第14話 ピース
「いいか、来週の月曜日の授業は龍虎祭の予選だ。というわけで今日は本番前最後の授業だから、真面目にやれよ」
金曜日の体育の授業。先生の号令と共に生徒達は解散、それぞれの決めたチームで固まっていった。
私も立ち上がってはみたものの、大刀石花達がどこにいるのかが分からない。
「海金砂、こっちこっち」
すると後ろから声をかけられた。振り向くと体育館の窓辺で固まっている大刀石花達を見つけた。三人と合流するとみんなで円になって座る。
「さて諸君。来週はいよいよ予選なわけだが………」
「あぁ、そうね」
「すぅー………すぅー………」
「おい寝るな!」
「あひゃっ!」
体育の時間だと言うのに、体育座りしたまま俯いてこっくりこっくりと夢の世界へと旅立とうとしている梢殺の頭を歩射が叩く。
梢殺はこのチームの結成によって知り合った人間で、このメンツの中では一番付き合いが浅い。
だから当たり前といえば当たり前だけど、まだそこまで仲良くはなれていない、というかなるつもりもない。
ただこの数週間一緒にいて、彼女がとてもマイペースなのは分かった。というか何故体育の時間に寝られるんだろう。
座学の授業で眠くなるのは分かるけど、体育の時間に眠くなるのかな?
「まったく、周りを見てみろよ!他のチームは熱心に練習を重ねてるってのに、ウチのチームだけだぞ、こんなにだらけてるの!」
「チームの特色ってヤツだね」
「真面目にやれって言ってんの!」
この様子から何となく分かるかもしれないが、一応私達のチームのリーダーは歩射となっている。
予選の段階では正式にリーダーなどは決めていないが、まぁこの中で誰が一番リーダーに向いてるかと言われれば歩射だろう。
理由は簡単で、私を含め彼女以外のメンバーは全員龍虎祭に無関心だからだ。必然的に歩射が引っ張っていくしかない。
まぁさっきの無気力な大刀石花の返事と今にも寝そうな梢殺を見れば誰でも分かるか。
「どうするんだよ、私達まだ作戦も決めてないんだぞ!これじゃ第一試合で即負けるっての!」
「別に勝つ必要無くない?」
「最初に負けたら後の時間ゆっくり寝られるじゃん。やったね」
「よくねぇよ!」
ダメだなこれは。
私も意見的には大刀石花寄りではあるが、このままグダグダしてても仕方ないので助け船を出すことにした。
「それで、今日は何するの?」
「作戦を考える。それしかないだろ」
なるほど。たしかにそれは一つのやり方としてはアリなのかもしれない。
「幸運にも既にトーナメント表は配布されてる。だからせめて初戦の作戦くらいは立てようぜ」
というわけで私達は予め配布されている資料を見ながら、試合の流れやルールを確認する。
「いいか。試合はトーナメント戦で制限時間は無し。バトルフィールドは体育館のホール、要はステージに上がったり体育倉庫に入ったりするのは禁止。使っていいのは訓練用のタレンテッドキーのみ。ルールを破れば負けとなる、以上だ。後は何しても問題ない」
「自由度の高い試合だねぇ」
「あんまり縛りつけると能力を活かせないヤツが出てくるからな。それじゃこの大会の意味がない」
資料に目を通しながら私達は試合について確認していた。本来ならば真っ先にやることだが、グダグダで後回しになっていたのだ。
「勝敗の判定は?」
「チーム全員が戦闘不能、降参した場合だな。あとは今言ったルール違反ね。よくある事例だとフィールド外に出ちゃった場合らしいよ、押し出されてもアウトなんだと」
「ふーん、それじゃあ無理に全員倒す必要は無いってわけか。降参させるなり場外に押し出すなりすればいいのね」
「それが出来ればな」
たしかに、押し出すのは検討する余地があるとしても、降参はまず期待しない方がいい。むしろ私達の方が即降参したいくらいだ。
しばらくの間首を捻っていると、梢殺がハッと顔を上げた。
「あっ!大刀石花の能力で相手を全員場外に転移させちゃえば?そうすれば全試合戦わなくても一発で勝てるよ」
「おぉっ!梢殺にしちゃナイス名案!それでいくか!」
梢殺の提案に歩射が指を鳴らした。
たしかに一番有効な手なのかもしれない。
でもいいのだろうか、そんな卑怯なやり方で。初戦で使ったら次の試合からは禁止にされそうだけど。
「おーい、実行役の私抜きで勝手に決めないでよ。それに、たぶんそのやり方は無理だよ」
「え?何で?」
良さそうな提案に待ったをかけた大刀石花に、私は思わず尋ねた。これなら勝ち負けともかく一発で試合終わるのに。
「この資料見た感じ、フィールド外はキーが使えないようになってるから、そこへの転移は出来ない」
「あぁ、タレンテッドリジェクターかぁ」
大刀石花の持っていた資料を覗いて歩射が呟いた。
何でも特殊な合金やら薬品を使っているらしい。これが政府から色んなところに無料で貸し出されてるというのだからすごい話だ。
仕組みはよく分からないし、何より政府が極秘にしているため分からないが、この装置一つでタレンテッドキーは何の効力も持たなくなる。
タレンテッドキーが日本中に配布されて一般人が持つようになってから、あらゆる施設に取り付けられることになった。この学校もその中の一つだ。
見た目はWi-Fiのルーターみたいな感じで、ある一定の範囲において作用する。体育館のホールは範囲外だが、それ以外の校舎内やグラウンドなどではタレンテッドキーは使えない。というか使えたらキーを悪用した問題が起きまくってしまう。
大刀石花と出会った時私を虐めていた人達が学校外に連れ出したのもそれが理由だろう。
「やっぱあれがあると転移出来ないの?キーが使える所から移動しても?」
「うん。キーが使える所から使える所への転移は出来ても、使える所から使えない所の転移は出来ないよ。試してみる?」
大刀石花は立ち上がってはキーを起動させた。具現化された刀を引き抜き構える。
こうして間近で見てみると、大刀石花がキーを使ってるところって画になるんだよなぁ。すごいカッコいい。
「それじゃあ、職員室にでも転移してみるか。よっと!」
刀を振るって空間の裂け目を作ろうとする。しかし裂け目は出現すると同時に消えてしまった。何度試しても同じだ。
「ほらね」
「んじゃーこの作戦ダメかぁ。いけると思ったんだけどなぁ」
渾身の策がダメになり歩射は天を仰いだ。そう上手くはいかないようだ。
歩射が唸っている隣で、マイペースに資料に目を通していた梢殺が首を捻る。
「そういえば、私達と最初に当たるチームってどこなの?」
「おぉ!そういや言ってなかったな。というかお前らもトーナメント表配られただろ」
「「「見てない」」」
「………まぁそんなだと思ったよ。ほら、見てみな。ビックリするよ」
呆れながら歩射がトーナメント表をくれた。私達三人はそこから自分達の名前を探し出す。
「あ、あったあった。えっと対戦相手は………
私も大刀石花と同意見だ。誰だこの人達は?梢殺も首を傾げている。
それを見て歩射が大きくため息をついて頭を抱える。
「お前らなぁ………あれだけの事したヤツらのこと、アッサリ忘れるなよ」
「ん?何の話?」
「この前の自主練の時突っかかってきたヤツらがいただろ。その中にいたヤツらだよ」
「あぁ………」
あの人達かぁ。たしか八人くらいいたから、そのうちの四人ね。
いつも絡まれて虐められていたが、名前なんて知らなかった。
というか彼らに限らず私がこの学校で名前を知ってるのはチームメンバーのこの三人のみだ。
「そういうこった!いっちょギッタンギッタンにぶっ潰してこの前の借り返してやろうぜ!」
「「おー」」
「もっとやる気出せよ!」
棒読みで拳を上げる大刀石花と梢殺に歩射がツッコんだ。私はその様子をぼんやりと眺めている。
やけに息巻いてると思ったけど理由はそれか。歩射なりに私を助けようとしてくれてるのかもしれない。
けど………私なんかがいて、果たしてそんな事が叶うのだろうか。
こうして予選前最後の体育の授業が終わり、私達は着替えて教室に戻った。
その後の授業を終えて放課後になった。私が帰る準備をし終わったタイミングで隣から声をかけられる。
「海金砂、帰ろ」
「あ、うん」
大刀石花に呼ばれて、私はスクールバッグを肩にかけて教室を出る。
これまでは体育館で予選に向けて練習していたが、歩射と梢殺がいないので今日は無いと判断した。それに、私には練習なんて意味が無い。
ボーッとしながら歩いていると、隣で一緒に歩いている大刀石花がこっちをジッと見てるのに気がついた。
「ど、どうかした?」
大刀石花の視線が私に向いてると思い、若干緊張しながら返す。
「ん?いや、今日はなんか浮かない顔だなぁって思ってさ」
「あぁ………」
しまった。どうやら自分でも気がつかないうちに表情に出てしまっていたようだ。
「もしかして、来週の予選のこと?」
「………うん」
予選はいよいよ来週の月曜日。けど結局私はタレンテッドキーが使えていない。
歩射はこの前の一件もあってやる気満々で、梢殺も大刀石花も彼女達なりにそれについて行こうとはしている。
でも私は何も出来ていない。そのせいで大刀石花達まで周りから馬鹿にされて足を引っ張ってしまっている。
「気にしなくていいよ。そもそも三人で出る前提だったし、これまで出来なかった事がいきなりできるなんて、そんな都合のいいことあるわけないんだし」
「でも………みんなに迷惑かけちゃって………」
「あぁ、前に絡まれた事?気にして無いよ。まぁ歩射は何かやる気だけどさ、あれはただの景気付けだよ。ほら、あぁでもしないとウチのチームグダグダでしょ?」
「そう、だね………」
いや、迷惑かけたとか、本当はそんな事どうでもよかった。
仕方ない、そう割り切ってしまうのは簡単だし、今までの私ならそうしてた。
でも今は違う。今の私には大刀石花がいる。私を助けてくれて、一緒にいてくれようとした、大切な友達が。
そんな彼女と肩を並べて一緒に戦いたい、それが私の密かな願いだった。
そのために必死に努力してきたはずなのに、もうそれは叶わない。
それが、こんなにも悔しいなんて………
「先生だって事情を話せば分かってくれるだろうし、海金砂は無理しないで応援しててよ、ね?」
「………うん、分かった」
小さく頷くと私達は靴を履いて下駄箱を出る。校門を出て横断歩道を渡ろうとした時
「あっ、いたいた!おーい!海金砂、大刀石花!」
後ろから大声で名前を呼ばれて、私達は反射的に振り向いた。
するとこっちに向かってダッシュで走ってきた歩射が私達の腕を掴んだ。
「ったく、予選前の最後の練習できる時間に帰るヤツがあるかっての!」
「いや、アンタも梢殺もいなかったじゃん」
「こっちは色々準備して………って、これ以上ここで話すのはマズいか。お前らこの後用事は?」
「ん?特に無いけど」
「私も」
というか周りの視線が若干集まってるから早くこの場から離れたいんだけど。
「そりゃよかった、んじゃあ行くぞ」
「は?行くってどこに?」
「それは、って梢殺早く来いって!」
「おーい、待っとくれー」
歩射からだいぶ遅れて梢殺がてっこてっこと駆けてきた。本当にマイペースだ。
「よし、これで揃ったな。大刀石花、人目につかない所に転移できるか?極力ここから離れたところがいいんだが」
「え?まぁ出来るけど、ここでキー使うわけにはいかないから場所移すよ」
ルール上は問題無いとはいえ、往来で学生がキーを使うのは外聞的にマズいだろう。
よく分からないが、これは用事を済まさないと帰してもらえそうにない。
仕方なく私達は近くの物陰に引っ込んだ。大刀石花がキーを起動させて私達を転移させる。
「よっと。ここでどう?」
大刀石花が転移させた場所は、初めて私と大刀石花が出会った裏路地だ。たしかにここなら人目につかないだろう。
いつも痛めつけられていた嫌な場所なはずだけど、ここで大刀石花と出会ったと思うと感慨深くも感じる。
「ん、問題ねぇな。そんじゃあ早速始めるか」
「ちょっと待ってってば。さっきから何なの。何するつもり?」
いよいよ耐えきれなくなったのか大刀石花が歩射に尋ねた。私もここまで無理矢理連れて行かれたならそろそろ知りたい。
「何って、決まってんだろ?」
歩射は外の様子をキョロキョロと確認すると、スクールバッグからタレンテッドキーを取り出した。
「私達の優勝に必要なピースを揃えるんだよ」
ニヤッと笑った歩射に、私と大刀石花は揃って首を傾げた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます