第2話 出会い

「あ?何だテメェ?」

 私を犯そうとした男子達がこちらを向いてきた。

 しかしどんなに睨みつけられても彼女は顔色を変えることはない。私を抱えたままただそこに立っている。

 威圧感や貫禄は感じないが、殺気や恐怖も感じない。

「見ての通りの同級生。欲しい漫画があって、本屋に行く途中でたまたま見かけたから」

 この状況でもまるで日常会話のように話す彼女を、私は呆然と見ていた。

「タレンテッドキーを使用していない者への攻撃は原則違法。このまま交番に駆け込めば、あなた達一発で停学、下手すれば退学ですよ?まぁ私もこの人に能力使っちゃったけど」

 私を見て淡々と告げる彼女に、男子達は少しだけ怯んだ。

「ッ!お、おい、どうするよ?」

「へっ!別にビビることねぇだろ!ただキー使える女が一人増えただけだ。コイツブチのめして、犯せる女ふたりにしてやりゃいいだろ!」

「そう、だよな。それじゃあこの女は俺が貰うぜ!」

 そう叫ぶと男子達は一斉に武器を構えた。

「あー、こうなるのかぁ。どうしようかなぁ…………あの、悪いんだけどさ、もうちょっとだけ地面で寝ててくれない?」

 めんどくさそうに口を動かすと、彼女は私を地面にそっと下ろした。今度は痛みは感じなかった。

 そして刀を握り直すと間合いを取るように構えた。

 しかし剣道のようなしっかりとしたものではなく、ただ立ったままの姿勢で、鋒を前に向けて距離を取っているだけだ。

「オラ、いくぞ!」

「あぁっ!」「おぅ!」

 さっきまで私を痛めつけていた武器を握って、男子達が駆け出した。

 彼女は一応刀を握ってはいるが、体格や姿勢から見ても戦闘が得意には見えない。

 かたや相手は屈強な男子が三人だ。とても勝ち目があるとは思えない。

 しかし彼女は退くことはせず、ゆっくりと刀を振り上げた。

「よっこらせっ!」

 のんびりとした掛け声と共に刀を振り下ろすと、さっきと同じ光が刀から放たれた。

 それは一人の男子の足元に突き刺さるとぱっくりと光の裂け目を作る。

「は?うわぁッ⁉︎」

 自分の足元にできた光に男子は呆けて下を見た。その瞬間、その男子は裂け目へと落ちていった。

 それと同時にもう一人の男子の上に光の裂け目が生まれて、落ちた男子が落ちてきた。

 当然落ちた男子はその下にいた人の上に降って押しつぶす。

「ぐはっ⁉︎はぁ⁉︎おいテメェ何やってんだよ!」

「俺が知るかよ!痛ってぇな!とっとと退けよ!」

 下敷きとなった男子が降ってきた人を押し退けた。

「ちょっとアンタ達何騒いで、って誰ソイツ⁉︎」

 すると路地の出口から、周りを見張ってると言っていた女子達が集まってきた。

「おい!ボサっとしてねぇで手伝えよ!この女も倒すんだよ!」

「はぁ?何でよ?」

「俺達の邪魔をしたからだよ!とっととやんぞ!」

 一人無事な男子が喚くと、女子達もタレンテッドキーを使用してアイテムを生成した。

「げっ、六人かぁ。さすがに相手するの面倒だなぁ」

 増えた敵を見て彼女の顔が引き攣った。頰を指先で掻くと、辺りをキョロキョロと見渡した。

「やっちまえ!」

「あ、そうだ。えいっ!」

 何か思い出したように顔を上げると、また刀を振るった。

 騒いでまとめて駆けてきた人達の前に裂け目を作る。

「なぁッ⁉︎お、おい止まれ!」

 先頭にいた男子が叫ぶが、いきなり止まれるわけもない。そして六人とも裂け目へと突っ込んでいた。

「うわぁぁぁッ‼︎」

 ばしゃんっ!と水の音と叫び声がすると裂け目が閉じた。

「ふぅ、これでよし」

 いなくなった六人を見て息を吐いた彼女は、手にしている刀を腰に提げている鞘に納めた。

「あ、大丈夫?」

 彼女は私に駆け寄ると、しゃがんで抱き起こした。

「うわ、血だらけじゃん。やっぱりすぐ逃げた方がよかったかな?病院に連れて行こうか?」

 私を覗き込んで彼女が尋ねてきた。

 助けてもらったのは嬉しいが、これ以上の事をしてもらうのは申し訳ない。

 何より病院に行ったら大事になってしまう。そんな面倒なことは嫌だ。

「べ、別に、いい、から………」

「あ、そう?」

 私は必死に身体を起こすと、立ち上がってその場を去ろうとする。彼女は追ってくることはしなかった。

 しかし上手く力が入らず倒れてしまう。出血が多くて意識が朦朧とする。

「ぐあっ!」

「あぁあぁダメじゃん。仕方ないなぁ」

 彼女は近寄ってきて私に肩を貸すと、刀を引き抜いた。振り下ろして裂け目を作ると、その中に一緒に入っていく。

 裂け目を通ると、そこは見たことのない部屋だった。ぬいぐるみがあったり、ハンガーラックにかけてある服から女性の部屋だと分かる。

「ここ、私の部屋だから。よいしょっと………ちょっと待っててね」

 彼女は私を床に座らせてベッドを背もたれにすると、部屋の扉を開けて出て行った。

 少ししてパタパタという足音と共に彼女が戻ってきた。その手には救急箱を持っている。

 それを広げると中から消毒液やガーゼ、包帯を取り出す。

「はい、ちょっとごめんねー」

 彼女は私の制服のリボンを外し出した。

「え?あ、あの、ちょっと………こんな事、しなくても………」

「それじゃあ帰る?」

 イタズラっぽい笑みを浮かべて彼女は聞いてきた。

 ここがどこかも分からないし、そもそも身体が動かない。こんなんじゃここから家に帰るのは無理だろう。

 要は諦めて手当てされてろってことだろう。私は身体に入っていた力を抜いた。

「ん、それじゃあ手当て続けるよ。あ、家には誰もいないから、お構いなく」

 私の答えを見て彼女は肩をすくめた。制服をはだけさせて傷の様子を確認する。

「うーん、これくらいなら私でも何とかなるかな?専門的なことは出来ないから、その辺は勘弁してよ?」

「………うん」

 消毒液の滲みる痛みに耐えながら頷いた。

「その………ありがとう」

 たとえ向こうが勝手にやってくれたことでも、やってもらったことに対してはお礼を言うべきだろう。

「別に。本当に本屋に行く途中に通りかかっただけだから。出たと思ったら目の前で人が殴られてるからね、驚いたよ」

 通りかかったって、あそこは一方通行の裏路地の奥だ。たしかに近くに本屋はあるが、その道すがらに通りかかる場所じゃない。

 それに『出た』とはどういう意味だろうか?

 彼女言ってることが分からずに私は首を傾げた。それを見て彼女はクスッと笑った。

「あぁ、そうか。それだけじゃ分からないよね。タレンテッドキーを使って移動したの」

 それを聞いて私はさっきの戦いを思い出した。

 私を自分の手元に移動させたり、男子を上空で移動させたりしていた。

「私のこの刀は空間を切り裂いて捻じ曲げる。それで私のイメージした別の場所に移動できるの」

 彼女は自分の腰に提げている太刀ほどの大きさの刀の柄を軽く叩いた。

 そして刀は光の粒子となって分散し、キーの形へと戻っていった。それをスクールバッグにしまう。

「便利だよ?夜中に買い物行きたい時とか、これですぐ行ける。まぁいきなり出てこられたらそこにいる人驚いちゃうから、あーいう裏路地に出るんだけどさ」

 そういうことだったのか。となるとあの六人も今頃はどこかに転移されたのだろうか?

「さっきの人達、どうしたの?」

「あー、ここからちょっと行った所に汚い川があるから、そこに突っ込んだ。今頃ヘドロ+水浸しじゃないかな?」

 彼女は私の腕に包帯を巻きながら答えてくれた。だから水音がしたのか。

「その、ごめん………」

「え?何で謝るの?」

「だって、これであの人達に恨まれたりしたら………」

 彼女は彼らの前に姿を見せている。ましてや同じ学校に通ってるのだ、何されてもおかしくない。

「仕方ないよ。あの路地通るにはあれしか方法無かったし、痛々しくて見れられなかったし」

「けど………」

「うーん、それじゃあその償いって事で聞かせてよ。君、いつもあんなことされてるの?」

 予想外の切り返しに私はたじろいだ。しかしこう言われてしまっては答えないわけにはいかない。

「まぁ………今日ほどじゃないけど」

「キーが使えないから?」

 彼女の言葉に私の心臓が跳ね上がった。

 私がタレンテッドキーを使えないことは彼女には言ってないはずなのに、何で知ってるんだ?

「君有名だもん、良くない意味でね。海金砂かにくさ えやみ、ウチの学年で唯一タレンテッドキーを使いこなせていない生徒、でしょ?それに、私同じクラスだから」

 私の表情から心情を察したのか、彼女は笑って答えてくれた。その笑みに嫌な感じは一切感じない。

「キーが使えないからこんな事されてるの?」

 彼女の問いに、私は黙って頷いた。

 やっぱり、周りから見たら私が悪いのだろうか。私がタレンテッドキーを使えないから………

「先生に相談………は無理か、絶対隠されるね。タレンテッドキーが使えない人間がごく稀にいるってのは知ってたけど、まさかそれだけでこんな事されるとは」

 脚の手当てをしながら彼女はため息をついた。

「あのさ、私は君じゃないから君の気持ちは分からないけどね。今のままじゃ、君の身体が保たないよ?警察にでも通報したら?」

「………いい。私が、悪いから」

 俯いた私を見て彼女は少し思案するように目線を逸らした。それから外を見る。

「この国は変わっちゃったね。今やこんな小さな鍵がこの国の治安を全て治めてる」

 彼女はスクールバッグの中にあるタレンテッドキーに目を向ける。

「私さ、最初こんなの貰うつもりはなかったんだ。けど街の治安は悪くなって、今はこれが無いと身を守れないから、仕方なくね」

 たしかに、いくら法律で禁止していてもタレンテッドキーを使った犯罪はこの数年で多々ある。

 それこそ女子高生なんて襲われやすいのだから、防犯対策のためにキーを求める人も多いだろう。

「さてと、これで手当てはよし。身体もだいぶマシになったんじゃない?」

 さすがに完璧とはいかないものの、身体はある程度動くし今はこれで大丈夫だろう。

「って、すっかり外暗くなっちゃったね。今さらだけど、家に電話とかしなくてよかった?」

「大丈夫、一人暮らしだから」

「そっか、よかった。それじゃあ家まで送ってくよ。私なら、夜道でも安全に送れるしね」

 そう言って彼女はスクールバッグの中からタレンテッドキーを取り出した。

「え?いいよ、そこまでしなくても。というか、私の住んでる所知らないでしょ?」

 彼女の能力は転移先をイメージ出来ないと使えないと言っていた。私の住んでるアパートを知らない彼女が、転移させられるわけない。

「ふっふ〜ん、文明の利器ってのは、使うためにあるんだよ。ちょっと学生証貸してくれない?」

 私は言われるがままに、何やら得意顔の彼女に学生証を渡した。

 彼女はスマホを手にすると、地図アプリを開いてそこに学生証に書かれている私の住所を打ち込む。場所が分かるとそこを拡大した。

「これでよし、っと。行きたい場所が写真で見れれば、別にイメージする必要はないでしょ?はい、学生証返すね」

 あぁ、なるほど。そういうやり方もあるのか、現代ならではのやり方だ。

 キーを起動させて刀を生成すると、大きく振るって裂け目を生み出す。

「はい、どうぞ。荷物忘れないでね」

「うん」

 私は立ち上がると、スクールバッグを肩にかけた。裂け目を通ろうとして立ち止まる。

「色々とありがとう。えっと………」

 最後に感謝の言葉を言おうとしたが、今さらになって名前すら聞いていない事を思い出した。

 言葉に詰まってしまった私を見て、彼女は苦笑いした。

「そういえば、まだ名乗ってなかったね。大刀石花たちせ 三狐神さぐし。同じクラスだからよろしくね、海金砂」

「大刀石花、さん………」

「さん付けしなくてもいいよ。呼び捨てで、ね?」

「えっと………大刀石花、ありがとうね」

「うん。また明日、学校でね」

「え、あ、うん………」

 かけられたことのない言葉をかけられて少し戸惑ってしまった。ぎこちなく頷くと、私は裂け目を通る

 裂け目を出ると、そこはマンションの目の前だった。私が出ると裂け目は消えてしまった。

 本当にあれで出来ちゃうんだ。

「大刀石花、か………」

 私は裂け目のあった背後を振り向いた。

 ずっといじめられ続けてきた私には、まるでさっきまでの事が夢のように感じた時間だった。

 きっと彼女にとっては何気ない行動だったのかもしれない。私にとっても、そこまで大きなことではない。

 けど、縁のきっかけなんてこんなものかもしれない。後々に私はそう思うのだった。

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