第17話 初戦

「やっちまえ‼︎」

 私達を取り囲むようにして八人が襲いかかってきた。そんな彼らを歩射がジッと見つめて口を開く。

「大刀石花、電柱の前」

「りょーかい」

 大刀石花は刀を振るって足元に裂け目を出現させると、私達は揃ってその中に飛び込んだ。

 歩射の言う通りに電柱の前、彼女の能力によって導き出された彼らの死角に転移すると、私と歩射が同時に構える。

「おらぁッ!」「やっ!」

 歩射は二つの銃口を彼らに向けると同時に引き金を引いた。光弾が撒き散らされて、彼らの武器を吹き飛ばす。

「ぎゃあッ!」「ひゃッ!」

 それを確認すると私はエネルギーを鞭にして力強く振るった。鞭が武器を吹き飛ばした人の足を掬って、彼らは転び頭を打つ。

 かなり手酷いやり方だが、人を殺す可能性もあるタレンテッドキーを使った攻撃の内ならまだ優しい方だろう。

 これで二人は倒せた残りは六人だ。

「くっ!お、おい!安芸崎あきざきと御稜威がやられたぞ!これ、ヤバいんじゃないか?」

「うるせぇ‼︎まだ人数じゃこっちが上だ!一人を取り囲んでボコボコにするんだよ‼︎」

 喚き散らす灰酒さんに従って仲間の内の二人が飛び掛かってくる。

「海金砂!」

 それを見た大刀石花が私の名前を呼んで隣に並んだ。

 私はすかさずエネルギーを二つに分離させた。左手のエネルギーを盾に変えて、右手のエネルギーはロッドに変える。

 私は盾で、大刀石花は刀の峰でそれぞれ一人ずつの攻撃を防いだ。

 すると私に攻撃してきた繁吹さんの手に竜巻が生み出された。

「吹き飛べぇッ‼︎」

 私達に竜巻をぶつけようとするが、私達は特に慌てなかった。だって………

「こっち無視すんなっての」

 彼らの視線を読み取って背後に回っていた歩射が、彼らの頭に銃床を振り落としたからだ。

 ゴッと音がして繁吹さんが気絶した。手に生まれていた竜巻が消えていく。

「なぁッ⁉︎ぐふっ!」

 彼らからしたらいきなり歩射が現れたように思えたのだろう。驚いた隙に大刀石花が自分を攻撃してきた女子を刀の峰で気絶させる。

「ぐっ!このクソアマァッ!」

 私達の一番近くにいた人が、自分の武器であるメリケンサックで殴り飛ばそうと身構える。彼の能力なのか拳が鋼へと変わっていく。

「うっさい」

「うわぁっ⁉︎」

 彼が踏み込む前に歩射が銃を彼の足元に撃った。光弾を避けようとして彼はバランスを崩す。

「大刀石花、倒れてるヤツらまとめて」

「は?………あぁ」

 少し遅れて歩射の意図を察した大刀石花は、倒れてる四人の真下に裂け目を生み出し彼らを落とす。

 それと同時にメリケンサックの男子の頭上に大きな裂け目が生まれ、転移された四人が降ってくる。

「は?ぎゃあぁッ⁉︎」

 同級生四人の下敷きになり頭を打ったのだろう。倒れた彼が動くことはなかった。

諏訪森すわもり月代さかやき!」

 一応気絶してるかどうかを確認すると、私達は残りの人達と向かい合う。

「う、嘘だろ………」

「さてと、これで残りは三人。形成逆転だな」

 倒れた仲間を見て唖然としている三人に歩射が笑ってみせた。そしてゆっくりと近づくと銃口を向けた。

「そんで、どうすんの?降参するってんなら見逃すけど、まだやるってんなら私達の作戦の実験台になってもらうよ?」

 追い詰められた灰酒さんが歯軋りして顔を歪める。

「こ、こんなわけない………俺達が、お前らみたいなヤツらに負けるなんて!何でだ、何でだよ!」

「そんなの決まってるでしょ」

 もう戦う気がないことを示すように、大刀石花が刀を鞘にしまった。



「あなた達は下を見てた、私達は前を見てた。真っ向からぶつかれば、前を見てる私達が有利、それだけだよ」



 大刀石花の口調はいつも通りだった。でも、その言葉は深く私に刻み込まれる。

 私達は別に練習して技術を向上させていたわけじゃない。ただ目の前のことをこなしてただけだ。でも彼らは人を見下していた。

 その視線の違いが勝敗を分けた、本当にそれだけなのだろう。

 私はエネルギーを光に戻した。それから前に出て頭を下げる。

「お願いですから、もう私達に関わらないでください」

 私は別に彼らを見返そうなんて思ってない。龍虎祭で優勝したいなら勝ちを譲ってもいい。

 私はただ、前を見て生きていきたいだけだ。むやみに人を傷つけることはしたくない。

 しかし私達の言葉をどう捉えたのか、バッと上げた彼らの顔は怒りに満ちていた。

「………ふ、ふざけるな………ふざけるなよ‼︎この俺達が負けるなんて、あるわけないんだぁ‼︎」

 武器を強く握りしめた灰酒さん達が牙を剥いて叫んだ。

「そうよ!このままじゃ終われない!アンタ達全員ひれ伏させやる!」

「偉そうにしやがって!俺達に恥をかかせたこと、後悔しろ!」」

 どうやらまだ戦いは終われないようだ。歩射が銃を握りなおす。

「へぇ、どうやらサンドバッグになるのがご所望のようだな。それならやってやるぜ!」

 大刀石花は刀の柄に手を添えて、私もエネルギーを練り上げようと意識を集中させる。

「黙れぇッ‼︎死ねぇッ‼︎」

 三人が一斉に私達を襲おうとするのに備えて、私達も身構えた。極力傷つけたくないけど、こうなったらやるしか………



「ていっ、ほいっ、おりゃっ!」



 緊張感のない声と鈍い音が混じり合い道路に響いた。

 それと同時に戦意に満ち満ちていた三人がドサドサドサッと崩れ落ちる。

「「「…………は?」」」

 私は彼らの動きを目線で追って呆然とする。何が起こったのか理解するのに数分を要した。

「ふわぁ〜………」

 崩れ落ちた灰酒さん達の後ろには、大きくあくびをする梢殺がいる。握っている大鎌を杖代わりにしていることから、彼女がやったのは間違いない。柄で殴ったのだろう。

「えっと………梢殺、何やってんの?」

「だってずっと能力使ってると疲れるんだも〜ん。働かざる者食うべからずって言ってたし、これで食べさせてもらえるでしょ?」

 あっけらかんとした口調で言う梢殺を私達はジッと見つめていた。しかし梢殺はそんなことも気にしない。

 むしろ何か食べさせてもらえることを考えているのか嬉しそうに笑っている。

 ずっとバトルに参加していなかったので見てるだけかと思ったが、いつの間にか気配を消して彼らの背後に忍び寄っていたようだ。

「これでバトル終了だね。あぁ〜、お腹減ったぁ。ドーナツでも買って帰らない?」

 大鎌をキーに戻すと、梢殺はスクールバッグを肩にかけて伸びをした。

「お前………色々台無しだよ」

 言っても無駄だと知りながらも歩射はそう言って、私達の延長戦を締めくくった。



 とりあえずの危機は去ったので、私達は死屍累々と倒れている彼らを見た。

「この人達どうする?」

「どうするったってなぁ。私達からしたら襲ってきた暴漢達だし、警察に突き出す?」

「ノリノリで迎え撃ったヤツが何言ってんの」

 大刀石花が腰に手を当てて呆れている。

 まぁたしかに襲われはしたけど、解決したのなら別に警察に突き出す必要も無いだろう。

「とりあえずその辺の人目につかないところに転移させるから、もうこれでいいでしょ?」

 そう言って大刀石花は刀を振るった。倒れている彼らの真下に裂け目ができて、全員が落ちていく。

「まったく、なんで襲ってきたヤツらの後始末まで私達がしなきゃならんのかねぇ」

 歩射はため息をついているが、私達だってプライベートでバトルをしたというのは外聞的にはあまり良くない。証拠が消せるならそれに越したことはないだろう。

 私達はそれぞれの武器をタレンテッドキーへと戻した。

「おーい、早く行こうよ〜」

「はいはい。とりあえずここにいても仕方ないし、行くか」

 というわけで私達はその場を離れた。

 歩射達も今日はもう練習するつもりはないみたいだから、これ以上一緒にいる理由はない。とはいえ離れる理由も無いので、そのまま着いて行くことにした。

「ふっふ〜ん、どれ食べようかなぁ〜」

 嬉しそうに歩いていく梢殺について行って、私達は駅の中のドーナツ屋さんについた。

 カウンターに貼り付いてドーナツを見ている梢殺を見ていたら、何だか私も小腹が空いてきた。

 なので私達も梢殺と一緒にドーナツを買って、駅の壁側にもたれて食べることにした。

「はむっ………んん〜〜〜っ!美味しい!働いた後のお菓子って美味しいよねぇ!」

「お前大した仕事してないだろ。あむっ」

「むぐむぐっ………わらひらいひはんおおふはおひは………」

「飲み込んでから喋りなよ」

「んぐっ、んぐっ………私が一番多く倒したでしょ?」

「お前ただ私らの見せ場奪っただけだろ」

「あむあむあむ………」

 壁に並んでドーナツを食べる中、私は自分のキーを取り出してジッと見つめた。

 今日、初めてプライベートでまともなキーバトルをした。この前もプライベートでキーを使ったが、あれはあれでイレギュラーだったから無しだ。

 大刀石花の役に立てたと思った反面、自分もいよいよこんな危険なことに足を踏み入れたという重い自覚がのしかかる。

「ねぇ、八人のうちの1チームは私達が今日の試合で倒したけど、残り四人のチームって今日どうなったの?」

 何となく聞きたくなって、私は口を開いた。

「ん?あぁ………っと、たしか初戦で負けてたよ。そのやっかみもあって襲ってきたんだろうな」

 私の質問に今日の試合をずっと見ていた歩射が答えてくれた。つまり私達が試合で彼らと関わることはもう無いわけだ。

 とはいえ、これからもこんな事をされていては迷惑だし、何より大刀石花達にいつ危害が及ぶか分からない。

 私は別に龍虎祭で勝ちたいとは思ってないし、彼らが望むのなら今日の試合の勝利を譲ってもいい。それで今後の面倒が無くなるなら。

「あのさ、一つ提案なんだけど………」

「先生にかけあって今日の試合の結果変えてもらうつもり?」

 私の言おうとしていた事を先に言ったのは大刀石花だった。やはり彼女なら気がつくと思っていた。

 別にやましい思いがあって言ったわけではないが、先に言われてしまっては何となく居心地が悪い。

「まぁ、それで今後こういうことがなくなるなら、それもいいかもね」

「はぁ?いいわけないだろ。せっかく勝ったんだ、このまま一気に優勝しようぜ」

「私ものんびりしたいから終われるなら終わりたいなぁ、もぐもぐもぐ………」

「そういうのは一端にチームに貢献してから言えよ」

「それもそうだよねぇ、反省反省………っと」

 しんみりした風に言って、梢殺が素早く歩射のドーナツに手を伸ばした。しかし歩射は見越したようにその手を叩く。

「ていっ!人のドーナツ取ろうとすんな!真面目なこと言えば誤魔化せると思ったか」

「いいじゃんいいじゃん、今日のバトルのご褒美」

「分かった分かった!まず自分の食い終わってからな」

「わーい!もぐもぐもぐ………」

 リスのようにドーナツを頬張る梢殺を見て、私は小さくため息をついた。それを見て歩射が肩をすくめる。

「まぁふざけるのはこれくらいにして………私はやっぱりこのまま試合を続けたいな」

「そんなに勝ちたい?」

 ドーナツを食べ終わった大刀石花が、指についた粉砂糖をペロッと舐めて尋ねた。

「そりゃあ、せっかく出られるんだからさ。いけるところまでいきたいじゃん。そうでなくても、あんなヤツらに屈して退くってのも悔しくね?」

「そんなもんかねぇ」

 大刀石花は歩射の心情がピンとこないようで首を傾げている。

 もっとも私も同じだ。ドーナツを食べ終わり指を舐めながら彼女の会話を聞いている。

「あむっ、んぐっ………まぁ無理に出ろ、とは言わないけどさ。要は面倒事にならなきゃいいんだろ?本当にヤバくなったら、逃げればいいだけの話じゃん。それに、せっかく面白いチームを組めたんだ。出来るだけ長い時間楽しみたいっしょ」

「そりゃ能天気なことで」

「プラス思考と言いたまえよ、大刀石花くん」

 ドーナツを食べ終わった歩射が砂糖のついた手をスカートでパンパンと拭くと、跳ねるようにして壁にもたれていた身体を起こす。

「よっと………ごっそさんっと。あぁ、小腹も満たされたしそろそろ帰っかぁ。梢殺、行くぞ」

「あれ?私の分のドーナツは?」

「試合でチームに貢献してくれたら、試合の数の分奢ってやるよ。出来高ボーナスでプリンもつけてやる」

「お〜!頑張る〜!」

 腕を回して喜ぶ梢殺を連れて、歩射は駅を出て行った。

 駅に残された私達は、そのまましばらく壁にもたれたまま周りを見つめていた。

 しかし私の視線は自然と隣にいる大刀石花に向いてしまう。大刀石花は何を考えるか分からない表情で、ぼんやりと遠くを見つめている。

 私は彼女を見つめながら、さっきの歩射の言葉を思い出していた。

 面白いチーム、かぁ………

 私にとっては、このチームは面白いのだろうか。まぁこうやって一緒にいようとするのだから、つまらないとは思ってないはずだ。

 でも、それじゃあ何が面白いのかと言われれば、その答えに迷ってしまう。

 私は何故こんな事をしているのだろうか。その答えを導こうとすれば出来るんだろうけど、心の中でどこかそれを止めようとする気持ちもある。

 だから心の中を見るんじゃなくて、表だけの自分を見てみる。

 例えばこうして向けている大刀石花への視線。これも自分の心に繋がるのだろうか………

「ねぇ、海金砂」

 すると不意に大刀石花が私の方を振り向いた。彼女の長いまつ毛がこちらに向く。

 ずっと見ていた事を隠すように、私は慌てて視線を外した。

「な、何?」

「海金砂はさ、どう思ってるの?試合、出続けたい?」

「え?」

 あまりにも今更すぎる質問をされて、私はつい聞き返してしまった。そんな私を見て大刀石花はフッと笑う。

「そういえば、まだちゃんと聞いてなかったなぁ、って思ってさ。今回のことで一番被害被ってるの海金砂でしょ?それなら、海金砂の意見が一番大切じゃない?」

「そう、かな………」

 大刀石花に言われて、私は改めて考えてみた。

 これからの試合に出るかどうか。このチームで、大刀石花と一緒に戦い続けるのかどうか。

 それはきっと、こんな単純な質問で返せるようなものでは無いのだろう。少なくとも私にとっては。

「それで、どうなの?」

 けど今は。大刀石花と一緒に戦って、大刀石花と並べるようになって、大刀石花だけといる今の私は………



「次の試合くらいなら、出てもいいかも」



 そんな言葉が私の口から滑らかに紡がれる。私は何故かそんな自分を客観的に見ている。

「そっか。まぁ、嫌って言ってもどうせ歩射がゴネるだろうしね。というか何気に梢殺もやる気になっちゃったし」

 そう言って大刀石花は身体を起こした。私もそれに合わせて身体を起こす。

「それじゃあ、やれるとこまでやってみるか」

「………うん」

 私は頷いて大刀石花と一緒に歩き出す。

 こうして一緒にいられるなら、別に戦うという選択肢を取る必要は無かったんじゃないのか。

 そんなつい数秒前への後悔も、今の私には心地良かった。

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