第29話 攻防

 屍櫃先輩と海鏡先輩を海金砂と梢殺に任せて、私は五百先輩に立ち向かっていく歩射の後を追った。

「オラオラオラァッ!」

 歩射は五百先輩に向かって銃を乱射した。先輩も矢を放って距離を取ろうとするが、歩射はそれを身軽に避ける。

 確実に攻めれてはいるが、時折氷の盾で塞がれたりして決定打に欠けている。

 お互い遠距離での武器になるため、私が割って入っても効果的とは言えない。

 しかしそれなら、自分に優位な間合いまで引っ張り込めばいいだけの話だ。

 私は五百先輩の足元に転移ゲートを生み出した。うまい具合に落ちてくれて、彼女は私の目の前に現れる。

「ぐっ⁉︎」

 もらった!

 その一瞬の隙をついて、私は刀を振るう。彼女の弓を弾き飛ばすつもりだった。

 しかしその瞬間、私達の間に誰かが割り込んできた。刀が受け止められて金属が擦れる音がする。

「よっと!アタシのことも忘れてもらっちゃ困るよ?ほいっ!」

 割り込んできたのは絡新婦先輩だった。双剣で私の刀を受け止めると、弾き飛ばして蹴りを繰り出す。

「うわッ⁉︎」

 何とか刀で蹴りを防げたものの、衝撃は伝わってきて後ろによろめいた。

 勢い余って転びそうになるが、その前に歩射が駆け寄って私を支えてくれた。

「くっ!歩射………助かったぁ」

「ったく、姉貴達はこれまでのやり方じゃ倒せないって言っただろ?」

 いやぁ、上手いこと出来ないかなぁってね。さっさと終わらせたいし。

 それにしても、絡新婦先輩はこっち来ちゃったのか。海金砂達が足止めしてくれるの期待してたんだけど。

「五百、大丈夫?」

「すまない、情けないところを見せたな」

 絡新婦先輩の差し出した手を掴んで五百先輩が立ち上がる。

「いいのいいの。サムライっ娘の相手は私がするから、思う存分姉妹バトルを楽しんできな」

「そうだな………それなら、お言葉に甘えるとしよう」

 五百先輩は頷くと、大きく腕を振るった。私と歩射を隔てるように氷壁が生まれる。

「ちょ、危ねッ!」

 何とか凍りつくのは避けられたが、これはマズい。

 五百先輩相手に歩射一人では、無駄に体力をすり減らすことになる。私がアシストしないと。

 氷壁を越えるために転移しようとするが、それを阻止しようと絡新婦先輩が襲い掛かってきた。

「とりゃあっ!」

 飛び上がって斬りかかってきた絡新婦先輩を避けると、素早く繰り出される斬撃をしゃがんで避けた。

 まともに相手してたのではやられるのは明白なので、とりあえず間合いをとれる距離まで転移する。

 ヤバい………そろそろ気分悪くなってきた、かも。

「コラコラ、せっかくの姉妹バトルなんだから、割り込みなんて野暮なことしないの。私が相手してあげるよ」

 行く手を阻むように、絡新婦先輩は氷壁を背にして身構えた。

 どうやら私達を分断させるのが狙いのようだ。まぁそうだよね。

 とはいえその作戦に馬鹿正直に付き合うつもりはない。というか一対一で私に勝ち目なんてあるわけない。

 とっとと転移して二人で五百先輩を倒すべきだ。

 私は足元に転移ゲートを生み出してその中に飛び込む。

 歩射達の元に着地しようとしたその瞬間、私の下にさらに転移ゲートが現れる。

「えぇッ⁉︎」

 私はその中に落ちて、また元の場所に戻っていた。

 何で?今転移したのは一回だけのはずなのに、二回転移して戻ってきてしまった。目の前には絡新婦先輩がいる。

「おーい、先輩の話を無視しないの」

 ニヤッと笑う絡新婦先輩の手元には、さっきまであった双剣が無くなっている。

 その代わりに彼女の手元には私の持っているものと同じ刀が握られている。

「う〜ん、この能力割と使い勝手いいね。よし、しばらくこれ使おうっと」

 そう言うと絡新婦先輩の姿がホログラムのように揺らいだ。顔がぐにゃんと歪み、全く別の顔になる。

 その姿を見て、思わず私は顔を引き攣らせた。

 おいおい、冗談でしょ………

「私の相手は私、かぁ………」

 目の前で絡新婦が私の姿に変わった。

『おぉっ!Ms.Phantomが変身した!Connect Bladeが二人、全く見分けがつかない!』

 実況うるさいなぁ………

 とはいえ、たしかに周りから見たら見分けられないだろう。それほどまでに目の前にいる絡新婦先輩の変身の精度は高かった。

「おい大刀石花、大丈夫、って二人いる⁉︎」

 五百先輩と対峙しながらも心配してくれた歩射が声をあげた。

「どっちが本物だ?」

「「はい」」

 歩射に聞かれて反射的に手を挙げるが、隣にいる絡新婦も手を挙げる。

 そして私の方を見るとにっこりと笑った。

 あぁ………めんどくさい。

「どう?割と似てるでしょ?」

 顔や服だけでなく、身長や声までも私そっくりだ。

 まぁこういうことになる可能性は考えてはいた。

 とはいえ自分とそっくりな姿の人物が目の前にいるというのは、中々に混乱する。

 鏡を見てるのに近いかと思ってたけど、目の前にいる私は今自分のしている表情とはまるで違う、挑発的な笑みを浮かべている。

 うわぁ………やりにくいな。

 これが絡新婦先輩の変身能力か。変身した人の能力までコピーするんだっけ?また面倒な………

「あぁ、めんどくせーな!おい!どっちが本物か知らないけど、ある程度決着着けて来いよ」

 歩射はそれだけ言って、五百先輩に立ち向かっていった。

 私達も向かい合って、それぞれ刀を構える。

「さてと、いっくよ〜!」

 私の姿になった絡新婦先輩が駆け出して斬りかかってきた。慌てて横に回避し、刀で斬撃を受け止める。

 反撃しようと横凪を繰り出すが、絡新婦先輩は軽やかに跳んで避けてしまう。

「よっ!はぁっ!」

 そして再び連撃が私を襲う。何とか刀で弾き飛ばせてはいるが、スピードが速過ぎて捌ききれない。

 武器は私の方が使い慣れてるはずなんだけど、地の戦闘能力に差があり過ぎて差し引きマイナスになってる。

 どうせ完璧に変身するなら、戦闘能力もちゃんと再現してくれればいいのに。

「ほいっ!」

「ぐっ!」

 絡新婦先輩の攻撃を完全に避けきれず、斬撃を受けると同時に蹴り飛ばされた。

 さらに絡新婦先輩は足元に転移ゲートを開きその中に飛び込む。私の背後に転移して刀を振り下ろした。

「せいっ!」

「うわっ!」

 これまで自分が散々やってきてことだ。何となく予想はしてたからギリギリで避けられた。

 すかさず攻撃するが、また転移ゲートで逃げられてしまった。今度は真横に現れて斬りかかってくる。

 何とか避けれてるけど、これ一人じゃ対処し切れないな。

 とはいえ、梢殺は屍櫃先輩の毒で弱ってるし、海金砂はそんな梢殺の分を補いながら戦ってる。歩射も五百先輩の相手でサポートは期待できない。

 ダメだ………この場から逃げる以外の最適解が思いつかない。

「おーい、考え事してる場合かな?」

 打開策を考える隙を与えてくれる気はないようで、絡新婦先輩が首を狙ってきた。

 刀で攻撃を受け止めて斬り結ぶが、私が耐え切れるわけがなく押され気味になる。軽く弾かれてしまう。

「くっ!きゃっ!」

 このままだとやられる!

 咄嗟に逃げようと、私は背後に転移ゲートを開き後退した。

「おっと、させないよ」

 しかし転移したと同時に、私の足元に転移ゲートが生まれた。絡新婦先輩が生み出したものだ。

「ぐあっ!」

 そこに落ちた私は、後ろに倒れて背中を強く打った。目を開けると、絡新婦先輩が私を見下ろしていた。

「いただき!」

 隙だらけの私に向けて絡新婦先輩が刀を振るう。

「右から目の前!」

 すると真横から歩射の声がした。

 私は言葉の意味を察して、慌てて自分の右方向、氷壁を超えたあたりと目の前を繋いだ。

 生まれた転移ゲートから歩射の武器であるサブマシンガンの銃口が伸びてきた。大きな音と共にエネルギー弾が連射される。

「うひゃあッ⁉︎」

 さすがにこれは対処し切れなかったようで、慌ててバランスを崩した。

「ていっ!」

「ぎゃん!」

 私は絡新婦先輩の向こう脛を刀の峰で思いっきり殴ってから蹴飛ばすと、転移ゲートで歩射の隣に転移した。

「っとと!歩射、ありがとう」

「まったく、いつまでチンタラやってんだよ」

「無茶言わんでよ………って、よく私と先輩見分けれたね」

「お前あんなに運動神経良くないし、ハツラツに戦ったりしないだろ。違和感丸出しだっての」

 たしかに。見た目同じでも、そこまで違えばさすがに分かるか。

「よっと!痛てて………」

 すると目の前に私の姿をしたままの絡新婦先輩が転移してきた。私が蹴り飛ばした脛を押さえている。

「五百せんぱーい、助けてよー。私に脛思いっきり蹴られた〜」

「誰が先輩だ。ふざけているからそういうことになるんだぞ、元に戻れ」

 五百先輩に言われて、絡新婦先輩が元の姿へと戻った。

「そろそろ誰かしらを退場させないとマズいな」

「それなら、正面切ってやるか!」

 そう言うなり絡新婦先輩が双剣を構えて飛びかかってきた。五百先輩も横に動いて矢をつがえる。

「おりゃっ!」

 私達は絡新婦先輩を避けると、歩射が先に動いた。絡新婦先輩に向けて銃を乱射する。

「ほっ!よっと!」

 しかし絡新婦先輩は軽やかに舞って全弾避けてしまった。どんだけ身軽なのよ。

「さっきのお返しだよ!」

 身を翻した絡新婦先輩は、私に向けて回し蹴りを放った。素早い動きに対応出来ず蹴り飛ばされた。

「がはっ!」

 力強い蹴りを受けて私は地面を転がった。痛みで腹が痛む。

「大刀石花!このッ!」

 絡新婦先輩をキッと睨んで歩射は追撃した。私の方に意識が向いていたため、ある程度は攻撃できるはずだ。

「させるか」

 しかし五百先輩が割り込んできて、歩射に向けて手を翳した。彼女の手から水蒸気が噴出して、歩射に直撃した。

「あっつ‼︎」

 高熱の水蒸気がかけられて、歩射は顔を真っ赤にして後ろに倒れた。

「相変わらず不注意が目立つな」

 さらに五百先輩が矢を放った。放たれた矢が歩射の肩に突き刺さる。鮮血が宙を舞う。

「ぐあぁっ!」

 痛みに顔を歪める歩射は反撃しようとするが、その前に五百先輩は歩射に狙いを定めて矢を放つ。

「終わりだ」

「うわっ⁉︎ヤベッ!」

 歩射は近距離で矢を放たれて防げない。

 私は痛みに耐えながら矢の進む先に転移ゲートを開き、その横と繋げた。

 放たれた矢が転移ゲートに飲み込まれて、隣へと転移して五百先輩達へと飛んでいく。

「くっ!面倒な」

 五百先輩が手を翳すと、飛んでいった氷の矢が溶けて水となり床を濡らした。

「歩射、大丈夫?」

「あ、あぁ………ぐッ!」

 歩射に肩を貸して私達は立ち上がった。歩射は自分に刺さった矢を引き抜く。

「五百、多少荒っぽくても大刀石花ちゃん倒すべきじゃない?」

「そうだな。苦しめながら倒すのは趣味ではないが、やむを得まい。九十九は任せたぞ」

 頷いた五百先輩の手元に水の塊が生まれた。それを私に向かって投げつける。

「ヤバッ!大刀石花避けろ!」

 さすが妹、姉の攻撃が何か知ってるようで声をあげた。

 何かはよくは分からないけど、歩射の声からして絶対にロクな攻撃じゃない。

 私は刀を振るい水の塊を斬ってから避けた。

 しかし斬って落ちそうだった水の塊は、再びくっついてまた私に襲ってきた。

 それは私の鼻と口を覆った。水に呼吸する箇所を塞がれて、私は呼吸が出来なくなる。

「ッ⁉︎」

「大刀石花!」

『UNDINEが水でConnect Bladeの口と鼻を塞いだ!これは苦しそうだ!』

 慌てて引き剥がそうとするが、相手は水。掻いても掻いてもまた水が流れ込んでくるだけで、息が詰まる一方だ。

「安心しろ、殺すつもりはない。ただ気絶はしてもらうぞ」

 ちょ、これマズい、かも………

「─────ッッッ‼︎」

「大刀石花踏ん張れ!すぐ解放するから!」

 歩射が五百先輩に攻撃する事で解放しようとしてくれるが、二人の間に絡新婦先輩が割り込んだ。

「よっ!させないよ!」

「うわっ!くっ!退けよ!」

 絡新婦先輩に妨害されて、歩射の攻撃が五百先輩に届かない。息苦しいのを通り越して、意識が遠のいてきた。

 目の前がボヤけて、体の力が抜けた。私は膝をついて倒れ込む。

 ダメだ………もう………

「大刀石花ッ‼︎」

 その瞬間、私は名前を呼ばれた気がして意識が引き戻された。私の真横を光り輝く球体が飛んでいく。

 凄まじいスピードで飛んでいったそれは、五百先輩の足元に着弾して爆ぜた。

「ぐあぁっ⁉︎」

「えっ、五百⁉︎」

 五百先輩が吹き飛ばされて私を塞いでいた水が拘束力を失った。パシャンッと水が床を濡らして、息が出来るようになる。

「がはッ⁉︎ゲホッ!ゲホッ!………はぁっ、はぁっ………くっ!」

 水を吐き出して、私は咳き込みながら大きく呼吸をした。頭はぼんやりしたままだが、ある程度体が動くようになる。

 球体が飛んできた方を見ると、屍櫃先輩と海鏡先輩の相手をしていた海金砂が、こちらに手を向けていた。

 どうやら海金砂がエネルギーボールを投げてくれたようだ。先輩達の相手をしながらも、私の方を見てくれてたのか。

 安心したのも束の間、私を助けた海金砂の隙をついて屍櫃先輩が背後に回っていた。クローを振り上げて仕留めようとしている。

 まだ身体が思うように動かないけどやるしかない。

 海金砂の足元に店内ゲートを開いて、私の元へと転移させた。

「あぇっ⁉︎」

 いきなり落ちて海金砂が変な声をあげた。

 普通なら転移先を具体的に指定するが、ダメージのせいで決められなかった。結果として海金砂が私の真上から降ってきた。

「うぅッ!」

「ぐふッ!」

 息ができるようになった途端に海金砂と衝突して、また肺の中の息が吐き出される。それでも何とか海金砂を受け止められた。

「うぅ………か、海金砂………」

 目を開けると至近距離に海金砂の顔があった。海金砂も目を開けて見つめ合う。

「た、大刀石花?………あっ!だ、大丈夫⁉︎」

 海金砂はしばらく呆けていたが、私の目を見るなり心配してくれた。私の上に乗ったままだけど。

「いや、お陰様で、大丈夫にはなったんだけど………退いてくれたら、尚大丈夫かも」

「えっ?あっ!ご、ごめん!」

 ポカンとした海金砂は、ようやく自分が私の上にいることに気がついたのか、頬を赤く染めて慌てて退いた。私も手をついて立ち上がる。

 何か抱きついてたみたいで、私も恥ずかしいな。

「海金砂、ありがとう。でも、ちゃんと自分も守ってね」

「あ、うん、気をつける」

 私が転移させなかったら確実にやられてた。助けてくれたのはありがたいけど、それでやられちゃ意味がない。

「お〜い、私も転移してくれよ〜」

 すると能力を使ったのか、いつの間にか私達の隣に梢殺がいた。屍櫃先輩の毒のせいで顔色は悪いが、まだまだ大丈夫そうだ。

「よっと!海金砂やるじゃん!」

 私が助かったことで、歩射が絡新婦先輩と距離を取って戻ってくる。

 屍櫃先輩と海鏡先輩が五百先輩の元に駆け寄り、絡新婦先輩のその後を追う。

「い、五百さん!大丈夫ですか⁉︎」

「すまない、足止め出来なかった」

「くっ!だ、大丈夫だ………問題ない」

 二人に手を貸してもらい五百先輩が立ち上がった。海金砂の攻撃って、あんな出力すごかったんだ。

「にしても、すごい威力だったネ〜。まさか五百が吹き飛ぶとは」

「まったくだ。やはり、厄介な相手だな」

 五百先輩は痛めた腕を軽く回して身構えた。

「こうなれば仕方ない。多少痛めつけてでも、本気でやるぞ」

「あぁ」「りょーかい!」「は、はい!」

 頷くなり屍櫃先輩が駆け出してきた、さっきまでよりも素早く間合いに入ると、私の首にクローの毒牙を向ける。

「はぁっ!」

 すると海金砂かエネルギーをドーム状にして私達を覆った。全方向を塞がれて、クローは届かない。

「ぐっ!」

「大刀石花、右だ」

「うん」

 歩射に指示されて、私は足元と屍櫃先輩の真隣を繋げた。歩射が転移して屍櫃先輩に銃口を向ける。

「オラァッ!」

「ッ⁉︎」

 乱射されるエネルギー弾を、屍櫃先輩は人間離れしたスピードで避けていく。

 よく今の状況で避けられるよなぁ。けど………

「ほいっ!」

 実は歩射と同時に転移して、存在感を消していた梢殺が屍櫃先輩に襲いかかる。

「ふっ!」

 屍櫃先輩は梢殺の攻撃をクローで弾き返すと反撃した。防ごうとして毒牙が大鎌の刃を掠めると、触れた部分が爛れていく。

「ありゃ、溶けた?」

「おいおい、いきなり物騒になったな」

 梢殺の大鎌を見て、歩射が顔を引き攣らせた。

 さっきまでは熱の症状みたいなものだったのに、ここにきて急に武器を溶かすような強酸とは。

「ふっ!はっ!」

 屍櫃先輩が何度も攻撃したことにより、大鎌へのダメージがさらに深まっていく。

 どうやらかなり本気にさせてしまったようだ。このままだと武器が破壊される。

「私が出る」

「よっしゃ!援護するぜ!」

 自分の武器なら溶かされる心配が無いと思ったのか、海金砂が前に出た。その後ろに歩射がついて行く。

 海金砂がバリアをロープ状にして鞭のようにしならせた。

 歩射が後ろから乱射して追い詰めてから、海金砂が鞭を真っ直ぐ放って屍櫃先輩を弾き飛ばす。

「ぐぁッ!」

 上手く後退させられたかと思ったが、屍櫃先輩の後ろに海鏡先輩が跳んできた。彼女のロザリオが青く輝く。

「大蛇さん!」

 彼女の腕が伸びて屍櫃先輩の身体に巻きついた。自分の元に引き寄せて受け止める。

「ッ!二重、助かった」

「私もお手伝いします!」

 海鏡先輩の腕が元に戻ると、今度は虎のように大きくなり鋭い爪が生える。

 脚の筋肉を強化して大きく跳躍すると、私達に向けて腕を突き出した。大きな爪が目の前に迫る。

「やぁっ!」

「おっとっと!梢殺」

「分かってる」

 横に転がって避けてから、私と梢殺は両脇から武器を振るった。

 これで斬れば気絶くらいはさせられる。

 そう思ったが海鏡先輩は驚くべきことに、その小柄な身体で大鎌と刀の斬撃を両脇から受け止めた。刃を腕だけで防いだのだ。

 硬質な感触が刀越しに伝わってくる。よく見ると腕が青く染まりひび割れている。

 これ………鱗?

「きゃっ!………はぁっ!」

 若干すくみながらも、海鏡先輩は私達の攻撃を弾き飛ばした。

 嘘でしょ………今の攻撃弾き返せるとか、万能すぎる。

「大蛇、二重、一旦退がれ」

 屍櫃先輩に指示を出して、五百先輩が斜め上に氷の矢を放った。

 矢が弧を描いて床に突き刺さると、冷気が伝播するかのように広がり床が瞬時に凍りついていく。

 私達四人の足が膝の辺りまで氷によって床に縫いつけられた。

「冷たッ‼︎えっ、何これ⁉︎」

「う、動けない………ッ!」

 何とか氷を破って抜け出そうとするが、思ったより厚くて動けない。

「よし、仕留めるぞ」

 私達が動けなくなり、『月契呪』のメンバーが狙いを定めた。

「それじゃ、アタシからいっくよ〜!」

 すぐさま動いたのは絡新婦先輩だ。双剣をクルッと回してから突撃してくる。

「チッ!やるしか無いか」

 何か打開策を思いついたのか、歩射が銃を握りなおす。

 しかしこともあろうにその銃口を私達に向けたのだ。そして躊躇いなく引き金を引いた。

 発砲されたエネルギー弾が私達の足元に降りかかる。

「はっ⁉︎ちょ、歩射!─────────ッッッ‼︎」

 訓練用のキーであるため破壊力が抑えられてるとはいえ、凄まじい痛みと振動が伝わってきた。

 そこで私はようやく歩射の意図を察する。

 思った通り、歩射の攻撃で足を凍りつかせていた氷が砕けた。

 すかさず転移ゲートを開いて、歩射達を五百先輩達から離れた場所に転移させる。

 しかし急激な温度変化による疲労と撃たれたことによる振動で、若干膝が笑っていた。

「っとと!か、歩射………もうちょっと、やり方考えてよ………」

「脚が………脚が痺れるぅ………」

 海金砂と梢殺も同じなようだ。もちろん撃った歩射本人も。

「う、うるないな。仕方ないだろ、他に方法無かったんだから」

 だからって足撃つか?これが実戦用のキーだったら、今頃私達の足は蜂の巣だ。

「だ、脱出しちゃいましたね」

「うわ、すご〜い!けど………産まれたての小鹿みたいになってるよ」

「今なら、仕留められる」

「これ以上反撃されても面倒だ。終わらせよう」

 四人が私達に狙いを定めた。ここは痺れるとか言ってる場合じゃないな。

「「「「はぁっ!」」」」

 散開して立ち向かってきた『月契呪』の攻撃を避けるために転移ゲートを開こうとした。

 その時………

「うぅッ‼︎」

 駆け出した海鏡先輩が、いきなり立ち止まりうめいた。苦しそうに頭を押さえている。

 ん?急にどうしたんだろう?

「二重!」

「マズいな。まさか………」

 どうやら五百先輩達は原因が分かってるようらしい。

 とはいえ、今なら彼女達を倒せる絶好のチャンスだ。

「何かよく分からないけど、大チャ〜ンス!海金砂、一人退場させるぞ!」

「うん!」

 歩射の指示で海金砂はエネルギーボールを練り上げた。

「ッ⁉︎よせ‼︎今の二重を攻撃するな!」

 二人の行動を見た五百先輩が声をあげる。それは初めて聞いた彼女の慌てた声だった。

 しかし今さらになって、ましてや敵の声なんて届くはずもない。

「やぁっ!」「おりゃあッ!」

 海金砂がエネルギーボールを放つと同時に、歩射も銃の引き金を引いた。

 強力なキーのエネルギーと、二丁分のエネルギー弾が海鏡先輩に直撃する。

「きゃあぁぁッ⁉︎」

 さっきは私と梢殺の攻撃を弾き返した海鏡先輩だったが、今回はさすがに防げずにフィールドの端まで吹き飛ばされた。

 氷壁にぶつかり倒れるとピクリとも動かなくなる。ちょっとやり過ぎじゃない?

『99 BulletとKHAOSの攻撃がJekyll & Hydeに直撃した‼︎これはさすがの『月契呪』のメンバーでも耐えられない!』

「よっしゃあッ‼︎まず一人撃破!」

 歩射が拳を握って喜んだ。

 一方五百先輩達は、仲間をやられたことに対して、悔しさなどが感じられない。未だに海鏡先輩を見て、どこか警戒しているように見える。

 何はともあれ、これでようやく一人倒せたわけだ。まさかの展開に観客席からの声援が高まる。

「さてと、残りは三人。さっさと倒して………」



「残り三人だぁ?寝ぼけたこと言ってんじゃねぇぞ、チビ」



 その瞬間、会場の声が全て止み凍りついた。

 決して大きくはない声だった。しかしよく通る声にみんなが耳を疑う。

 私達はもちろん、さっきまで大声をあげて試合を楽しんでいた観客席の生徒や先生、実況をしていた生徒すらも黙った。

 それもそうだ。

 あまりにも品のない暴言が、倒れて気を失ったはずの海鏡先輩の口から聞こえてきたのだから。

 さっきまで後輩である私達にも敬語で、終始オドオドしていた人見知りの先輩。

 そんな彼女から暴言が放たれて、会場にいる全員の視線が海鏡先輩に向いた。

「あぁ…………久々のシャバの空気はウメェなぁ」

 身体を起こした海鏡先輩は、首をゴキゴキと鳴らして回した。

 眼鏡と髪を結っていたヘアバンドをその場に投げ捨てて、髪をバサバサと振り乱す。

 リボンを解いて胸元を大きく開くと、ポンチョを脱いで裏返した。リバーシブルになっていたポンチョは、裏返すと血に塗れたような真紅に染まっている。

 フードは被らずに再び羽織り乱れた髪をかき上げると、私達の方を振り向いた。首元のロザリオが赤く輝いている。

「何だぁ?キーバトルしてんのか。アタシ抜きで何楽しそうなことしてんだよ」

 振り向いた海鏡先輩の目は真っ赤に染まっており、全身に怖気が走った。

「へぇ、四匹か。ちっせぇしヒョロいが………まぁ小腹満たすくらいにはなるな」

 ニヤッと口の端を吊り上げると、海鏡先輩の歯が鋭く伸びて猛獣の牙のようになる。

 腕が先程のように大きくなり爪を持った腕に変化するが、さっきは青い鱗に覆われていたのに対して今度は赤い鱗だ。

 その鱗は腕だけに止まらず、脚や首にも及んでいる。脚が虫のように屈折して鋭い棘が生えてきた。

 獰猛で狂気すらも感じる目を私達に向けて舌舐めずりをする。

「骨の髄まで喰い殺してやっから………せいぜい良い声で鳴き叫びな」

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