第4話 ミモザ


私は、病院に入るとスタッフステーションの無表情な看護婦に面会の有無を応えた後、面会希望のパネル記入して二階にある親父のいる病室へと向かった。


コツコツと無機質な靴音を響かせながら、病院の階段をのぼり、すぐ手前にある親父の個室にたどり着いた。部屋を二回ノックしたが、もちろん、返事はなかった


「親父…入るよ」


静かに、病室のドアを開くと、いつもどうり、酸素マスクをつけた親父が、ベットに寝たきりの状態のままだった。ただ、心電図だけが一定の間隔を保ちながら山なりに動いている。親父は、病室に飾っている、幼い少女と神官が見つめあっている絵画をただ、ずっと見ついるだけだった。


「親父、アイが会いたがっていたよ…」


「……」


「じぃじにお菓子をたくさんねだるんだって…、治ったら…、覚悟しないといけないかも…しれないな」


「……」


「アイはもうすぐ六歳だ、もしかしたら…、ボーイフレンドがつれてきちゃうかもしれないな、もしできたら、親父はどうする…?」


「……」


「……」


静寂のなかで、私は、親父に話かけているのだが、ピクリとも動かすことなどなく、自らが話すことはなかった。


もう、何ヶ月も会話していない。


もしかしたら、もう、会話はできないのかもしれない。


でも、微かな期待を持って、この病室にくるのだが、結局しゃべらずじまいですんでしまう。


「また…、来るよ」


私は、また別の日に改めて来ようと思い、寝具台にある花瓶をとり、枯れかかっている花をミモザにさしかえた後、でていこうとした。


「シテ…」


自分の名前を呼ばれて驚きつつ、振り返った。


親父は、花瓶に入ったミモザを見つめながら、「今年も...収穫しなきゃならないからな」といい、あの懐かしい父親の笑顔を久方ぶりに見た


「え?」


「母さんは…、母さんは…どこいった?」


「母さんは、もういないよ…」


「あー…、また…、バレエのレッスンか…、好きだからなアイツは…、」


親父は、ミモザをみつめながら、呟くように、思い出すように、話し出した。


「母さんは、バレエなんてやっていたの?」


私は、この年になるまで、母さんがバレエなんてものをやっていたことに驚いた。


「何言ってるんだ、アイツは、今、人気のバレリーナじゃないか、みんなから愛されていた、綺麗で優しくて、美しくて、みんなから愛されていた…もちろん、俺だって好きだった」


父さんの目が生気をもどしたように、綺麗に光っていた。


「でも、空襲のときに建物が倒壊してその時に、破片が飛び散って、足をやられてしまった、彼女はバレエに生きがいを持っていたのに、可哀想だった。だから、俺がそばにいてやると決意したんだ…」


「二人で暮らして、シテが生まれて、母さんにも笑顔が戻ったとき、ワシは嬉しかった…」


親父はそう言いながら、ベットのシーツを強く握りつつ、目の周りを赤くしながら、ただ、無表情に涙を流してはじめた。


「でも…、死んでしまった…。俺より先にはいかないって約束してたのに...、シテより先にいきはしないって言ってたのにな……また…行こう」


ただ、無表情に過去を思い出すように、感傷するように親父は泣きながらも微笑み、そのまま眠りについてしまった。心電図はまだ動いている


「また…、来るよ」


私は、そうつぶやき、病室から出ていった。


私は、この時、親父の時間はもうないのかもしれないということを悟ってしまい、沈鬱なやるせなさがこみあげてきていた。

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