オレは救世主か!?

 オレを見るなり、総理は抱きつかんばかりに近寄ってきて、一方的に強く握手された。

 総理補佐官が、

「あなたが、国を救ってくれるかも知れません」

と言って、オレを持ち上げた。

 マッド・マフラーがオレを避けているのは、なにかやつらが嫌がる臭いをオレが発散している可能性があるらしい。

「調べさせて欲しい」

と、補佐官が言った。

 オレは即答を避けた。

 そうして、無一文であること、もう丸二日なにも食べていないことを伝えた。

 すると総理が秘書らしい男に耳打ちすると、その男が自分の財布から五枚の万札を抜いてオレに握らせた。

 これはワイロ?。

 でも、法律用語なんて、知る必要はない。これで、しばらくは食いつなげる・・・・。

 こうして、その日から、オレの住居は首相官邸内の賓客になった。



 官邸専属シェフが、時間に関係なくなんでも作ってくれる。備え付けの冷蔵庫の中はギッシリ。ベッドもふかふか。大型モニターで、臨場感あふれる映像も。至れり尽くせりだが、毎日3時間、ドクターたちに検査される。血をとられ、ありとあらゆる検査をさせられた。地下には医療センターもあるのだ。


 オレ専用のSPもつけられた。最初は軍人のような男だったので、女子にして欲しいと補佐官にグチると、そうなった。可愛い系ではなかったけれど。

 一か月、そこで暮らした。その間も、マッド・マフラーたちが、人をさらっていく。一体、どこに連れていくのだろう。

 補佐官が、

「国家機密だが、宇宙のどこか!」

と教えてくれた。

 いきなりかよ。宇宙なんて。

 志願した自衛隊員につけられた通信機が、地球上ではないを示していたらしい。ただ、朗報といっていいかはわからないが、そのでも、かれの生命反応は途切れていないそうだ。


「かれ、じゃないですよ。志願したのは女性です!」


 淡々と補佐官は言った。なんとまあ、勇気のある女子は大好きだ。そういえば、ここずっと性的欲求がたまっていることに気づいて、そのことを洩らすと、官僚出身の補佐官は、

「私もです!妻はマッド・マフラーにさらわれて行方知れずですから」

と、つぶやいた。

 すかさず謝罪し、ため息をついた。

 その夜、オレのベッドにしのんできたのは、SPの彼女だった。

「首相命令ですから!」

 彼女は言った。

 なんということか。

「キミ、名前は?」

「そんなこと、関係ないでしょ?」

「家族は?」

「マッド・マフラーに!」

「・・・・・」

 エッチどころではない。

 話をした。彼女の故郷の町は、全滅状態だそうだ。マッド・マフラーは、どこからやってきて、どこに帰っていくのか。

 宇宙軍を創設して意気がっていたアメリカはどうしたのか!

「人の多いニューヨークとワシントンからは人はいなくなったみたい」

 アジアでも半島も大陸も、人口は半減したそうだ。オレはぎゅっと彼女を抱きしめ、そのまま眠りについた。


 目覚めると、彼女の姿はなかった。エッチはしていないが、さすがに照れたのだろう。

 呼び鈴を鳴らした。

 誰も応答はない。

 廊下に出た。風が通り抜けた。

 廊下のずっと先の窓が、壊れていた。ヤバい。いつも定位置に立っているSPたちの姿はなかった。彼女も。いや、家に戻っているのかもしれない。

 エレベーターで地下に降りた。

 人の気配があった。誰かいるのかと叫んでみた。オレの声に応じるかのように、ガタガタと音がした。馴染みのドクターの顔があった。それにSPの彼女も。

 よ、か、っ、た。

 微笑みかけようとしたオレを制したのは、ドクターだった。

「そ、総理がマッド・マフラーに!」


 どうやら、マッド・マフラーどもは、窓やドアを蹴破けやぶる技を身につけたらしい。これでは、屋内にいたところで、よほどの備えがないと逃げることはできないだろう。


「自衛隊が都内五か所に、基地を設けたの。そこなら、まだ安全かも」


 SPの彼女が言った。首相官邸よりも安全なところがあるのだろうか。

 いつものあの補佐官は、臨時に官房長官に就任、防衛大臣が臨時総理に就いたらしい。すでに、日本の人口は減り続けていると、ドクターはつぶやいた。少子化問題なんて、これに比べたら、大したことではない。


「でも、ひょっとしたら、宇宙のどこかで、生きて、新しい国づくりをしているかも」


 SPの彼女が言った。

 それは、願望ということだろう。マッド・マフラーが宇宙人としたら、いや、宇宙人の兵器とすれば、あるいは、人間を食糧として貯蔵しているのかもしれない。オレが指摘すると、その場にいた十人ほどのスタッフがヘンな顔になった。

「あっ、オレ、売れないSF作家だから」

 ついに、言ってしまった。

 自分で、売、れ、な、い、なんて。

 とりあえず食事をすませ、必要になるだろう機材、水、非常食などを手分けして持つことにした。

 ドクターと、ほか数人は残ると言い出した。なにかここで役に立つことができるかもしれないという理由からだ。その職業倫理には敬服に値するし、尊重することにした。



 脱出組はオレが先頭になって、地下駐車場まで導いた。八人いた。これなら、一台でことたりる。分乗するよりは危険が回避されるだろう。なぜならオレは一人しかいないから。でも、運転はできない。したことがないから。

「あっ!」

 誰かが叫んだ。地下というのに、マッド・マフラーどもが獲物を狙って、ふわふわ、ひょろひょろと漂っていた。 

 案の定、オレたちめがけて、飛んできた。すかさず、両の手を広げて、オレは歌舞伎役者のように立ちはだかった。

 すると、マッド・マフラーどもは宙にまったまま、じっとこちらをていた。

 いや、みているかどうかは、わからない。そんな気がした。

 出口のほうで、エンジン音がした。自衛隊の装甲車らしかった。正式な名称は知らない。ミニ戦車のような形にみえたが、キャタピラーではない。

「下がって、下がって!」

 装甲車の隣を走っていた隊員が、手を、あっちへ行け!というふうに振っていた。

 オレたちは壁際にまでさかると、装甲車からマフラー群に向けて噴射された液体が、ぼうっと燃え上がった。残っていたマッド・マフラーは一斉に飛び去っていった。

 なるほど、マッド・マフラーは火に弱かったのだ。といって、街中を浮遊するマッド・マフラーを燃やすわけにはいかないだろう。建物や人に燃え移るかもしれないのだから。

 装甲車が目の前まで移動して止まった。

 中から出てきたのは、馴染みの補佐官、いや、いまは官房長官だった。

 オレに駆け寄ると、彼は、それまでみせたことのないような重々しい口調でオレに言った。


「臨時閣議が開かれ、すぐに臨時国会でも承認されました。憲法の規定にはありませんが、国家存亡の非常事態です。・・・あなたが、総理大臣に、指名されました、閣下!」

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る