第3話 翌日
そんな事があった翌日。
身体がいつもより快調な事を除いて、特に変わったことは無かった。やっぱり手当ては人にやってもらった方がいいのかもしれない。
それでも傷は完全には癒えなかった。仕方なく顔にガーゼを貼ったまま学校に行く。
一人でのんびりと学校へ登校して教室に入る。
当然だけど私に話しかけてくる人はいない。
私が話しかけないというのも一因だが、たとえ話しても無視する人がほとんどだろう。
遠巻きには私を見てヒソヒソと話して指差す人もいる。
別に一人だからって学校生活に何の支障もない。席に座ると持ってきた本を広げて読み始める。
「おはよー」
本を読み耽っていると、教室の入り口から声がした。
特に変わり映えのないただの挨拶だ。いつもの私ならスルーしていただろう。
しかしその声は昨日何度も聞いた声だった。だから自然と顔がそちらに向いた。
教室に入ってきたのは昨日私を助けてくれた大刀石花 三狐神だった。近くにいる友達に挨拶をしている。
同じクラスっての本当だったんだ。
すると私と目があった大刀石花は軽く手を振ってきた。なんと返すべきか分からずに、とりあえず頭を下げとく。
大刀石花は私に気を遣ってくれたのか、それ以上話しかけてくることはなかった。
私も話すことがなかったので、席に座ったままだ。
その後に入ってきたのは昨日私を痛めつけてくれた六人組だ。
パッと見た感じは普通だが、制服が何となく汚れている様に見える。昨日ヘドロまみれの池に落とされたからだろう。
私の方を見ると、溢れんばかりの怒気を放って恨みがましそうに睨んでくる。
大刀石花のせいにするつもりはないが、昨日の被害に関しては私を睨んでも仕方ない。
そもそもタレンテッドキーを持った者同士の合意した戦いなら、それはイジメなどではなくキーバトルだ。
訓練していたわけでもないのだから、命があるだけでも感謝するべきだろう。
それから六人組は大刀石花を見つけると、そちらも睨みつけた。
しかし大刀石花は視界に入ってないとばかりに、顔を伏せたままスマホをイジっている。
ある意味すごい精神力だ………と思ったが、よく見ると瞼を重そうにして、こっくりこっくり頭を振っている。
ただ眠くてそれどころではないだけのようだ。
とはいえ、大刀石花が彼らから恨まれているのはたしかだ。
私のせいで余計な迷惑をかけちゃったなぁ。
そこまで深い関係では無いものの、私のせいで誰かが被害を被るのは気持ちのいいものじゃない。
私だけがどうにかなる分には問題無いが、それに他の人が関わるのどうにかしたい。
これまでこんなことが無かったから、余計に心配になってしまう。
結局、今日の午前中は授業が始まってもそればかりを気にかけて、授業の内容は入ってこなかった。
そしてお昼の時間になると、私は朝適当に詰めてきたお弁当を開いた。
「海金砂」
お弁当を食べようとすると、後ろから声をかけられた。
私にとって人に声をかけられるのは、同級生に痛めつけられる時か先生に呼ばれた時しかない。
つい過敏に反応して振り向くと、そこにいたのはお弁当を持った大刀石花だった。
「大刀石花………」
「おっ、私の名前覚えてくれてたんだ。いいヤツじゃん」
少しだけ口角を上げて微笑んだ大刀石花は、隣の人のいない席の椅子を引くと私の席にくっつけた。
「一緒にお弁当、いい?」
「え?あ、う、うん………」
咄嗟に聞かれて、私は思わず頷いてしまった。
朝は何も接してこなかったのに、いきなりお昼ご飯を一緒に食べようと言うのだから驚くのも仕方ない。
「あ、あの、どうしかしたの?何で私と………?」
「理由が無いと一緒にお昼食べちゃダメ?」
「あ、ごめん。そういう意味じゃ………」
「やだなぁ、冗談冗談。それに『どうかしたの?』はこっちのセリフだよ」
そう言って大刀石花は席に座ると、持っていたお弁当を広げた。
「午前中ずっと私のこと見てた気がしたから。どうかしたの?」
大刀石花の質問に私の背筋が反射的に伸びた。
どうやら自分でも思った以上に気にしてしまったみたいだ。まさか視線に気が付かれるほどとは。
「もしかして昨日手当て不十分だった?」
「そうじゃないよ。ほら、昨日の事ですごい恨まれてるみたいだったから………私のせいで、嫌な思いしてないかな、って」
「あぁ、そのことかー」
納得したように頷くと、大刀石花はお弁当を食べ始めた。小さな口がもそもそと動く。
「別に、気にしてないよ。まぁ、今日はよく見られる日だな、とは思ったけど」
暗に私のことも指摘して大刀石花は笑った。
「それに、やっちゃったことどうこう言っても仕方ないでしょ。昨日も言ったけど、私だってあの道通りたくてしたことだから」
お弁当を食べながら大刀石花はあっけらかんと答えた。その様子は私よりも大人びて見える。
「その、ごめん………」
「昨日散々聞いたよ。『ありがとう』もね」
大刀石花は本当になんとも思っていないようだ。何故ここまで強くいられるのだろう。
私とは違い力があるからだろうか。襲われても自分でなんとかできるほどの力があるから、この余裕はあるのだろうか。
「気にしてくれるのはありがたいけどさ。海金砂は人の心配する前に、自分のこと何とかしないとでしょ?」
自分では気にかけていたつもりでも、逆に助言されてしまった。
「っと、そうだ。海金砂、ちょっと目閉じて口開けて?」
「え?何で?」
「いいからいいから」
よく分からないが、私は言われるがままに目を閉じると口を開けた。
ちょっと無防備だな、とは思ったが彼女なら大丈夫だろう。
すると口の中に何かを放り込まれて、次の瞬間甘酸っぱい味が広がった。
思わず吐き出しそうになるが、その味を確認して踏みとどまる。
「ッ!…………ん?………トマ、ト?」
ゆっくりと目を開けると、大刀石花のお弁当箱からトマトが一切れ無くなっている。
「あげる。お母さんがお弁当に入れてくれたみたいだけど、私苦手なんだよね」
大刀石花は顔を顰めると、残りのトマトも私にくれた。
さっきまでは大人びていると思った彼女が、子供っぽく見えてしまった。それが可笑しくて、つい頰が緩んだ。
「ちょっと、笑わないでよ。海金砂だって苦手な食べ物くらいあるでしょ?」
「私は………あんまり無いかも」
「へぇ、そりゃ偉い」
それから私は大刀石花とお弁当を食べて、貰ったトマトもありがたく食べた。
「ごちそうさま」
「ごちそうさま。さてと、五時間目の準備しないと」
大刀石花に言われて私は時計を見た。たしかにそんな時間だ。
いつもはもっと早く食べ終わるので、こんなにのんびりとした昼食は初めてだった。
「それじゃあね、海金砂」
「うん」
これまでよりもスムーズに言葉が出た。自分の中で、大刀石花に対して少し心を許した証拠だろうか。
お弁当を片付けた大刀石花は椅子を元に戻して、自分の席に戻ろうとした。
「あ、そうだ」
しかしふと立ち止まると、何かを思い出したように私の方を振り向く。
「さっきの笑った顔、結構良かったよ」
「え?」
大刀石花に言われて、私は初めて人との会話で笑っていたことに気がついた。
昔はどうだか覚えてないが、少なくとも高校に入ってからは初めてのことだった。
「せっかく助けたなら、その人には笑って欲しいものでしょ?」
それだけ言って大刀石花は自分の席に戻っていった。その姿を私は視線で追いかけた。
少しだけ心が楽になり、私は午後の授業に臨んだ。
放課後になって、帰るために荷物をまとめてスクールバッグを肩にかけた。
今日は無事に帰れるだろうかなどと考えながら教室を出ようとすると、後ろから軽く肩を叩かれた。
昨日のことが頭をよぎり、また痛めつけられるのかと振り向いた。
しかしそこにいたのは大刀石花だった。私と同様スクールバッグを肩にかけている。
「大刀石花、どうかした?」
「あのさ、海金砂って家どの辺?」
「え?あぁ………あっちの方、だけど」
いきなりの質問に、戸惑いながら西の方角を指差して答えた。
たしかあっちの方向、のはずだ。自分の家の方角なんて覚えてない。
「おっ、よかった。それならさ、途中まで一緒に帰らない?」
「え?」
「いや、ほら。昨日の事でまたあの人達に絡まれるかもしれないでしょ。気にしないとは言ったけど、安全に越したことはないからね。一人より二人の方が安全でしょ?」
なるほど、そういう事か。
たしかに一人でいるより二人でいる方が絡まれにくいかもしれない。防犯対策の基本とも言える。
「けど、二人とも恨まれてるし、昨日向こう六人いたよ?それに私自衛手段無いんだけど」
男子もいる六人組(全員キー持ってる)と女子二人(キー使えるのは一人)では、絡むことに躊躇わせるのは無理だろう。
「でもさらに人巻き込むのもね。まぁ一人よりマシってくらいの気休めだよ。一人の方がいいって言うなら、無理強いはしないけどさ」
「………いや、そうしようか」
たしかに気休めではあるが、それじゃあ今断って大刀石花に何かあったら申し訳ない。
こうして私は大刀石花と一緒に帰ることになった。
大刀石花は自転車通学らしいので、校門でしばらく待っていると駐輪場の方から大刀石花がやってきた。
「お待たせ、行こうか」
「うん」
私と大刀石花は並んで歩き始めた。大刀石花は自転車のカゴにバックを入れて引いている。
二人でいることが功を成したのかどうかは分からないが、とりあえず学校から出る時に囲まれることは無かった。
学校を出てしまえば被害に遭ったことはほとんどない。
それでも『それじゃあここで』というのは変な話なので、自然と二人で並んで歩く。
とは言っても話すことなんてなくてお互い無言だ。
話題はそれなりに浮かぶのだが、『それを話すだけの仲なのか』というフィルターにどうしても引っかかってしまう。
喉まで出かかった話題は、遠慮に押し返されて腹へと溜まっていく。それが重なり身が重くなっていく。
そんな事言ってたら仲良くなれないのは分かっている。しかし仲良くなら前だからこそ、どうしても慎重になってしまう。
しかし黙れば黙るほど口は重くなり、より気まずい雰囲気になる。
「あのさ、海金砂」
私が居心地の悪さを感じていると、大刀石花が口を開いた。
「何?」
少し素っ気なかっただろうか?コミュニケーションが慣れてない故の弊害だ。
「海金砂はさ、何でタレンテッドキー使えないのに、プライベートでキーを持ってるの?」
「え?あぁ、それか………」
大刀石花に尋ねられて、私は少しだけ首を傾げた。キーの入っているスクールバッグを見る。
すると気を遣うように大刀石花が私を覗き込む。
「あ、ごめん。言いたくないならいいんだけど」
「ううん、別に大した事じゃないよ。使えないって分かってからも、いつか使えるようになった時のために持ってる。ただそれだけ」
「キーを手に入れたのは?私みたいに防犯対策?」
「そう、だね………お母さんが持たせてくれた」
「やっぱりそういう人多いよね」
キーを貰った時のことは昔過ぎてよく覚えていないけど、なんだかんだで手放せなくなっていた。
私だって本気でいつか使えるようになるなんて思ってない。それでもいつも持ってしまうのだ。
「おっと、私はここで」
どうやらここからは大刀石花は帰り道が違うようだ。
「分かった。それじゃあ」
「うん、またね」
短く言葉を交わすと私達は別れた。
しばらくのんびりと歩くと、私はふと隣を見た。
さっきまでいた大刀石花は、当たり前だがもういない。
それでもさっきまでの何気ない会話は、何故かちゃんと頭に焼きついている。
昨日から色んなことがあって、それは私の心に少しばかりの安らぎを与えてくれた。その全てには大刀石花がいる。
「またね、かぁ………」
もしかしたら、そういう人のことを『友達』というのかもしれない。
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