負けられない戦い

嵯峨嶋 掌

警戒警報発令!

 今日も、街には、警戒警報が鳴り響いている。外を歩いてはいけない。空から襲来するやつらは、首や腕や腰や脚に巻き付き、そのままどこかに連れ去るのだ。

 マフラーによく似たやつで、マッド・マフラーとネーミングされた。

 テレビのコメンテーターは、「妖怪一反木綿いったんもめんとの違いは、マッド・マフラーは大挙して襲来する点と、人を連れ去ること。外に出ないで、屋内で待機することで防げます」と、警告していた。

 窓に立つと、外はマッド・マフラーが、うようよ。いや、“ふわにょろ”という表現が似合っている。車を持っていないオレは、外にも出られない。マッド・マフラーの出現以来、儲かっているのは、タクシー業界と宅配業界だ。

 道路から悲鳴が聴こえてきた。

 母親らしい女が、子どもを抱えて逃げまっていた。あっ、どうしよう、どうしよう、オレは咄嗟とっさに外に飛び出していた。

「こっち、こっち!」 

 大声で叫んだ。母親はパニクっているらしく、オレの声は届かない。

 走った。駆けた。転んだ。でも、オレは立ち上がる。

 マッド・マフラーが母親に巻きつこうとした瞬間、オレは母親に抱きついた。すると、スルリと奴らは、母親から離れた。

 今度は、オレの回りをふわりと取り囲んだ。足がすくんだ。絶対絶命。人間、頭ではこうしろ、逃げろと叫んでいても、脚までは伝わらないのだろうか。

 ヤバい。おもわず目をつぶった。・・・なん、に、も、起、こ、ら、な、い。

 目をあけた。

 マッド・マフラーは、オレの回りをぐるぐる旋回しながら、オレを避けるように、飛んでいった。ど、う、い、う、こ、と、なのか、わからない。母子の姿は見えない。無事、逃げることができただろうか。


 アパートに戻ろうとすると、また新手あらてのマッド・マフラー群が、オレを見つけたようだ。大挙して向かってきた。


 な、に、も、お、こ、ら、な、い。


 さっきと同じように、オレを避けるように、去っていった・・・。

 ど、う、い、う、こ、と?

 わからない。アパートに戻った。

 シャワーを浴びて、冷蔵庫を開けた。ほとんど食べ、飲み尽くしていた。ガラガラ。

 仕方なく、水を飲んだ。宅配を頼もうにも、オレのクレジットカードは、債務過多で使用できない。現金も使い果たした。早く職を見つけなければ、飢え死にしてしまう。

 テレビをつけた。ん?オレが出ていた。さっきのマッド・マフラーとの格闘(?)の様子が、映し出されていた。近所の誰かがスマホで撮った映像をSNSにアップしたらしい。

 出演料って、くれないのかな。そんなことを考えていた。

 パトカーのサイレンが鳴り響いた。またマッド・マフラーのやつらか、と窓際に立った。重装備の警官の視線にとらえられた。

 マッド・マフラーよりも怖い。

 ピンポーンとベルが鳴った。ドアを開けると、いきなり逮捕された。

 やっぱり、マッド・マフラーより、怖い。

 パトカーに乗せられた。理由を尋ねても、誰も答えてくれない。


 ど、う、い、う、こ、と?


 警察署の前を何度も通り過ぎた。


 ど、う、い、う、こ、と?


 やがてオレの目に入ってきたのは、首相官邸だった・・・・。


 

 


 

 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る