黒いショール

文乃木 れい

第1話 黒いショール

母の七回忌には このショールをしよう。

黒いレースのショールを手にしながら 私はあの時の母の表情を思い出した。


あの時。 旅の途中の地下鉄の駅。 私と母は最悪だった。

口喧嘩をしながら札幌方面への階段をおりていた時、 着いたばかりの電車のドアが開いたのが見えた。

まだ 階段は半分以上ある。間に合わないなと思ったその時

「もう 知らない!」とかなんとか叫んで、母は飛ぶように階段をかけおりていき 

発車寸前の電車に飛び乗ってしまった。

虚を突かれ 私はホームにとり残された。


その夏 私たち母娘は 北海道の旅をしていた。気楽なふたり旅のはずだったのに

札幌での最初の晩 留守居をしていた父から電話が入り

札幌に住む父方の親戚が亡くなったというのだ。

父は、母と私がたまたま札幌にいて弔問に伺うと伝えてしまっていた。


私たちは、突然の予定の変更に苛立っていたのかもしれない。

母は幾度も札幌を訪れてはいたが、それでももう82歳。

次の電車の中で 私は気が気ではなかった。

 

到着駅のホームには母の姿はない。

どうしようか。。。 今日訪れる弔問先の家はわかっている。

そこに行ってしまうしかないのだろうか、どこを探せばよいのだろうか

思案しながら、あるいは? と足を向けたショッピングゾーン。


エスカレーターを降りるとすぐに、聞きなれた声が飛びこんできた! 

高音の良く響く声が。


あわててその店に飛び込むと、母は店員と楽しそうにショールの品定めをしているではないか。

あっけなく出会えたことに内心驚きながらもほっとした私は、次にはつくづく呆れた顔をしていただろう。

そんな私をみとめても

母は何事もないように、買い物を続けていた。 そのわざととりすました中に 

忘れもしない、くすっと笑ったような一瞬の表情


 その時に買い求めた黒のショール。

今ふわっと首にあてて鏡をのぞくと 私の顔にその母の表情がうるんでだぶる。


6年前、母は自宅の外階段の下で頭を強く打って倒れていた。ジョギング中の人に発見され病院に運ばれたが、 意識はもどらないまま逝ってしまった。

母はあの時のように 階段をかけおりたのだろうか。

あの時のようには軽やかには降りられなかったのだろうか。。。

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