第18話 突破
それから数日が経過し、龍虎祭の予選は順調に進んでいった。
「それでは、今から最終予選を始める。第四チーム、第六チーム。両者共、準備はいいな?」
私達は周りの視線を浴びながらフィールドに立っている。これまでで一番の緊迫感が辺りを包む。
「よっしゃ!いくぜ!」
「はいよー」
「うん」
「よーし、やるぞー」
私達は身構えると、相手チームのみんなも武器を構えた。
「試合、始め!」
試合開始の合図が鳴り響き、試合が始まる。
「先手必勝!」
相手チームの一人の女子が手にした拳銃を私達に向ける。引き金を引く直前に私も刀を引き抜いた。
引き金が引かれ弾丸が発射される。普通なら発射できないようなマグマの弾丸だ。
「よっと!」
発射された弾丸が、展開された転移ゲートに吸い込まれて私達の後ろへと転移される。背後が焦げ臭いがするが無視する。
「くっ!それなら!」
弾丸が避けられたのを見たもう一人の相手チーム生徒が私達に突撃してきた。踏み込んだ体育館の床が溶けていて蒸気が上がっている。
慌てて受け止めようと、彼女の拳を避けて腕を取り押せようとする。
「ッ⁉︎痛い痛い痛いッ!」
しかし突き刺すような痛みが走り、私は彼女を突き飛ばして距離を取ろうとする。
しかし彼女はそうさせまいと私の腕を握る。さらに激しい痛みが身体を襲い、腕から蒸気が上がっている。
「ぐぁッ‼︎」
熱と共に突き刺すような痛みに私は悶絶した。さらによく観察してみると、彼女の武器である指輪が赤く輝いている。
溶けた床を見た感じ、彼女は間接的だろろうも触れたものを溶かせるようだ。訓練用の能力でよかったな。
とはいえこれは早く逃げないとマズい!
「スゥ───────ッ」
すると彼女は私に向かって大きく息を吸った。まるで私に吐息を浴びせるかのようだ。
もし彼女が吐息でも物を溶かせるとなると………どうなるかは想像もしたくない。
しかし腕を掴まれてしまっては一人での転移が出来ない。このままだと私の顔が溶けることになる。
「ハァ───────ッ!」
彼女が私に向かって息を吐いた瞬間、彼女の吐息を阻むようにエネルギーバリアが広がった。それに塞がれて私の顔は無事だ。
「大刀石花!大丈夫?」
横を振り向くと海金砂が私をフォローしてくれていた。
「はっ!」
海金砂が手を突き出すと、それに合わせてバリアも彼女を押した。
手を離してくれたおかげで私も解放される。うわぁ、腕からあんまりして欲しくない匂いがする。
とはいえ今は試合に集中だ。海金砂のバリアに阻まれている間に、私はさっきの拳銃を撃った生徒もバリアの向こうに転移させた。
「うわっ!」
転移させた二人が並ぶと同時に、エネルギーバリアが形を変えて彼らを包み込んだ。
「ちょッ、何よこれ⁉︎」
バリアを越えて攻撃しようとした二人は、エネルギーの繭に包まれて身動きが取れなくなる。
「はぁっ………はっ!」
その間に海金砂は手に残していたキーのエネルギーを圧縮して、ボール状に変形させて放つ。
「きゃっ!」「ぐっ!」
エネルギーボールに弾き飛ばされて二人の生徒がフォールド外に弾き飛ばされた。これで二人が脱落した。
「ふぅ。海金砂、ありがとう」
「大刀石花、大丈夫?」
「後で弁当の保冷剤で冷やすわ」
ヒリヒリする手の熱を冷ますように私は手を振った。まだ二時間目だし、保冷剤もまだ冷えてるでしょ。
「おいお前ら!サボってないで、こっち手伝え!」
すると少し離れたところで残り二人の相手をしてくれた歩射が叫んだ。その隣では梢殺も戦っている。
近距離戦になってしまっているからか、歩射の銃も梢殺の能力も活かせずにいた。
それなら梢殺と一緒に姿を消して突っ込んでいけばいいのに、きっと何も考えずに突っ込んでいったんだろう。
やっぱり楽に終わらせるためにも、ある程度ミーティングはした方がいいのかな。
私は脇差を握って歩射に斬りかかっている男子の足元に、転移ゲートを開いた。
「っとぉ?」
とりあえず男子を転移させて距離を取らせた。
梢殺と戦っている生徒の武器は耳飾りだろう。彼の能力なのか軟体動物のように腕がしなって、梢殺の鎌を受け止めている。
「お〜い、助けとくれ〜」
あれじゃ梢殺が存在感を消しても意味ないだろう。本人はそこまで危機感無さそうだが。
「歩射、先に梢殺なんとかした方が良くない?」
「だな。海金砂、足場頼む」
「うん」
海金砂は頷くと、エネルギーをいくつかに分裂させて、一つ一つを薄い円盤状に変形させた。
「はっ!」
それを周囲に放つといくつもの円盤が浮遊した。上下左右バラバラだが、それでいい。
「よっしゃ!」
歩射はザッと周りを見渡すと、力強く踏み出した。助走をつけて飛び上がると円盤に飛び乗った。
そして円盤を足場にして、円盤から円盤へと飛び移っていった。身軽な歩射だからこそできる技だ。
「よっ、はぁっ」
「おっと!うわわっ!」
さらに海金砂は円盤を操って、脇差を持つ生徒の行動を阻んだ。
その結果歩射は梢殺の真上へと安全に移動することに成功する。おそらく能力で死角と判断したんだろう。頭上から銃を構えてエネルギー弾をばら撒く。
「は?うわぁ!何だ⁉︎」
真上から銃を撃たれて、梢殺を捕まえていた生徒は慌てて離れた。解放された梢殺が宙に浮く歩射を見上げる。
「おっと。お〜、歩射に見下ろされるのってすごい違和感あるねぇ」
「その言葉の言及とローキックカマすのは後にしてやるから、さっさと片付けるぞ!」
「あいよー」
梢殺が指を鳴らすと私達の姿を消した。円盤も光となって消滅する。
「ぐっ!どこに行った⁉︎」
それからは一瞬だ。
「ぐはぁッ!」
先程まで梢殺を拘束していた生徒がフィールドまで吹き飛ばされた。周りから見れば何も無いはずなのに吹き飛んだように見えただろう。
それから絵の具が滲むように梢殺が姿を現した。おそらく彼女が大鎌で吹き飛ばしたんだろう。
「くっ!このッ!」
現れた梢殺を見て、最後の一人となった生徒が脇腹を構えた。のんびりと息を吐く梢殺に突進する。
しかしその突進は最後までは続かなかった。彼はピタッと止まって自分の首元を見る。
そこには梢殺の能力で存在感を消した歩射が、生徒の懐に潜り込み首元に銃口を突きつけている。
「銃口まで向かってきてくれるとは、紳士な方だこった」
歩射が笑ってウインクすると同時に、突きつけられた銃口から火が噴く。
体育館にこだまする銃声が試合終了の合図となった。
「これで龍虎祭の予選が終わった。結果、この中から代表チームとして出場するのは歩射、梢殺、海金砂、大刀石花の第六チームだ」
授業の終わり頃、先生から発表されるとみんなの視線が私たちに集まった。
「正式にチームリーダーを決めて、リーダーとなった者は後で俺の所に来い。色々渡す書類がある。それじゃあ、みんなお疲れさん。授業は終わりだ」
先生の号令で授業が終わり解散となった。更衣室で制服に着替える。
「よっしゃあぁッ‼︎これで予選突破だな!」
「はいはい、そうね」
さっきから興奮が冷めやらない歩射はぴょんぴょん跳ねて喜んでいる。
よくもそんなに素直に喜べるものだと感心しながら体操服を脱ぐ。
「お前もっと喜べよ!予選勝ち抜いたんだぞ?」
「別に勝ち抜くつもりなかったし、分かってたことでしょ?」
負かしてしまった人には申し訳ないが、正直勝っても嬉しくない。
それにはっきり言って、途中からこうなる事は何となく予想していた。
その大きな原因はやはり海金砂だろう。
これまでキーを使えないと思われていた人が、いきなりあんな能力を持っていると知って、誰もが混乱していた。
もちろんみんな急いで対策しようとはしたが、海金砂の能力はバリエーションが豊富な能力だ。三、四回程度の試合で全てを見切るなんて不可能に決まってる。
結果としてみんな初めて見る能力に対応できずに倒されていった。
「ところで歩射さん、今日の報酬なんですが………」
「はいはい、今日は何がいいんだ?」
「コンビニで新発売のプリンとシュークリームが出たからそれがいい!出来れば二つずつ」
「えぇ?あれ高いのに………まぁいいけど」
「やったぁ〜」
梢殺が私達の周りを嬉しそうに跳ねている。
あぁそうだ。加えて言うとすれば、歩射からご褒美のおやつが貰えると知った梢殺が本気を出してきたのも理由の一つかな。
これまでは指示されるまで何も動かない、何なら指示されてものんびりとしていたマイペースな梢殺が、今や試合開始と同時歩射と共に突っ込んで敵を倒すキリングマシンと化している。
一緒に戦ってるから分かるが、完全に気配を消されて死角からあんな大鎌振るわれたら勝てるわけない。
それにこれは歩射の指示だが、海金砂の攻撃のバリエーションを隠すために、彼女の姿を消すこともしている。
第二試合の時なんて、試合開始と同時に私達全員の気配まで完璧に消して一人で秒速で敵を倒してた。本気出し過ぎ。
もちろん負ける可能性も考えてはいたし自分達を過大評価するつもりはないが、ある意味当たり前とも言える結果だ。
もういっそのこと、私だけとっととリタイアしようかと考えはした。
しかし今や何をしだすか分からない歩射と梢殺、そして自己主張をしない海金砂を残していくのは不安しかないのでやめた。
「いやぁ、あんなにバカにされていた私達が、今やクラスの代表チームとは………わたしゃ感動で涙が止まらないよ」
「よく言うよ」
結局歩射はこうなるのをある程度見越していたわけだ。完全にみんな遊ばれてしまっている。
みんな目の色変えて練習してたのに、グダグダな私達が代表チームでいいのだろうか。周りから何か言われそう。
もっとも私以上に気が重いのは海金砂だろう。目立ちたくないのに、今回一番目立ってしまったわけだし。
そう思って隣で着替えている海金砂を見る。
いつもは私と一言二言言葉を交わす海金砂だが、今は心ここに在らずといった感じてボーッとしていた。
「それじゃあチームリーダーはそのまま歩射でいいのね?」
「おう。それとも大刀石花やるか?」
「私はいいよ。それじゃ、また明日」
「じゃあな」
放課後になって、私は歩射と梢殺と別れてスクールバッグを肩にかけた。海金砂と一緒に教室を出る。
今日は練習は無しだ。予選突破のご褒美ってのも理由の一つだけど、歩射が龍虎祭に出場するための資料や説明を貰いに行くからってのが大きい。
まぁ私はもう練習なんていいんじゃないかと思う。これ以上勝つ必要無いでしょ。
正直龍虎祭なんて辞退したい。何が悲しくて全校生徒の見せものにならなきゃならないんだ。
一人でぼんやりと考えていると、海金砂も黙っていることに気がついた。俯いてとぼとぼと歩いている。
「海金砂、大丈夫?体育終わった後からずっとボーツとしてるけど」
「え?あ、あぁ………大丈夫、だよ」
そうは言うがあまり大丈夫では無さそうだ。
何となく私は海金砂に手を伸ばした。髪をかき分けて彼女のおでこに手を当てる。
いきなり触れられたからか海金砂はビクッと震えた。
「ッ⁉︎な、何………?」
「いや、熱があるかどうかの確認。特に問題はなさそうかな」
「そ、そっか………」
しかしそう言った後から何となくおでこが熱くなった気がするが、気のせいだろうか。顔も少し赤い。
とはいえ海金砂がボーッとしてた理由は何となく分かってた。
「状況に頭が追いついてない?」
「………まぁね」
顔を覗き込んで尋ねると、海金砂は苦笑いして素直に頷いた。
「変化が速すぎて、さ」
「だろうねぇ」
やっぱりここ数週間は、海金砂にとっては目まぐるしい変化だったようだ。変化に追いつけず、口には出さなくても疲れていたのだろう。
どんな言葉をかけてあげるべきか考えていると、スクールバッグが小刻みに震え出した。
開けてみるとスマホが鳴っていた。お母さんからの電話だ。
「どうかした?」
「お母さんから電話。ちょっとごめんね」
海金砂に断ってから私は電話に出た。いきなりどうしたんだろう?
「もしもし?」
『あ、三狐神?今下校中よね?』
何やら慌てた様子でまくしたてる母親に首を傾げた。
「そうだけど………どうかしたの?」
『実は今日の夕飯の買い出しを頼みたいのよ。帰る途中にスーパー寄るでしょ?ちょっと仕事が長引きそうだから、代わりにお買い物してきてくれない?』
たしかに帰る途中にスーパーを通る。お金もそれなりに待ってるし買い物はできるか。
面倒ではあるけど、断れば夕飯が遅れてしまう。ここは受けるしか無いかな。
「分かったよ」
『助かるわ〜!それじゃ買い物メモ送るわね』
そういうとすぐに写真が送られてきた。そこには勝ってきて欲しいものが書いてある。
「って、多くない?これ持って家まで帰れないんだけど」
私が文句を言うと、お母さんは呆れたように大きくため息をついた。
『はぁ………アンタねぇ、何のためのタレンテッドキーなのよ。道具を有効活用しなさい。それじゃ、頼んだわよ』
それだけ言ってお母さんは一方的に電話を切ってしまった。買うもの買ったらキーで転移して帰ってこいと。
普段出かける時楽しようとキーを使うと文句言うクセに、こんな時ばっかり使わせるんだから。
私はため息をついて電話を切った。
「大刀石花、どうかした?」
「お母さんが買い物してこいって。悪いけど、今日はここまでかな」
私は送られた写真を海金砂に見せて肩をすくめた。
「多くない?一人で大丈夫?」
「うーん、キー使えばすぐに家に着くし、たぶん大丈夫」
お金も足りるし、問題無いだろう。
「私で良ければ手伝おうか?」
「え?いやいや、そんな事させるわけには………」
そこまで言いかけて私は考えた。
この前二人で出かけた時、海金砂は割と楽しそうだった。
それならこういったお出かけは海金砂にとってリラックスになるかも。まぁこの前のお出かけとはちょっと違う気がするけど。
「それなら、頼もうかな」
「うん」
こうして私と海金砂は少し歩いて近くにあるスーパーへと向かった。買い物カゴを手に取って店内に入る。
制服を着た女子高生が二人並んでスーパーでお買い物って珍しいんだろうなぁ。似た様子の人は誰もいない。
「えっと………まずは、人参とピーマンとトマト、ね………」
「あ、それならこっちだね」
海金砂と一緒に買い物メモに書いてあるものを片っ端からカゴに入れていく。
「海金砂、買い物手慣れてる感あるね」
「実際に毎回やってて手慣れてるから」
そういえば海金砂は一人暮らしだったな。こんな風に買い物するのも慣れてるんだろう。
「主婦歴じゃ先輩だねぇ」
「そんなんじゃないって。大刀石花もやればすぐ慣れるよ」
「そんなもんかねぇ。海金砂と一緒に暮らしたら、頼もしくて色々任せちゃいそう」
「い、一緒に、かぁ………」
さすがに二人で連携すれば買い物はあっという間だ。精算も済ませてスーパーを出る。
さすがに開けた場所でキーを使うのは気が引けるので、人目につかないスーパーの裏側へ移動する。
「よっと、ふぅ………これで全部買えた?」
「うん、ありがとうね。買ったものまで運んでくれて」
「いいよ」
さてと、あとはこれを持って帰るだけだ。私はタレンテッドキーを起動させて、出現した刀を握る。
「それじゃ、また明日」
「うん。またね」
転移ゲートを出現させてから私は買ったものを抱えた。うぅ、重い。
とっとと運んでしまおうと、私はゲートを通ろうとする。
「あ、あの、大刀石花」
すると後ろから海金砂が声をかけてきた。大きな荷物を抱えているので首だけ向ける。
「ん?どうかした?」
何か忘れ物かと思ったが、海金砂の言い淀んでる様子から違うと分かる。
海金砂は目を泳がせながら慎重に口を開く。
「大刀石花は、龍虎祭出るの?」
「え?出なくていいって選択肢あるの?」
もしかしてこの面倒な事から解放されるのか。僅かに希望が灯り聞き返すが、海金砂は視線を落とす。
「あ、いや、それは………難しいかも」
だよねぇ。一応クラスの代表として出るわけだし、そう簡単に辞退はできないよなぁ。
「それなら出るしか無いでしょ」
「そう、なんだけどさ………」
私の表情を窺うように上目で私を見ると、海金砂は小さな声で呟いた。
「わ、私は、出るなら………大刀石花とがいいから」
忙しなく動く海金砂の口から、絞り出すように紡がれた言葉をゆっくりと咀嚼する。
しかしその言葉はいくら噛み砕いても上手く飲み込めない。
「………はぁ」
結果として何と返していいか分からずに変な返事をしてしまった。
それはつまり私と試合に出たいから、私が出るかどうかを確かめたかった、ということだろうか。
色んな意味で何でそんな事を聞くのか不思議だが、縮こまっている海金砂を見たら聞く気にはなれなかった。
「まぁ、私も海金砂がいてくれた方か助かるよ」
今や暴走気味と言ってもいい歩射と梢殺の相手を私一人でするのは、いくらなんでも荷が重すぎる。海金砂も同じ事を考えたから聞いたのかな。
「そ、そっか………それじゃあ、またね」
「うん」
私は再び荷物を抱える腕に力を込めると、今度こそゲートを通って家へと入った。
ゲートを閉じてから買ったものを台所に下ろす。刀をキーに戻して、それをジッと見つめた。
「これ以上は面倒事を運んでこないでくれよー」
そんな事をキーに言っても返事が返ってくるわけがなかった。
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