弟が言うのが恐ろしかった。
後部座席には、弟とその友達も乗っていたのだ。
なにせスバル360。全員即死でもおかしくない。 その時母は
「運がよかった、たあちゃんが無事でよかった。」と そう動揺するでもなく喜んでいた。
今でも「運がよかった」 というフレーズを耳にするたびに その時のことを思い出す。
その時バナナを買ってきてたので バナナを見ても思いだす。
スバルの時は確かまだ中学生の頃だったと思うが、次のアクシデントのときには、私は大学生だった。車もスタンダードな中型車になってたと思う。
家の前にいったん車を停めて、何かを取りに入ってきた母が、また出かけようとしたらしい。
外で何か叫ぶので、急いで外に出て目撃した。
母が呆然と立っていて、その前方に無人の車がゆっくりと左に下って動いていくのが見えた。道路に走り出て 私たちは見ているしかなかった。
車はそのまま対向車線に入り、歩道の電信柱にあたって止まった。
家の前は緩い下り坂で ハンドブレーキが中途半端だったのだろう。
家並みが続くバス通りであったのに、不思議なことに 車一台も、人ひとりもいなかった。
次も車の話。
母が運転し私は助手席に乗っていた。踏切で止まった時、運転していた母が、「ここでねえ、こないだはさすがに怖かった。」と言う。「あ、言っちゃった! 内緒よ」と白状したのは、信じがたい内容だった。
「ここでね、踏切入ったら 遮断器が降りちゃったのよ。」
「えっ!!」 思わず母の顔を見る。
立ち往生して、どうしようと思う間に電車が来ちゃって、それが隣の線路だったの。目の前に電車が走っていったそうな。
「おとうさんには黙っててね」 と母にしてはひどく真剣な顔だったので、本当のことだと思われる。わざわざそんな作り話をするわけもないだろうし。
その後、自分でも運転するようになり、その踏切を通るたびに、ゾッと背筋が寒くなった。
母がまだ娘の頃だったそうな。外出し、帰宅した家の玄関先で、後ろから首を刺された。毛皮のショール目当てだったらしい。戦争前後には 日本はまだ貧しかったのだ。そのようなおいはぎ事件も多かったのだろう。その傷跡は、80代の老女になった母の細い首にまだしっかり残っていた。
母の言う通り、天使がその都度守ってくれていたのかもしれないいが、
「じゃあ、家の前に倒れていてそのまんま死んじゃったのはどうしてよ?」と 娘の私が聞いたとしたら、
「『今が死に時。ちょどよい』と、天使が連れていってくれたのよ。あなたに世話をかけることなく逝ったでしょう!」と
母は「ほらね 私には天使がついてるのよ。」と自慢するのかもしれないなと、そう思ったりもするのである。
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