番外 恋は盲目

「大好きな人がいたんです」


 日が傾き蝉の音が響く夕方。少女は太陽に照らされてオレンジに輝く海を眺めながらそう言った。


「けれど、その子は私と同じで女の子でした」



 ーーーーー


 彼女は私とは正反対な明るく元気な子でした。だから男子だけじゃなくて女子にも人気があって。彼女の周りにはいつも人がいたと思います。


「ねー次どこだっけ?」

「…え」


 それを眺めていた時です。彼女は教室の隅で本を読んでいる私に話しかけて来ました。


「えー…えっと」

「次は化学室でしょー!」

「忘れないでよねーもう!」

「あ、そっか!」


 その時は突然過ぎて上手く返せなかったんですが、彼女はその日を境にことある事に私に話しかけて来ました。


 ーなんの本読んでるの?

 ーお弁当おいしそう!

 ー今日暑くない?


 私がたどたどしく一言程度で返しても彼女は友人に呼ばれるまでずっと私に話しかけていました。そのせいか、私もだんだん心を開き始めて。学校にいる時、彼女と話す時間が増えていきました。


 そんなある日のこと。


「ねぇ、なんであんたが仲良くする訳?」


 私は彼女の友人に詰め寄られました。場所は女子トイレ。男子も先生も入ってこないこの空間は私を追い詰めるのに最適な空間だったみたいで。


「なんであんたみたいな日陰人間が陽キャとつるめるの?」

「もうちょっと立場弁えなよ」


 どうやら私が彼女と話すようになってから、男子達の話題に私が上がるようになったらしいのです。彼女が男子に人気だったから。彼女と仲良くなった私も自然と話題に上がるようになったのだとその人達は言いました。だから、私が憎いと。私が彼女と仲良くならなければ、彼女はずっと自分の側にいて自然と自分も男子から好意的な目で見て貰えると。

 正直うんざりしていました。そんな言いがかりを付けられたところで私には成すすべがありませんから。まぁ、彼女と話さないということは出来ましたがその頃はもう私は彼女なしでは生きていけないほどだったので。


 そんなことを考えていつまでもツンとしている私を取り巻きの一人が殴ろうとした時でした。


「その子に手を出さないで!」


 彼女が私の前に現れてその人の拳を止めました。彼女はトイレに行ってから戻らない私を心配してここまで探しに来てくれたようでした。


「私はあなた達が人気になるための道具なんかじゃない」


 彼女は言い放ちました。私を虐めようとしていた人達は痛いところを突かれたというような表情をしていた気がします。その時の彼女の顔は今まで見た中で一番怖い顔で、それでも私を見る時にはもういつもの笑顔が戻っていました。

 翌日、主犯格だった女の人はクラス中の人から無視されるようになりました。多分ですが、彼女のことが好きな男子が女子トイレでの騒動を嗅ぎつけて友達にでも広めたんでしょう。


 彼女が虐められるようになったのはそうなってから数日経った頃でした。


 今まで順風満帆だった学校生活を台無しにされたと、その女は取り巻きの女子と共に彼女を虐めるようになりました。最初は靴を隠すとか陰口を言うとか徹底的に無視するとかその程度だったのですが。歩いている彼女を足で引っ掛けるとか、物を運んでいる彼女にわざとぶつかるとか、だんだんと行為がエスカレートして。ついには…。


「…えっ」


 階段から突き落とされてしまいました。

 私の隣で。


 階段を転げ落ちた彼女は結果、昏睡状態になってしまいました。何を聞いても何を話しかけても。彼女はいつもの様に笑いかけてくれることはなくなりました。最初はクラスメイトみんながお見舞いに来てくれたんですが、あまりにも彼女が目を覚まさないので今はもう私だけになって。賑やかなことが誰よりも大好きだったはずなのに。もう彼女の周りには誰もいません。


 そう考えたら。


 気づいた時には、西日が差し込んだ教室にいました。おかしいなと思って何気なく手を見るとそこには沢山の血があって。私は彼女が起きたら食べようと用意していたリンゴの傍らにあった果物ナイフを真っ赤に染め上げていたようでした。


 目の前には肉塊と化したあの時の女と取り巻きが数人。一瞬で私が殺したのだと理解しました。


「あ……はは」


 でも、後悔はなかった。彼女をあそこまで苦しめ寂しい思いをさせたのだから。いや、むしろ。


 殺すだけじゃ 足 り な い



 ーーーーー



「だから私、今からあの女達の元に行くんです」


 少女は清々しい笑みを浮かべて言った。甲高い音が周囲に響き渡り、黒と黄色の境界線が出来る。


「一度殺すだけじゃ足りない…地獄でも足りない…あの人達には私から制裁を食らわせなきゃいけないんです」

「そっか」

「それじゃあ手筈通りにお願いしますね」


 手筈…自分があくまでも事故で死んだという証言を行うことだろう。


「運転手さんに迷惑だとは思わない感じ?」


 この後少女はあの時のナイフのように朱色に染まるのだろう。地を這う音が近づく中、暇つぶし程度に聞いてみた。


「あぁ…考えたことなかったです!」


 刹那。

 目の前を大きな鉄の塊が通過した。彼女から溢れ出た紅が頬を掠める。


「恋は盲目…か」


 歪み切ってしまった恋の末路を思いながら、頬を拭い数十メートル先に止まった電車の方に向かう。


 太陽はまだ、眩しく海を照らしていた。




 恋は盲目

 意味

 恋に落ちると理性や常識を失ってしまうこと。



(暗転)

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日常は諺のようにはいかない。 めがねのひと @megane_book

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