第3話 口笛

街に出た瞬間、寒そうに身を包んだ人や、車、バスが群れなしえて、仕切無しにそれぞれの目的地へと行かんとするためにいそいそと足早にうごめていた。街中にある摩天楼たちは、冷ややかな視線で相も変わらず、そんな人間たちを見下している。ヒューヒューと音を立てつつ、冷たいビル風を吹き付けて、まるで、摩天楼たちが陰口を言い合っているみたく思えた。


私は、頬に木枯らしが触れさせないようにトレンチコートの襟を立てて、手をポケットに突っ込み、人間の群れの一員として加わり、私の目的地である病院へと向かった。


枯葉が、私の目の前を通り過ぎていく、白い吐息が魂が抜けるように空へと消えていく、教会の鐘がいつもより、大きくなびく気がする。今日は、いっそう、厳しい寒さの日になるのだろう。通りすがりの電気店のテレビの天気予報によると、午後からには雪が降るらしい。


しばらく歩いているとこの灰色の世界に一角だけ温かみのある明かりがついており、色づいている花屋に目に入り、見舞いの品を買うために私は花屋によった。


私は、花のことはなにもわからなかったため、色とりどりの花のなかから、どれを選ぼうと迷っていると、店長のイチオシという赤い文字が目に留まった。ミモザという名前の花だった。見たことのある花だった。あのライ麦畑の近くの大木に良く生えていた花だった。


「あの…」


「はい」


店内でレジ番をしていた赤い髪色が印象の若い女性店員が私の問いかけに反応した。


「これ、貰えますか…?」


「ありがとうございます」


私は、ミモザを指で刺しながら言うと、彼女は、こちらをみて微笑み、ミモザを包装してくれた。私は、花の代金を払い店をでた。



寒い風が勢いよく吹いていた。


タクシーが走っていないか、国道を走っている車を見渡していると、運よく一台走っているのを見かけため、手をふって止まるよう指示した。


タクシーも私に気づいたようで、ハザードランプをつけながら、私の元に来てくれた。私は、それに乗り込んだ。


「ふ~」


「お客さん、寒かったでしょう、それで、どちらまで?」


「病院入り口までお願いします」


「それじゃ、いきますか」


車内は、暖房がよく効いており、微かなたばこの匂いとラジオニュースが聞えていた。


―――今日未明、世間で騒がせていたカルト教団支部の強制捜査が行われ、警察との激しい銃撃戦や重火器類の攻防戦が行われた末に、自らの支部に火を放ち、現場は混迷を極めており、現時点で死者40名、重軽傷者含め150名、行方不明者50名となり…———


「最近、どこも物騒な、話題しかありませんねぇ、お客さん」


「…そんな気がするだけですよ、なにより…、先の大戦よりはましですよ」


「ハハ、違いない」


タクシーの運転手は、別のラジオのチャンネルを変えてしまった。別のチャンネルに切り替わると、どこかで聞いたことのある曲が流れていた。最初は、何の曲かわからなかったが、サビを聞いた瞬間、思い出した。


(あぁ…、Mr.childrenの口笛だ…)


窓側から見える髙くそびえたっている摩天楼を置いていくように右から左へと流れていた。ゆったりとした歌声と景色を見聞きしながら、病院に到着するのを待っていると、じきに病院についた。


「着きましたよ」


彼は方向指示器のハザードランプを着けて病院前の入り口付近で停車した。


「ありがとうございます」


私はタクシーの運転手にチップと料金を支払い親父のいる病室に向かった。


「またのご利用を」


彼は、被っていた帽子を少し上げてそう言いながら、私を見送っていた。

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