第27話 思い入れ
『WINNER! 『Rabies's Ruin Fang』‼︎』
うっすらと聞こえる実況を耳にして、私は小さく息を吐いた。
これで第四試合が終わり、次は第一試合優勝チーム『Alter Humanity』とシードチームである『月契呪』とで行われる第五試合だ。
その後に第三試合勝利チームの『Memory Melody』と今優勝した『Rabies's Ruin Fang』とでの第六試合、その後はまた私達の試合だ。
第二試合での緊張感が身体に戻ってきて、私はつい俯いてしまう。
今回の出場チームのほとんどは、空いている時は観客席で試合を見ているらしい。しかし私はとてもそんな気分にはなれず、控え室で休んでいた。
控え室には私一人で、大刀石花達は今はいない。
このままただ座っていても、ロクに体が休まりそうにない。ちょっと横になろうかな。
そう思った時、控え室の扉がノックされて開いた。
「あっ、海金砂。やっぱりここにいたんだ」
「大刀石花」
控え室に入ってきたのは大刀石花だった。着物と袴もだいぶ慣れてきたようで、最初の頃のようなぎこちない動きはもうしていない。
「第五試合始まったし、一応この試合で勝ったチームと戦うわけでしょ?というわけで試合見に行く?」
「………ううん、私はここでゆっくりしてる」
「だと思った。それなら、私もここでゆっくりしてようっと」
どうやら大刀石花も見に行くつもりはなさそうだ。私の近くにある椅子に座ると、足を伸ばしてリラックスする。
「そういえば、海金砂的には第二試合どうだった?割と余裕あった?」
「どうだったかな………必死で、あんまり覚えてないや」
ついさっきの出来事ではあるが、緊張していたせいか記憶がほとんどない。ただいつも通りにやって何とか切り抜けた、そんな感じだ。
「そう?その割には大活躍だったけど」
「大刀石花の作戦のおかげだよ。転移先にエネルギー膜を張って包み込むって、よく思いついたね」
「駅前の出店でシュークリーム売ってるとこあったでしょ?あそこで生地にクリーム入れてるの見て思いついたの」
そう言われると確かに似たものはある。
納得すると同時に、大刀石花の発案元がそんなところから来てたのかと思うと、どこか可笑しかった。
すると大刀石花が私のことをジッと見つめていることに気がついた。
「大刀石花?どうかしたの?」
「いや、海金砂って最近明るくなったなぁって思って」
「え?」
私は思わず聞き返してしまった。
誰かに明るくなったなんて言われたのは初めてな気がする。
「私、明るくなったの?」
「うーん、まぁどちらかというと感情が豊かになった、かな」
まるでちょっと前まで私の表情が能面みたいだったとでも言いたげだが、何となく自覚はあるので言及はしない。
「変、かな?」
「表情豊かで悪いってことは無いんじゃない?私は可愛くていいと思うけど」
面と向かって可愛いと言われてしまい私はたじろいだ。
それほどまでに破壊力のある言葉だ。そう思うのは普段から言われ慣れてないからなのか、はたまた言ったのが大刀石花だからなのか。
つい『大刀石花も可愛い』と言いそうになるが、絶対変な雰囲気になるのでグッと飲み込む。
「歩射と梢殺は観客席にいるの?」
「あれ?梢殺は控え室に行ってくるって言ってたけど、一緒じゃないの?」
「え?さっきから見てないけど」
私がここに来てからは、控え室には私一人しかいなかった。私は辺りを見渡して確認する。
右見て、左見て、後ろ見て、念のため足元も見て………
「あ、いた」
自分の足元でぐっすり眠っている梢殺を見つけた。
「スー………スー………」
私の使っていたテーブルの下で、梢殺はローブに包まりながら小さな寝息を立てている。もはや彼女にとってこのローブは、ただの寝袋のようだ。
私よりも先に来てたんだろうけど、全く気がつかなかった。何で床で寝てるんだろう。
それにしても、いよいよ梢殺がどこで何しててもあんまり驚かなくなってきたな。慣れとは怖いものだ。
まぁ起こすのも面倒なのでこのままにしてしまおう。
「それじゃあ歩射は?」
「試合見てくるって」
やっぱりそうなるか。相変わらず試合に熱心………いや、この試合に限っては、それだけが理由じゃなさそうだ。
『WINNER!『月契呪』‼︎』
すると控え室の外から小さな実況の声が聞こえてきた。みんなの歓声も聴こえてくる。
「どうやら、私達の相手は決まったようだね」
「そうだね」
まぁ私達が第二試合を突破した時点で、ある程度は予想していたことだ。今更驚くことではない。
「はぁ………過去二回の龍虎祭優勝チームとバトルかぁ。一応『必殺技』があるとはいえ、ギッタギタにやられそうだね」
「その辺りは歩射が何とかしてくれるんじゃないかな」
とは言ったものの、正直言ってまともに作戦なんか立てれていないのが私達の現状だ。
これまでの試合でそれでも多少は応戦できる、と思えるくらいの自信はついた。けど相手が相手だ、油断はできない。
「さてと、となると私達も次の次に試合なわけだし、行かないとだね」
会場の方を見て大刀石花が呟いた。
そうか、自分達の前の試合の時には、バトルフィールドの待機場所に移動していないといけない。
「歩射はもう行ってるかもしれないし、私達も行こうか」
大刀石花は椅子から立ち上がると、私へと手を差し出した。
「また待機場所まで、手繋いでる?」
どこか揶揄うように笑う大刀石花に、私の心に第二試合の前にしていたことの恥ずかしさが湧き上がってきた。
でも、その恥ずかしさをバネに拒否できるほど、私の意志は強くない。
「う、うん」
私は大刀石花の手を掴んで立ち上がる。そして彼女と手を繋いだまま控え室を出て………
「う〜ん………おべんとぉ………おにぎり、いっぱい………むにゃぁ〜………」
行く前に足元にいるチームメンバー起こさないと。すっかり忘れてた。
『Ready Fight‼︎』
目の前で繰り広げられている第六試合を、歩射はぼんやりと眺めていた。一応観客席にはいるが、みんなからは離れて一人で見ている。
「おっ、そろそろ行かないと」
腰のベルトに提げていたウエスタンハットを取って被ると、待機場所へ向かおうとする。
「何だ、まだこんな所にいたのか」
いきなり横から声をかけられて振り向くと、そこにいたのは姉である歩射 五百だった。
白いトップスに黒いジーンズ、深緑のロング丈のライダースジャケットを着ている。足にはブーツ、左手にはアーチェリーグローブをはめている。戦うためか髪も後ろでまとめている。
「姉貴………何の用?」
「何の用とは、また随分なご挨拶だな。私も待機場所に行こうとしているところだ」
次の試合は歩射達『Ragged Useless』と五百達『月契呪』のバトルだ。双方待機場所に行く必要がある。
「お前、さっきからずっとそこで観戦しているな。観客席はクラスで指定されているぞ」
「んだよ、ずっと前から見てたのか?暇なヤツだな」
「というより、お前の格好が格好だから目立つんだ」
いつにも増してトゲのある会話だが、お互いそれを気にすることなく受け流している。
「過去二回、私はこの舞台に立って様々なチームと戦ってきた。しかしまさか、最後の年に妹と戦うことになるとはな」
「アンタ、そんな事気にするようなヤツだったか?」
「いや。しかし、お前達の試合を見てたら、何となくそんな事を考え始めていた」
五百は近くの柵に身体を預けると天井を見上げた。
「お前達を見下すつもりはないが、あのチームでよくここまで昇ってきたものだ」
「別に難しいことじゃないよ。これまで私達のこと見下して舐めてきた連中の度肝抜いただけ」
「そうか。お前は余程、あのチームに思い入れがあるようだな」
「そうだな………」
思い出すように目を細めて歩射は呟いた。
「大刀石花は良くも悪くも人との間に壁を作る。仲間として馴れ合うにはどうかと思うけど、自分とチームを切り離すことで客観的な視点をくれる」
歩射は高校に入ってから一緒にいるようになった大刀石花と、仲良くなれているという実感ははっきり言って薄い。
それでも、その適当に薄い関係が歩射は心地よかった。
「海金砂は可能性の塊、というかここまで来れたのもアイツの功績が大きい。これまで戦えずに周りに馴染めなかったせいか、戦いから一歩引いて周りを見ることに長けてる」
能力が使えなかった彼女を、自分が再び覚醒させて試合に巻き込んだ。
浴びたくない注目を浴びせてることに申し訳なさはあるが、今となってはチームになくてはならない存在だ。
「梢殺は………存在そのものがウチの戦術とも言えるな。アイツが何考えてるのかは未だによく分からないけど、何するにしてもアイツなら大丈夫だ。絶対チームのためになる」
睡眠と食事以外には何事も無気力で、影が薄く自由気まま。どこでどんなことするのか分からない。
それでも長年の付き合いだ。何があっても自分達を裏切ることはしないと断言できる。
「揃いも揃ってバトルには無気力無関心だし、ノリは悪いし、自由気ままだし………でも、アイツらは絶対裏切らない。
「………そうか」
歩射にキツく睨まれて、五百が僅かに目を伏せた。
「なぁ、姉貴………何で、何で親父に屈したりなんかしたんだよ」
「それは………すまない。今のお前には、話せない」
五百の返答に歩射は何か言いたそうに前のめりになるが、彼女の表情を見て一歩退く。
「五百、何をしている。行くぞ」
五百の後ろから声がした。振り返るとそこには彼女のチームメンバー、大蛇に椿、二重がいる。
「あぁ、今行く」
大蛇は全身黒ずくめの忍び装束のような服に身を包み、フードを被っている。いつも身につけている黒マスクの代わりにつけているのは、蛇の口を模したような黒いプラスチックのマスクだ。ゴーグルまでつけている。
椿は黒いへそ出しトップスに短パン、黄色いショート丈のジャケットと指抜きグローブ、スニーカー。ワンポイントとして腕に赤いバンダナが巻いてある。
二重はある意味一番戦闘向けとは言えず、薄ピンクのワンピースに青いポンチョだ。胸元に水色のリボンが揺れている。パッと見た感じ、赤ずきんちゃんならぬ青ずきんちゃんだ。いつもと変わらず眼鏡をかけている。
「歩射、そろそろ行かない?」
大蛇達とは真逆の方向から大刀石花達もやってくる。
「おぉ、そうだな」
歩射は頷くと五百に背を向けた。
「九十九」
「………何だよ」
五百に声をかけられて、前に進もうとした歩射は目だけを向ける。
「先程の質問には答えられない。しかし、この試合で少しは分かるはずだ」
「はぁ?どういうことだ?」
「………話は以上だ」
それだけ言って、五百はチームメンバーと共に待機場所へと向かった。
「んだよ………ったく」
その背中を見送ってから、歩射は大刀石花達の方を向く。
「よっしゃ!私達も行くぞ!」
「「「うん」」」
四人が待機場所につくと、凄まじい轟音と共に割れんばかりの大きな拍手と歓声が聞こえてきた。
『WINNER!『Memory Melody』‼︎』
どうやら第六試合の決着がついたようだ。決勝戦に進出するのは『Memory Melody』となった。
これまでの試合よりもさらに時間がかかり、且つ壮絶な試合だった。フィールドにいる全員がボロボロだ。
それからしばらくして第七試合の準備が整う。
『それでは、第七試合を開始します!』
これが準決勝であり、みんな『月契呪』が出場すると分かっているからか、彼らの興奮が遠くからでも伝わってくる。
『早速選手をお呼びしましょう!1-B代表チーム『Ragged Useless』‼︎『99 Bullet』
高らかに呼ばれて、歩射達が入場する。一度勝っていることから、彼女達に対する期待は大きい。みんなに注目されながらフィールドへ立った。
『続いて、3-A代表チーム『月契呪』‼︎『UNDINE』
間髪入れずに『月契呪』も呼ばれて入場した。観客全員からの歓声を浴びながら、歩射達と対峙する。
「九十九。手加減などせず、全力でかかってこい」
「はいはい、その必要があったら、な」
「ふん、言ってくれる」
九十九と五百、お互いに笑って睨み合う。
「おぉおぉ、お待ちかねの姉妹バトルの始まりじゃん!燃えてるね〜!」
「椿、緊張感を持て………二重、大丈夫か?」
「わ、私は大丈夫私は大丈夫私は大丈夫………うぅ、やっぱりちょっと不安ですぅ………」
「二重、三年間も出てるんだからいい加減バトル慣れなって!こういうのはラク〜にやればいいの」
そう言って椿は一歩前に出ると、大刀石花達に手を振る。
「やぁやぁ、こんにちは!この前以来だよね。今日はヨロシク〜!ほら、大蛇と二重も挨拶しなって」
「えぇ⁉︎え、あ、えっと、その………よ、よろしくおにゃがいしましゅ!」
「………まったく」
椿に無茶振りをされて、あがり症の二重の挨拶は噛みまくりだ。それを見て大蛇が頭を抱える。
しかし挨拶された梢殺は素知らぬ顔で受け流す。
「よろしくお願いしま〜す。って、お腹すいたなぁ。大刀石花と海金砂何か美味しいもの持ってない?」
「アンタじゃないんだし、持ってるわけないでしょ。試合前なんだし」
「というか飴持ってたんじゃないの?」
「いっぱいあったはずなんだけどねぇ、気がついたら無くなってた」
「自分で食べたんでしょ?もうバトル始まるから、何か食べるのは後でね」
そんなやり取りもありつつ、ようやく場が整った。辺りが緊張感に包まれて、観客達が固唾を飲んで見守っている。
『各チーム、キーを起動させてください』
指示に従って、八人が一斉にキーを起動させる。全員の手元にアイテムが出現した。
『第七試合………Ready Fight‼︎』
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