第13話 イザコザ
私と海金砂で始まったチームに歩射と梢殺が入って数日が経った放課後。私達は体育館で予選のための訓練をしていた。
龍虎祭の日まで放課後は自主練のために体育館を支えることになっているからだ。
私は別に勝つ気はないのですぐにでも帰りたいんだけど、歩射の強引な誘いと海金砂がキーを使えるようになるために、という理由で放課後も学校に残っていた。
私達の周りには他の生徒達がチームで固まって模擬戦をしたりして訓練している。
こういうのを見ると感心と呆れが混じった変な感覚に陥ってしまう。
彼らを馬鹿にするつもりはさらさら無いが、自分が龍虎祭に無関心な分、彼らを見ていると『よくあれだけ頑張れるなぁ』と思ってしまう。
そりゃ成績アップが狙えるって利点はあるとはいえ、私はそこまで頑張ろうとは思えない。
まぁこれは運動会の自主練と似たようなものなんだろうけどさ、私にはとても真似できそうに無い。
「よっ!」
「おっと!」
ぼんやりと物思いに耽っていると、私の頭の上に梢殺の大鎌の刃が振り下ろされた。気がつけば梢殺が私の背後に回っていたのだ。
また能力使って姿消したのか。本当に厄介な能力だなぁ。
私は慌てて裂け目を作って梢殺の真横に繋いだ。彼女の隣にも裂け目が生まれて刃がにゅっと突き出される。
「うおっ!」
自分の突き出した刃が自分に向けられて梢殺は鎌を引っ込めた。しかしすぐにまた横凪で振るう。その斬撃に刀を沿わせる。
ギリリッと嫌な音がして峰が刃を受け流した。バランスを崩したかに見えた梢殺だったが、すぐに姿が消えてしまった。
あぁ、こうなったらもう………
「ほい、私の勝ちね」
気がついた時には私の首に鎌の刃が突きつけられていた。能力を使えば避けられるが、そうしたらまた梢殺が姿を消して攻撃する、堂々巡りだ。
「はいはい、降参ですよ」
私は突きつけられた刃を手で払うと刀を鞘に収めた。梢殺は鎌を肩に担ぐ。
「何、考え事してたの?」
「分かってるなら攻撃しないでよ」
「おぉ、なるほど。アドバイスありがとう、参考にするよ」
「え?マジで?」
私は今梢殺と模擬戦をしていた。チーム結成からの日にちと梢殺と知り合ってからの日にちはイコールで、まぁそれなりは一緒にいるようになった。
ここ数日で彼女に関して分かったことは、とにかくのんびりでマイペースだということ。
私自身もお母さんからよくマイペースだと言われるが、これ以上では無いはずだ。
着いていけないほどでは無いものの、たまに対応に困る時はある。けどまぁ無駄にキビキビしてるよりは楽でいい。
「それで、何考えてたの?」
「ん?みんな頑張ってるなぁって」
「私達だって頑張ってるよ?」
「やる気の話だよ」
「私はいつでも全力だー」
「へぇ、そりゃすごい」
本気なのかふざけてるのか分からないが、腕を挙げて体を揺すっている梢殺に肩をすくめた。
「少女よ、何事も本気になれば楽しいぞよ」
「アドバイスありがとう、参考にするよ。別に楽しむ気はないけどね」
私は刀をキーに戻すとポケットの中にねじ込んだ。それから梢殺と一緒に隣の様子を見にいく。
「おーい、そっちの様子はどう?」
私が声をかけると体育館の隅にいた歩射がこちらを振り向いた。
「ん?お前ら模擬戦終わるの早すぎるだろ」
「一戦したら疲れてきたの」
「嘘つけ。いつも体育の時間何回かやってるだろ」
「いいじゃん授業じゃないんだし。それで、海金砂の様子はどう?」
私達から少し離れたところでは海金砂がキーを使えるように練習をしていて、歩射がその様子を見ていた。
「うーん…………」
歩射の視線の先ではキーを起動させた海金砂が難しい顔で唸っていた。その表情から上手くいってないのは明らかだ。
「一度使えたから、感覚取り戻せたらすぐに使えると思ったんだけどなぁ」
「それができたらとっくに使えてるよって言ったじゃん」
「そうだけどさぁ、思った以上に原因が分からんのよ」
これはさすがに歩射も困ったようで頭を掻いている。手元の光をキーに戻して海金砂がため息をついた。
「はぁ………やっぱり私には無理かな」
「何か感覚だけでも思い出せない?」
「うん。予選は私抜きのやり方で考えた方がいいんじゃない?」
「それもそうかなぁ」
海金砂には悪いけど、無理させても申し訳ないからね。適当な具合で見切りつける必要があるかもしれない。
「けどさぁ、せっかくなら四人でやりたくね?」
歩射の気持ちも分からんではないが、だからといって変に無理させても身体を壊しそうだ。
「あっ、それならさぁ、前に使えた状況を再現すれば?そしたら何か分かりそ…」
「「却下」」
梢殺の提案を私と海金砂が揃って却下した。
何故二人揃って私達を再び血塗れにしようとする。大体あんなことされたら予選に出られなくなる。
「うーん、それなら仕方ない。今日はもう帰るか」
という事で私達は訓練用のキーを体育館倉庫に返すと、四人揃って体育館を出て行こうとした。
すると
「おっ、何だよもう帰んのか?」
後ろから声をかけられて振り返ると、私は思わず顔が引き攣りそうになった。いや、私だけでなく海金砂もだが。
そこにいたのはいつかの海金砂をいじめて、私にも重傷を負わしてくれた同級生達だ。
ニヤニヤとイヤらしい笑みを浮かべていて、私達を見下しているのが一目瞭然だ。
彼らはあの一件で本来ならは退学になってもおかしくなかった。しかし学校側がタレンテッドキーによる事件を隠そうとしたことにより、彼らは厳重注意だけで済んでいる。
そこに関しては言ってもどうしようもないから、極力関わらなければいいやと思ってたんだけどなぁ。まさか向こうから絡んでくるとは。
まぁ絡まれたからと言って邪険にすることもない。適当にスルーすればいいだろう。
「はい、それでは」
簡潔に会話を打ち切ると、私達は彼らの元から離れようとした。しかしそれを遮るように彼らが前に立ちはだかった。
「おいおい、こりゃまた感じ悪いじゃねぇか」
「そーそー、お前らには随分と世話になったからなぁ。せっかくなら俺らと練習試合でもするか?」
要は痛めつけてやろうかって脅迫だろう。
あぁ、めんどくさい。私一人だけならともかく、よりにもよって海金砂達がいる時にこれだもんなぁ。
どうやら彼らは海金砂にやられたのを相当根に持ってるみたいだ。
キーバトルである以上何があっても自業自得なのに、しかも向こうからいきなり襲ってきたのに。
そのボコボコにした海金砂は気まずそうに身を縮めている。歩射は不愉快なのが見るだけで分かるが、梢殺は無表情で彼らを見ている。
「見てたぜ、お前ら四人で龍虎祭出るのかよ」
「それが、何ですか?」
「いやぁ、別に?海金砂も出るんだなぁって思ってさ」
自分の名前を言われて、海金砂が表情を硬くさせた。それでもゆっくりと口を開く。
「い、一応………」
「へぇ、お前はてっきり棄権するかと思ったよ。『私キー使えないから怖くて出れませ〜ん』ってな!」
目の前の男子の言葉に周りの取り巻きがクスクスと笑った。敢えて大声で叫ぶ事で、他にいる生徒達に海金砂がキーを使えないのを広めている。
周りにいる人達は私達を見ると指差して近くの人と話している。
「海金砂は私が誘ったので。それでは」
「おいおい待てよぉ。俺らはお前らのために言ってやってるんだぜ?そんな無能と組むより、俺らと組んだ方が絶対お前のためだって」
こっちはすぐにでも離れたいのに彼らは中々離れてくれない。ヘラヘラ笑いながら粘着質に絡まってくる。
「私達が誰と組もうが私達の勝手でしょう?」
正直言ってそろそろ実力行使でもいいから早く帰りたい。キーを使えば一発だ。
ただそれをやってしまうと、私と海金砂はますます先生に目をつけられる事になる。
すると取り巻きの一人が私の後ろにいる歩射に近づいて絡み出した。
「なぁ、お前らさぁ。今からでも遅くねぇから俺らと組まね?ちょっと人増えるくらいなら先生も許すだろうし、こんなチームよりも全然楽に優勝できるよ?」
あからさまに馬鹿にされて歩射はムスッと顔を顰めて、近寄った生徒から離れる。
「いやいや、もうチーム登録しちゃってるしさ。それに、どうせ暴れるならつまんないチームより楽しいチームにいたいんだよね」
暗に『そっちのチームはつまらない』という言葉を含ませて歩射が肩をすくめる。それが伝わったのか何人かは険しい顔になる。
「そんなにいいチームだってんならよぉ、今からどっちが強いか試してみるか?」
そう言って私達を取り囲む全員がタレンテッドキーを取り出した。しかも訓練用ではなく、人を殺す可能性もある正規の実戦用のものだ。
これにはさすがに緊張せざるを得ない。
自主練は監視する先生がいない。つまり今何かされても止めてくれる大人はいないのだ。
周りの人達は彼らが実戦用のキーを持ってるのが見えるからか、助けるどころか近寄ろうとすらしない。そりゃそうだ、下手すれば殺されるんだし。
しかしそうなると自分達で何とかするしかないか。
私と歩射はバッグの中のキーを掴んだ。極力使いたくないが、いざとなればやむを得ない。
ちなみにキーの使えない海金砂はともかく、梢殺はボーッと様子を見ている。おーい、見てないで手伝っとくれ。
しかしこれ以上揉めるのはマズいと思ったのか、海金砂が私達の前に出る。
「大刀石花達は私を拾ってくれただけですから。もう絡まないでください」
「あぁ?無能が俺らに文句言ってんじゃねぇよ!」
丁寧な言葉遣いだったにも関わらず、取り巻きの一人が海金砂を突き飛ばした。
「きゃっ!」
「海金砂!」
私達は慌てて突き飛ばされた海金砂に駆け寄った。
「オラ、どうしたんだよ。この前みたいに攻撃してこないのかよぉ」
「無能が舐めたマネしやがって。一生そこで這いつくばってろ!」
大きな声で馬鹿にされて、海金砂は悔しそうに拳を握って俯いた。
そんな海金砂を見て、歩射が彼らをキッと睨んだ。
「おい、お前ら………黙って聞いてりゃ好き勝手やりやがって」
「あ?何だよ」
歩射は彼らに近づくと、躊躇う事なくバッグの中に入ってるキーを起動させようとした。
おっと、歩射の堪忍袋の尾がそろそろ限界みたいだ。周りの視線も集まってしまっている。
「アンタらいい加減に………!」
誰かのために怒ってくれるのは素晴らしいと思うが、ここで余計なイザコザを生むのはマズい。
私は素早くキーを起動させると、私達の足元に裂け目を作った。そこから近くの公園までを繋いで四人揃って裂け目に落ちる。
「うわっ!」
「ッ!」
「おぅ?」
着地と同時に裂け目を閉じて彼らが入ってこられないようにした。クラッと襲ってくる酔いに耐えながら刀をキーに戻す。
私以外の三人は着地が上手くいかずに尻餅をついた。
「ってて、おい大刀石花!何すんだよ!」
腰をさすりながら立ち上がった歩射が声をあげた。
「面倒になりそうだったから逃げた。それだけ」
「あんだけ好き勝手言われてんのに逃げるのかよ!」
「いや、それよりもあそこで面倒事になる方が嫌だったし」
「けど………!」
「先生に目つけられてるんだからキーバトルは控えろ、そう言ったのはアンタでしょ?」
「それは!………そうだけど………」
別に馬鹿にされたからって死ぬわけじゃないんだし、好きに言わせておけばいい。変に反抗してまた血塗れになるよりは幾分かマシだ。
「海金砂は大丈夫?」
私はともかく海金砂は突き飛ばされちゃったわけだし怪我してないかが心配だ。
「あ、うん。ごめん、また私の事に巻き込んじゃって。歩射と梢殺も」
とりあえず怪我はないようだが、自分のせいで私達もいじめられる事になってしまって責任を感じているのか、海金砂の表情は沈み込んでしまっている。
「いや、海金砂は悪くないだろ」
「ん〜、私は何ともないから別に大丈夫だよ」
「お前本当に何もしなかったし、そもそも何もされなかったな」
二人とも海金砂が悪いとは思ってないようだ。まぁ梢殺が絡まれなかったのは影が薄いからかな。
それにしてもさっきみたいなことがこれからも続くようならスルーってわけにはいかないかなぁ。
「ったく、海金砂達も面倒なヤツらに絡まれたからモンだな。あんなこといつもされてんの?」
「いやまぁ、たまに、かな………」
「よく耐えれてるな。私なら速攻でブチギレだよ」
「私は、何も出来ないから………こうするしかない」
「何も、かぁ………まぁそうだよね」
のんびりと立ち上がり梢殺が呟いた。
さっきから梢殺の反応が薄いのだが、これは知性から出る余裕なのか単に状況を理解してないのかが分からない。大きくあくびをして空を見上げる。
「ふわぁ〜………ねぇ、とりあえず今日はもう帰るない?眠くなってきたぁ」
「何でお前この状況で寝られるんだよ。とはいえたしかにそろそろ暗くなるし帰るか」
「そう、だね。みんな、本当にごめん」
「なぁに、今度の予選でアイツらと当たったらボコボコにすりゃいいだけの話だ」
歩射がどうやらやり返す気満々のようだ。私としては極力関わり合いたくないんだけど。
「それじゃあ、またなー」
「まーたー、なぁ………」
「おいコラ寝るな、行くぞ」
歩射と梢殺が一緒に、というか歩射が梢殺を引きずって帰っていくのを見送ると、私はスクールバッグを肩にかけた。
「それじゃあ、私達も帰るか」
「あ、うん………」
海金砂は浮かない顔で頷いた。まださっきの責任を感じているんだろうな。
たしかに海金砂と関わらなければいじめられることもなかったのかもしれない。彼女がいじめられてるのを遠巻きで見る一人になっていただろうし、正直その方が楽だ。
それでも………
「ほら、行こう」
私は海金砂に手を差し出した。最近はたまに手を繋いでいたりするから、私もすっかり慣れてしまっている。
「う、うん………」
海金砂は遠慮がちに私の手を握った。そして私と並んで歩き始める。
こうして海金砂と一緒にいる時間を楽しいと思える。
それだけでも海金砂と一緒にいる理由には充分な気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます