第34話 決着

「スゲェ‼︎『月契呪』のメンバーが二人もやられたぞ‼︎」

「でもアイツらも二人やられたし、これで人数同じだ!」

「一体どうなるのかしら!」

 会場がこれまで以上に騒めき、私達に注目している。

 その熱気は嫌でも私達まで届いて離さない。

「うーん………居心地悪いなぁ」

 大刀石花が窮屈そうに身を震わせた。

 倒れた三人は救護室に運ばれて、フィールドにいるのは残った私達のみ。

 もう和やかな雰囲気はなくなり、緊張で息が上がりそうになる。

「椿………すまない、守ってやれなかった」

「しかし敵も二人消えた。これは大きい」

「あぁ。こうなったら、意地でも勝つぞ」

 弓を握り締めた五百先輩は、矢を作り出し身構える。

 一方こっちは引き腰もいいところ。威圧感が凄まじく、口の中が乾く。

「えっと………これリタイアしちゃダメ、だよね?」

「歩射達に怒られてもいいならいいけどね」

「まぁそうなるか」

 正直そんなことはどうでもいいが、ここまでしてもらって退くのは気まずい。

 こうなったら、やれるところまでやるしかない。

「シュ─────ッ!」

 クローを構えた屍櫃先輩が突撃してきた。

「くっ!」

 すかさず私はドーム状のバリアを展開した。攻撃は届かず、バリアのエネルギーが反発し音が鳴る。

「ッ!またバリア………守ってばかりか」

「そういうわけでもないですよ。よっと」

 大刀石花は地面に転移ゲートを開くと、刀を突き立てた。

 屍櫃先輩の真隣から刃がにゅっと突き出てくる。

「ふっ!」

 身体を捻って避けると、屍櫃先輩は私達から距離を取る。しかしすぐに体勢を立て直し、攻撃を繰り出す。

「シュッ、ふっ、ハァッ!」

「大蛇、伏せろ!」

 後ろからの声に、屍櫃先輩はその場に伏せた。

 それと同時に氷の矢が真っ直ぐバリア目がけて飛んでくる。振動で少し腕が痺れた。

「そこを攻撃しろ」

「あぁ」

 矢は弾けたが、今度はそこにクローの刃が突き刺さる。

 バリアを破壊して隙を作るつもりのようだ。同じ一点に攻撃され、さすがに体勢が悪くなる。

 大刀石花がゲートを使って攻撃しようとするが、軽い身のこなしで避けられてしまう。

「ぐっ!これだと、バリアが………!」



 その時

「大蛇!」

 五百先輩に名前を呼ばれた途端、屍櫃先輩は後ろに跳んだ屍櫃先輩が距離を取ってしまった。

 あと少しで砕けそうだったのに、何故退がってしまったのか。

 意図が読めないまま五百先輩と向き直ると、彼女がこちらへ弓を構えていた。

 まだバリアは持つ、それくらいなら分かるはずなのに。

 しかしその矢はさっきまでとは違った。

 矢先に何かが集まっている。

 気体………水蒸気か。何かを形成するわけでもなく、ただ一点に固まってるみたいだ。

 あれは………ッ⁉︎まさか………!

「大刀石花、逃げて」

「えっ、何で?」

「たぶんヤバいの来るから」

 納得はしていなかったようだが、大刀石花はゲートを開くとその中に飛び込んだ。

 私もすぐに後を追おうとしたが、それを待ってくれるほど先輩達も優しくはない。

「はっ!」

 短い気合いと共に放たれた矢は、真っ直ぐ私へと飛んでくる。



 そしてバリアに突き刺さった途端、凄まじい爆音が鳴り響き矢が爆発した。

 バリアは一瞬にして砕け散り、私は声も出せず吹き飛ばされる。



 あまりの衝撃に耐え切れず、中を舞った私は氷壁に叩きつけられた。感じるのは蒸し暑さと押し潰されそうな圧迫感のみ。

『きゃあぁぁぁぁッ‼︎』

 爆発の衝撃は観客席にまで届き、みんなが驚き声をあげる。

「海金砂⁉︎」

「ぐふッ‼︎くっ………!」

 バリアが守ってくれたおかげで辛うじて意識はあるものの、床に倒れて這いつくばる。

 全身に激痛が走り、四肢は千切れたのかと思うほどに痛い。

 さっきまでいた場所は大きく抉れており、まるで月面のクレーターのようだ。

『こ、これは一体…………』

 観ていた人達、実況していた人ですらも呆然としている。

 水蒸気爆発だ。集めた水を一気に沸騰させる。人為的に起こせば、ここまでの威力になる。

「ふむ、やはりこうなるか。相変わらず屋内でやる技ではないな」

 爆風に靡く髪をかき上げて、次の矢をつがえた。

 弓を引き私に狙いを定める。

「小手先の技では、やれることに限度がある。よく学ぶことだ」

 ダメだ、避けられない………

「ハッ!」

 五百先輩が矢を放ち、私は目を瞑った。

 その時、私が這いつくばっていた床が無くなり、その下へと落ちていった。頭のギリギリ上を氷の矢が掠める。

「うわっ!」

 落ちた私は、彼女によって抱き止められた。顔を上げて名前を呼ぶ。

「た、大刀石花………」

「ギリギリセーフ、ってボロボロじゃん」

 そういう大刀石花も傷ついてはいないが、爆風に煽られたおかげで髪は乱れている。

「あ、ありがとう………」

「ははっ、正直今にも吐きそう」

 能力の副作用が酷くなりながら、今の爆発を受けたのだ。気持ち悪くなって当然だろう。

 それなのにしっかりと抱きしめられて、反射的に私も抱き返しそうになる。

 でもさすがにこんな大勢の前じゃ出来ないし、何より体に力が入らない。

「くっ!オーバーキルになるが、やむを得まい」

 五百先輩が弓を構えると、矢の先端にまた水が集まり出した。しかも今度は凄まじい速度だ。

 その矢は私達へと向いている。

「大刀石花、後ろ!」

 私に言われて振り向く頃には、もう発射できるまでになっていた。

 大刀石花は目を見開いて驚くが、すぐに私を見つめた。

「ごめん、海金砂」

 それは何に対しての謝罪だったのか。

 そんなことを考える間も無く、私は大刀石花に突き飛ばされた。

 背後にはいつのまにか転移ゲートができてきた。その中に突っ込まれ、一瞬でフィールドの端まで転がる。

「がはっ!」

 混乱する私の目の先には、まだ転移していない大刀石花がいた。宙を進む矢は、彼女の足元へと迫る。

 普通ならこんなにゆっくりと矢が見えるはずないのに、まるで見せつけられているかのようにはっきりと分かる。

「大刀石花‼︎」



 叫びをかき消すように、床に突き刺さった矢が爆発した。轟音と衝撃が氷壁を揺らす。



「くっ!うぅ………ッ!」

 水蒸気で目の前が塞がれて、衝撃が私を転がす。幸いにもある程度距離があったためダメージはなかった。

 煙のような水蒸気が晴れて、じっとりとした湿気が辺りを包む。

 爆発した床は抉れていて、そこに大刀石花の姿はなかった。

 大刀石花、大刀石花はどこ?

 必死で目線を動かして彼女を探す。



 彼女はすぐ近くにいた。

 刀は既に鍵の状態へと戻り、地面に倒れた大刀石花はもう戦える状態じゃないことを示している。

 着物は擦り切れて、結んでいた髪は解けて床に城がっている。体には血が滲み、氷壁に叩きつけられたからか、頭から血が流れている。

「た、大刀石花………!」

 震える声で名前を呼び、彼女に手を伸ばす。

 身体を動かすたびに痛みが走るが、そんなことどうでもよかった。

 目の前で大刀石花が倒れていること。それだけが心を支配し、否定したかった。

 床を這って、足を引きずって、大刀石花の元へと近づく。

「ねぇ、大刀石花………お、起きてよ………」

 呼びかけに答えるように、大刀石花はゆっくりと瞼を開いた。

「あぁ、か、海金草………」

 かすれた声で、私の名前を呼んでくれた。それだけで胸がいっぱいになるが、同時に大刀石花の限界も知ってしまった。

 大刀石花も手を伸ばし、私の手を握った。その力は弱いけど、その熱が体に染み渡る。

「これ、好きでしょ?」



 浮かんだ笑みも束の間。大刀石花は目を閉じて、体から力が抜け動かなくなる。

 そして私の中で、何かが生まれた。




『Connect Bladeダウン‼』

 大刀石花が倒れて、客席から歓声が上がる。

「スゲー‼︎なんだあの爆発⁉」

「これまで見たことないぞ!」

「一発で倒しちまったぞ!さすが生徒会長‼」

 これで『Ragged Useless』のメンバーは、残るところ海金草のみ。

 その海金草も地面に這いつくばってばっており、動くのがやっとの状態だ。

 倒れた大刀石花の手を握り、彼女を見つめ続けている。

 もう勝負の結果は明白だ。トドメを刺そうと、屍櫃は身構えた。

「よせ、大蛇」

 駆けだそうとした屍櫃を五百が手で止める。

「戦意を失っている。これ以上痛めつける必要はない」

「………分かった」

 元々優勝する気がなく、流されてここまで来たような少女だ。勝ち目がないと分かれば、素直に降参するだろう。

 抵抗する気がないなら、五百や屍櫃も苦しめるようなことはしたくなかった。

「もういいだろう。早く降参を………」

 海金草に近づこうとした五百は、異変に気が付き立ち止まった。




 海金草の手に集まっていたはずのエネルギーが、彼女の全身に巡っている。



 光に覆われるようにエネルギーが増幅している。こんな技、さっきまで見せたことがなかった。

 眩い光はドス黒く変わりどんどん強くなって、海金草を中心に広がり始めている。とても戦意がないようには見えない。

 既に動けないはずなのに、手をついて起き上がる。

「おい、これ以上無駄な抵抗は………ッ⁉︎」

 諫めようとした五百は、顔を上げた海金草の目を見て驚愕した。



 黒いはずの海金砂の目は、紅く輝いている。



「な、何だ、その目は?」

「………よくも、大刀石花を………よくも」

 明らかに様子がおかしい。

 雰囲気がさっきまでの冷めた様子と違う。鋭くなった目が二人を睨む。

 仲間がやられたのだ、怒るのは当たり前と言えば当たり前だ。

 けどそれは、怒りと呼ぶにはあまりにも異様で鋭利で巨大すぎる。

 その正体は分からない。しかし戦場においての異常、それはすなわち脅威だ。

「やるしかないか」

「あぁ」

 傷つけたくはないが、敵意がある以上放置は出来ない。

 瞬時に判断して、二人は武器を構えた。



 しかし構えた武器はホログラムのように掠れて、武器としての形を維持できなくなる。



「何だ、これは?キーの故障か?」

「いや、あり得ない。何故このタイミングで………?」

 間違いなく要因は海金砂だ。

 しかしこんな技があるなら、もっと前に使っているはず。

 様子が変わってから起きたという時点で、まともな状況じゃないのはたしかだ。

「許さない………絶対に………!」

 エネルギーは高まる一方で、それはまるで彼女の感情を表してるかのように禍々しい。

 さすがに周りも異変に気がついたようだ。

 しかしもう、止められない。



「あ゛ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ────────────ッッッ‼︎」



 咆哮と共に、海金砂を取り巻くエネルギーが炸裂した。

「五百!」

 それにいち早く動いたのは屍櫃だった。

 状況を把握したわけではないが、あのエネルギーは危険だ。

 本能的にそう感じ取ったが、今の自分では攻撃で止めることは不可能。

 それならばやることは一つだ。チームメンバーを守ること。

 五百を抱き寄せて光から彼女を遮断する。

「大蛇………!」



 その瞬間、漆黒の光が全てを飲み込んだ。



 あれだけの激闘の中で砕けなかった氷壁は、いとも簡単に粉々になった。砕けた氷がたちまち昇華していく。

 リジェクターによるバリアが客席から光を遮断するが、反発したエネルギーが稲妻のようにスパークし、バリアの表面を駆け巡る。

「きゃあッ‼︎」

「ひぃッ!な、何だ⁉︎」



 それは一瞬のことだった。

 光は打ち消されて、何事もなかったかのような静けさが訪れる。驚きのあまり、誰も声すら出せない。

 しかしエネルギーの直撃を喰らったフィールドは、凄惨としか言いようがない。

 床一面はひび割れて、一部は発火し黒く焦げている。

 そしてフィールドに残された四人に観客の目が向く。

 大刀石花は発生源の足元にいたからか、逆に直撃を免れて無傷だ。目覚めることなく、意識を失っている。

 そして咄嗟に屍櫃に守られた五百もまた、エネルギーの直撃を受けていない。

 しかし守った屍櫃は、思わず目を背けたくなるほど無惨な姿となっている。

 クローは鍵へと戻り床に転がっている。特殊繊維の衣装は溶けており、背中や腕が剥き出しとなった。

 しかし顔や手と同じく白いはずの背中は、真っ赤に焼け爛れている。

 訓練用のキーだからこれだけで済んだのだ。本物のキーで直撃を喰らっていたらどうなっていたか。

「………い、お」

 目の前にいるリーダーの名を呼び、屍櫃は意識を失った。

「そんな………大蛇、しっかりしろ!」

 倒れた屍櫃を抱きしめ揺さぶるが、体はピクリとも動かない。

「大蛇………」

 そんな二人の先には、力が抜けて項垂れている海金砂がいる。

 あれだけのエネルギーを放出したにも関わらず、外傷は見られない。

 しかし彼女の足元には、使っていたタレンテッドキーが元に戻り落ちている。

「たち、せ………」

 それが最後の言葉となり、海金砂は倒れた。



 Mourning Snake、KHAOS、共にダウン。

 こうして第七試合は、『月契呪』の勝利で静かに幕を閉じた。

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花開く才能の鍵 MC RAT @M4A1AK47

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