第28話 第七試合

「とりあえず一人でも多く摘み出すぞ!大刀石花、私はアイツらの斜め前、海金砂は後ろ、お前と梢殺はフィールドの向かって右端」

「はいよ」

 歩射の指示に、大刀石花が動き出した。

 それと同時に梢殺が私達の存在感を消して、大刀石花が生み出してくれた転移ゲートに四人全員で飛び込む。

 歩射が指定した先に転移すると、目の前に絡新婦先輩がいた。

 絡新婦先輩の武器は初めて見るけど、彼女の両手には短剣が一本ずつ握られている。

 双剣か。何となく俊敏に動きそうな気はしてたから、イメージ通りかも。

 とにかく目の前にいる人から弾き出して、少しでも相手の人数を減らす。どうやらそれが歩射の作戦のようだ。

 すっかりお馴染みとなった引っ張り出し戦法。万能で、試合で効率よく倒すにはこれが一番だ。

 その摘み出すのは拘束することの出来る私の役目であることが多い。

 私は両手にエネルギーを集めるとロープ状に伸ばした。それで絡新婦先輩を縛り上げて引っ張る。

 それと同時に大刀石花が先輩の足元に転移ゲートを生み出す。

「うわっ⁉︎」

 気配を消した上に死角に転移したのだ。いくら強豪チームとはいえ、瞬時に対応できるわけがない。

 隙を突かれて引っ張られた先輩は、バランスを崩して転移ゲートに真っ逆さま。

 私は拘束を解いた。後は転移先にいる梢殺がフィールド外に押し出して終わりだ。

 ここまで一瞬、練習でもとにかくスピード重視で何回もやったため、すっかり手慣れてしまった。

 しかし私はそこでこれまでとは違う違和感を感じた。

 そうだ………他のメンバーが、何も慌てていない。

 これまでは誰か一人を摘み出せば、メンバー全員がこっちに視線を向けた。当たり前だ、いきなり現れたと思ったら仲間を引っ張られたのだから。

 でも五百先輩達は何も慌てることなく、ただ周りを見ているだけだ。

 これまで何度もやってきた戦法だし、驚きはしないのは想定していた。

 それでも多少のリアクションはあってもいいはずだし、メンバーが攻撃されているのに変わりはない。

 しかし彼女達は絡新婦先輩を助けようとはしていない。

 代わりに五百先輩が腕を大きく振るった。

 その瞬間、凄まじい寒気が身体を襲う。空気中の水分が一気に冷却されて、バトルフィールドを囲うように巨大な壁が生まれたからだ。

「な、何これ⁉︎」

 それは大刀石花の声だったが、この場にいるみんなの声でもあった。

『こ、これは‼︎氷の壁がフィールドを覆い尽くした!何という力だ!』

 というか、第二試合でも思ったけど、この実況ちょっとうるさいな。集中しにくい。

「おっ!よっと!」

 氷壁に驚いたことにより、私達は完全にそちらに意識が奪われていた。

 それを見越していたのか、転移ゲートから落ちた絡新婦先輩は着地と同時にバク宙して元の場所に戻る。

「ほいっ!五百ナイス!でももうちょっと早くお願い」

「すまない、思いの外アイツらの機動力が高くてな」

「しかし、これでヤツらの作戦は一つ潰せた」

「とりあえず外堀を固めるって作戦、成功ですね」

 屍櫃先輩と海鏡先輩も立ち並び私達と対峙する。どうやら私達の行動関係無しに、こうするつもりだったようだ。

 たしかに私達は主力としていた作戦を潰された。

 フィールドを氷壁に囲まれたことにより、ウチのチームの数少ない作戦である摘み出し作戦が不可能となってしまった。

 大刀石花の転移がフィールド外で出来ない以上、場外に出して失格させるならフィールドの外に無理矢理押し出すしか無いというのに。

「くっ!このッ!」

 すかさず歩射が壁に向かって乱射するが、エネルギー弾は氷壁の表面は削れても、砕くことはできない。

「硬ッ⁉︎こりゃ砕くのも一苦労だな」

「砕かれては困るな」

「うわわッ⁉︎」

 五百先輩の放った氷の矢を歩射が慌てて避けた。連続で矢を放たれたことでバランスを崩したが、床を転がって何とか避け切る。

「せっかく戦うのだ、場外に押し出して失格負けでは味気ない」

 どうやらそう簡単に思い通りにはさせてくれないようだ。私は攻撃に備えて身構える。

 五百先輩は矢をつがえて弓を引き絞る。私達に向かって矢の雨が降り注ぐ。

「おいおいおい‼︎避けろ!」

 歩射が叫ぶが、そんなこと言われるまでもない。とはいえ避けるのは難しい。

「みんな、こっち」

 私は歩射を後ろに退かせて大刀石花と梢殺のそばによると、エネルギーを練り上げてバリアを生み出した。それで矢を受け止める。

 力強い衝撃は伝わるものの、氷の矢はバリアに突き刺さり貫通はしない。

「海金砂助かる!しかし、マズいことになったぞ」

「これって、もう先輩達倒す以外に方法が無いってこと?」

「今は、な。とりあえず散開しするぞ。まとまってると狙い撃ちされる」

 それもそうか。私のバリアもいつまで保つか分からない。

 私達は大刀石花の作り出した転移ゲートでそれぞれバラバラの場所に転移した。

「よっと!」

 転移すると同時に、存在感を消して接近していた梢殺が大鎌を振り回していた。

「何ッ⁉︎」

 先輩達は咄嗟に攻撃を避けるが、その後ろから今度は歩射の銃口が火を噴いた。

「おりゃあッ!」

「くっ!」

 すぐさま五百先輩が氷の盾を生み出してエネルギー弾を防いだ。

 しかし即席のものだったからか、フィールドを囲む氷壁ほど頑丈ではなく、すぐに割れてしまう。

「ふぃ〜、どんなモンよ」

「なるほど。作戦を潰したからといって、一筋縄ではいかないか。梢殺 貂熊、ヤツの能力が厄介だ」

「私が、仕留める」

 身を低くした屍櫃先輩が強く床を踏み込み蹴り飛ばす。一気に梢殺との距離が縮まった。

「ふッ!」

 装着したクローが振るわれて、蛇の牙のような刃が梢殺に迫る。

 梢殺は大鎌で受け止めようとするが、それを読んだ屍櫃先輩が身をくねらせて懐に潜り込もうとした。クローが梢殺の手の甲を掠める。

「うっ!」

「梢殺!」

 手の甲を切られて血が流れるが、梢殺は何でも無いようにあっけらかんとしている。

「ん〜?おぉ、切られてら」

 どうやら大したことはないようだ。ホッと安心して息を吐く。

「梢殺、弁当分けてやっから本気でやれ!こっちは私がやる!いくぜ姉貴!」

 歩射は銃を構えて五百先輩へと突撃する。氷の盾で防がれるのも構わず引き金を引いた。

 五百先輩も矢を放って応戦するが、視線を読んでいるのか歩射は矢を難なく避ける。彼女を引きつけて、私達から遠ざけてくれた。

「おぉ!りょ〜かい!」

 お弁当というご褒美がチラつき、やる気に満ちた梢殺が大鎌を回して構えると駆け出した。

「よ〜し、とりゃあ!………っとぉ?」

 しかし梢殺はフラついてバランスを崩した。大鎌を支えにして立つが、身体がブルッと震える。

『おーっと、Grim Reaperの様子が変だ!』

「何か、周りがボヤける………あと、寒い。ここ冷房効きすぎじゃない?」

「冷房なんかあるか!ちゃっちい扇風機が二台しか回ってねぇよ!」

 その通り。しかもこんな急に寒くなるわけがない。私達は何とも無いどころか暑さで汗ばんでいるし。

「どう考えても屍櫃先輩の毒でしょ」

 大刀石花も私と同じ意見のようだ。

「うぅ………気持ち悪いぃ………」

 目眩と寒気を起こす毒、ってところか。さっきクローが掠った時に注入されたのだろう。梢殺の顔色がみるみる内に悪くなっていく。

「ふむ。相変わらず、訓練用のキーでは、効力が薄い」

 梢殺の様子を見て屍櫃先輩が呟いた。

「しかし………お前を仕留めるには、充分だ」

 身を低くして手を合わせた。屍櫃先輩独特の構えだ。

「シッ!」

 刃が向かい合い蛇の頭のようになったクローが、梢殺の懐へと振るわれる。

 このままだとマズい!先輩を私達から離さないと。

 私は自分を守っていたバリアを梢殺へと飛ばした。バリアはクローを受け止めて梢殺を守る。

「ッ⁉︎」

「大刀石花、先輩を私の前に!」

「分かった」

 大刀石花が頷いて刀を振り下ろして、屍櫃先輩の足元に転移ゲートを出現させる。

「ふんっ!」

 屍櫃先輩はすぐに転移ゲートから離れようと飛び上がるが、その前に私はバリアを変形させた。

 先輩の背後にバリアを伸ばすと、転移ゲートの中へとはたき落とした。

「ぐっ⁉︎」

 そのおかげで私の目の前に屍櫃先輩が落ちてきた。

 私は放ったバリアを手元に戻して、ボール状にまとめた。そのボールを余らせておいたエネルギーで発射する。

「はぁッ!」

「ぐはッ!」

 ボールを屍櫃先輩に命中させて吹き飛ばした。私達から距離を取らせる。

 しかし先輩を身体を捻ると、ボールの勢いから逃れて綺麗に着地した。

「くっ!」

 うわ、こんな事も出来るんだ。

 氷壁のおかげで出来なくなったが、フィールド外に押し出すならこのやり方も候補の一つだった。でもきっとやっても無駄だったんだろう。

「大刀石花、ここは私がやるから歩射の方お願い」

「うん。任せたよ」

「おっ!それならアタシもそっち行こうっと!大蛇、いいよね?」

「………好きにしろ」

「そんじゃ、行ってきま〜す!」

 転移ゲートで歩射の元へ向かった大刀石花の後ろを絡新婦先輩が追いかける。

 若干の不安はあるものの大刀石花を見送り、私は屍櫃先輩と向かい合う。

「先に、お前を仕留めるか」

 毒で弱体化した梢殺よりも、吹き飛ばした私を危険と判断したのか、屍櫃先輩が身構える。

 梢殺と同じように毒を打ち込まれては敵わない。

 私はエネルギーをいくつかに分割して、ディスク状にすると宙に浮かべた。

 前に歩射に使ってあげた足場だ。慎重且つ素早く飛び乗って、上へと渡り逃げる。

 着いてこられないように今乗っているディスク以外は消しておく。

 ここからなら向こうからは攻撃されずに、自由に攻撃できる。

「やはり、ヤツは底が見えない………」

 遠くて聞こえないが、下で屍櫃先輩が何か呟いた。

 そんなことに気を回している余裕は無く、私はさっきと同じようにエネルギーのボールを生み出した。サイズは小さいが複数作る。

 それを屍櫃先輩に向けて投げつけた。

 体育でもハンドボール投げの成績はイマイチだから勢いはだが、そこはエネルギーを利用してカバーする。

「ッ!ふっ!っと」

 しかし屍櫃先輩はエネルギーボールを軽やかに避けた。すぐさま次弾を発射するが、それも避けられる。

 さっきまでの動きから何となくこうなるのは分かっていたけど、素早くて上手く当てられない。

『KHAOSが空中から攻撃をしているが、Mourning Snakeは全て避けている!何という反射神経だ!』

 このままだと攻撃されることはないけど、こっちからの攻撃も出来ない。

 でも、これでいい。私の一番の目的は彼女を仕留めることじゃない。

 避けられるのも構わず、私はエネルギーボールを投げ続けた。ある程度であれば軌道も操れるので、追尾しつつ次弾繰り出す。

 屍櫃先輩はそれら全てを避け続けている。あらゆる角度から攻撃しているものの、軽やかに身を翻して受け流す。

 さっきの絡新婦先輩もそうだけど、この人達基本的な身体能力高いな。

 とりあえず私は先輩に向けてエネルギーボールを撃ちまくった。放たれたエネルギーボールは周りを若干破壊しながらも、屍櫃先輩を追い続けている。

 すると屍櫃先輩が動きを止めた。周りを見てから私を睨む。

「お前、氷の壁を壊すつもりか」

 あ、目的バレた。

 そうだ。私の目的は屍櫃先輩の攻撃ではなく、周りを囲む氷壁を壊すこと。そうすればまた押し出して失格にすることができる。

 実際に氷壁にはいくつもの傷が出来ている。エネルギーボールを先輩に当てると見せかけて、全部氷壁にぶつけていたのだ。

 とはいえ、今更作戦を変えるつもりはない。向こうが攻撃出来ないのは変わらないのだ、このまま続けよう。

 これまで放ったエネルギーボールを、全て氷壁に向けて一斉に発射する。

「はっ!」

 このまま真正面から戦っても勝てるわけないのは、今までの攻撃で分かってる。

 それなら氷壁を壊す方が先だ。氷なら一ヶ所割れれば後は簡単に砕けるはず。

「させない」

 屍櫃先輩が妨害するためにエネルギーボールを弾き飛ばそうとするが、軌道を変えて彼女を避けながら氷壁に狙いを定めた。

「ぐっ!しまった!」

 上手く屍櫃先輩を避けると、エネルギーボールは真っ直ぐ氷壁に飛んでいった。これなら確実に割れる。

 そう思ったが………

「任せてください!」

 飛んでいくエネルギーボールと氷壁の間に、海鏡先輩が飛び込んできた。腕を盾のように前に突き出す、

「えっ⁉︎」

 あの状況でまさか飛び込んでくるとは思わなかった。しかし今更止められない。

 当然エネルギーボールは海鏡先輩に直撃する。エネルギーが炸裂して轟音と眩い光が広がった。

「なぁッ⁉︎」

 光が薄まり鮮明になってきた目の前の光景を見て、私は目を見張った。

 吹き飛ばされたと思っていた海鏡先輩は、蹲ってその場にしゃがみ込んでいた。

 私よりも小柄な海鏡先輩が今の攻撃を受け止めただけでも、充分驚くべきことだ。

 しかしそれ以上に驚いたのは、今の海鏡先輩の姿だ。

 海鏡先輩の胸元には彼女のキーが変形したロザリオが提げられており、あしらわれた宝石が青く輝いている。

 そして一番目を引いたのは、海鏡先輩の腕だ。

 身を守るように突き出された腕は、とても人間の腕とは思えないものだった。

 さっきまで細い腕は大きくなり、とても身体に合わないほどまでに筋骨隆々となっている。

 そして腕全体は硬そうな青い鱗で覆われていて、エネルギーボールが当たったというのに傷一つない。

『さすがJekyll & Hydeだ!鱗の腕でKHAOSの攻撃を全て受け止めて弾き返した!』

「二重、助かった」

「うぅ、痛くはないですけど、振動で腕が震えますぅ………」

 彼女が肥大化した腕を軽く振ると、たちまち元の人の腕へと戻っていった。胸元のロザリオの光も消えていく。

 これが、海鏡先輩の能力である『肉体変化』。

 サイズや形が変えられるのは聞いてたけど、まさか鱗を生やすことまでできるとは。しかもあの攻撃を防げるほどの頑丈さ、正直油断してた。

「すまない、ヤツを引き摺り下ろせるか?」

「は、はい!海金砂さん、すみません!」

 ご丁寧に先に謝ると、私に向けて腕を伸ばした。

 すると今度は腕が触手のようにうねって、私のところまで伸びてきた。私の身体にぐるぐるとキツく巻きつく。

「えいっ!」

「うわッ⁉︎」

 海鏡先輩が腕を引いたことにより、私はディスクの上から引き摺り下ろされた。

「がはッ!」

 屍櫃先輩からの攻撃が届かないギリギリの高さにいたため、落ちたとしても気を失うほどではない。

 それでもそれなりの高さのある所から落とされて、私は床に激突した。

 腕は解かれて自由になったが、激突の痛みで身体が痺れる。

「終わりだ」

 屍櫃先輩が構えて飛び上がった。クローを振り下ろして私の喉元を狙う。

 ヤバい………これは、ダメだ。

 私は観念して目を瞑った。

 ギィンッ!

 しかしクローは私に届くことはなく、代わりに耳障りな金属の擦れる音が聞こえた。

 恐る恐る目を開けると、そこには屍櫃先輩の攻撃を防いでいる梢殺の姿があった。

「よっこいせっ!」

 力任せに大鎌を振るいクローを弾き飛ばすと、梢殺は私の方を振り向き手を差し伸べる。彼女の手を掴んで立ち上がる。

「海金砂、大丈夫〜?」

「あ、うん。梢殺こそ身体大丈夫なの?」

 屍櫃先輩の毒によりあんな具合悪そうにしていたし、今も顔色がいいとは言えない。

 しかし梢殺は元気いっぱいに親指を立てた。

「お弁当が待ってるからね!」

 なるほど。

 分かりやすい動機に思わずため息が出た。

 私は再度エネルギーを練り上げて、盾と長いスティックを生成する。梢殺と立ち並び身構える。

「さぁて、お弁当のために頑張るぞ〜!」

「………うん」

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