07 キャラバン・ディザスティック

 付近の地形をざっくり解説すると、基本は草原に雑木林が点在する大地が波打つように緩やかに上下した丘陵地。街道横は進行方向左に林が茂っており、転移魔方陣はその中に隠蔽処置を施した八基が置かれていた。

 そこから現れ、木々の隙間を縫うように駆け抜け街道に現れた敵性反応8つの正体は……果たして中型と呼べる体格の四足獣型の魔物であった。


「マンティコア……というよりは〝ぬえ〟か」


 猿の顔面にライオンっぽい胴体の魔物。これでコウモリの羽やサソリの尾がついてりゃ完璧にマンティコアなんだが存在しないので別種か……もしくは下位種となるのか?

 つい記憶の反射で魔物と言うより〝妖怪〟を連想しての名前が出てきたんだが、同時に一つの疑問も脳裏に浮かんだ。


 あれ、〈ローズマリーの聖女〉にそんな和製モンスターは出たっけか? の疑問だ。


「あれは〝アザービースト〟でございますね」


 ああ、あれがアザービーストなのか。

 その名称を聞いて思い出した。アザービーストなら〈ローズマリーの聖女〉にも登場する。というか……ゲーム的に、ある意味〝魔物の代名詞〟にも使われていたので逆に個体からの連想に繋がらなかったという感想が正しいか。


 いわゆる、オンライン対応ゲームあるあるというか。

 提供初期には存在しなかった魔物の色違いバリエーションや、アップデートで新たに増える系の魔物の総称のように使われていたのだ。


 それを思い出したことで眼前の個体のデータに意識が繋がる。


【アザービースト・シシヒヒ】

 外見的な特徴は前述のとおり。体格に準じた物理戦闘力を有し、マンティコアの劣化版を連想する外見どおりに、地水火風四属性のいずれか一種の魔術を使う。

 物理・魔術と平均した脅威度を持ち、初級冒険者には強敵判定の魔物となる。


 因みに、〝強敵判定〟の具体的な判別内容は初級冒険者でもフルパなら6割の確率で倒せるな意味合いになる。

 もちろん、ソロなら100%で死ぬ未来しかない相手だ。


 戦闘以外でのネタでは、シシヒヒはマンティコアの劣化版扱いされるもののそれは外見と性能だけの評価内容で、本来は〝アザービースト全体が元となる魔物〟から変異した特殊個体―-別物であるというものがある。

 シシヒヒの場合はウルフ型やパンサー型などの四足獣型の魔物から変異するパターンが多いらしいが、それらのネタはゲームシステムとは別個の設定集系フレーバーテキストがソース元なんで、果たして何処まで正確性のあるものなのかは俺も知らん。


 ただゲームプレイの過去の知識で、シシヒヒとの戦闘では土属性の魔術を貰うことが多かったなぁと思い出し無意識にその対応をとっていたら、まんまその記憶をなぞる様にシシヒヒが〝岩の槍〟を発生させて射出してくる。


「ほい、〝カウンターループ〟」


 風属性防護魔術・カウンターループ。

 射撃系魔術に対しパイプ状の射線誘導空間を設置し進行方向を逆転。相手に向けて攻撃を反転させるものになる。

 格上相手には射線を反らす程度の威力になるが、格下相手ならば完全に撃ち返し、しかもダメージ判定クリティカルも可能な低コスト魔術となる。


 ぶっちゃけ、こんな手間すらかける必要の無い相手だが、ちょっと確認したいこともあったので、ゲーム時代の記憶を反映してみての内容となる。


 ただゲーム判定と違い魔術の効果が現実化した状況は興味深い。

 大気のパイプに捕らわれた土の槍はウォータースライダーで流されるが如く上空で宙に複雑な螺旋を秒で描き、ほぼシシヒヒの脳天を真上から貫く形でカウンターをかます。

 人面に近い猿の顔が眼を見開き、眼球が裏返って白目をむく様子が地味にグロい。人とも獣とも呼べるが悲鳴と感じてしまう断末魔を聞かされたのも最悪である。


「うはー。これウチの女性陣に聞かせらんない系の奴だわ」


 約一名、俺より殺伐とした魔物狩りに精を出すバーサーカーが居ないでもないが、ウチの擁する聖女たちは基本は庶民感覚の女の子なんで、やっぱり今回みたいな殺伐系のイベントには連れてこなくて正解だったと内心で反芻。


 メイドも一応は女性枠のはずなんだけど……と視線を向ければ、メイド二人がシシヒヒの突進をタワーシールドでガッチリと小揺るぎもせずに受け止めて、脇からもう一人がその横っ面をトゲ付き鉄球で殴打し意識を刈り取り横倒しへとの連携であっさりと沈めていたり。

 そしてそのままトドメと、首元に踏み潰しの蹴りを入れ〝ゴキリ〟と無残な一撃を無表情で入れていた。


 さて、これで二体を潰したわけだが……、ふむ、街道まで出てきた二体がそれぞれ冒険者との戦闘中で膠着状態ながらも押し勝ちの雰囲気。また森林部に残る四体の姿はまだ移動中ながら木々の中に潜伏中という状況だった。


「接敵してきたアザービーストはどれも〝ヌエ型〟だが、隠れてるのも同種とみていいのかな?」


 ゲーム知識の〝シシヒヒ〟呼びで通じる気はしない。ヌエ呼びも俺の造語なので通じない理屈は同じなのだが、メイドの空気を読む能力は高いので、難なく解釈し対応してくる。


「変異型なので断定は難しいですが、行動の違いから同種とは見ない方が賢明かと。それよりもウザイン様、今回の戦い方は……?」

「お、解ったか」


 まだまだ状況的には序盤もいいとこ。〝首刈り・ウザイン〟の悪名があるんで今更弱そうな演技は無駄なんは解っているが、それでもマジの実力を披露する必要も全くない。

 それに我流の〝魔法〟だと大概の状況は無双で終わるんで、習い覚えた〝魔術〟でどこまで猫かぶりの実戦が可能かのテストも兼ねての……先程の流れなのだな。


「それでも種別・防護魔術の一発で終わりに、我ながら呆れてるけどな」


 MAP上で潜伏中の四体の観察は続けつつも、ちゃんと説明は告げておく。

 一番最近の実戦となればダンジョンのものになるが、あちらは異空間だったせいか俺の魔法の効果が通常と違い過ぎて比較にならない。

 むしろここまで如何にもな戦闘状況は、初めて魔の森に入った頃の記憶が呼び起こされるくらいだ。上京の頃は自分より部下に戦闘させる指揮官プレイがメインだったしなぁ……。


「正直、何時この場が業火の只中か極地の氷原と化すかと懸念しておりました」

「……今さらだけどさ、お前らは俺を何だと思ってんだかなぁ」


 ちょいムカついたので期待に応えてやろうと、敵反応を対象に……そうだなぁ、これまでの反応から単に移動が遅いだけの個体っぽいので〝出迎えてやろうか〟と魔法効果を想像。


「〈天槌てんつい〉ってとこか。シンプルに〝逆バンジー〟も捨て難いが、ちょっと言葉の意味が通じそうにないし」


〝ドゴン! ドゴンッ〟と爆震じみた揺れが四度続き、その数だけ爆心地から大型ちょい足りなめの丸い巨体の魔物が黒い点にしか見えない距離まで天へと撃ちあがる。

 現象としては魔物の真下の地面が一瞬で20mばかり隆起し爆散。その衝撃波で魔物の腹を打ち潰しながらも宙へと放り上げた形になる。魔力由来の高射砲で弾頭が魔物そのもののイメージだな。

 もちろん打ち上げ角度の調整済みで、おおよその落下地点はキャラバンに命中しない程度に近い場所へと想定している。


 ――で、数秒の滞空を置いて落下した魔物を目視してみれば、相手はカメ型のアザービーストと呼べる変異種だったと確認できた。

 サイズはシシヒヒに対し1.5倍の大型種未満。甲羅の外骨格に丈夫な外皮と、視た感じ天槌による外傷は無いが、魔法を行使した俺には与えたダメージの結果が大体で理解できている。


 腹部の陥没と衝撃浸透による全内臓の破裂状態。同じく全身への急激な衝撃で軟骨断裂による関節は全て外れていての行動不能。またその衝撃は関節だけでなく体内水分をも瞬間的に膨張させ、おそらくは軟部組織の大半をゲル状まで粉砕したような状態だろう。

 結果は、まぁ宣言するまでもなく即死な代物だ。

 眼前に落ちてきた一体は眼球が深海魚みたいに飛び出し、しかも白濁し湯気を上げてる時点で一目瞭然な有様である。


「ウザイン様……」

「あ、いや、つい」


 状況を把握できないキャラバンにしてみれば、魔物の襲撃にあわせ突然起きた謎の天変地異といった感じだろうか。

 一応、火炎地獄や極寒地獄と揶揄されたため街道付近の地形に被害を出さないよう、あんな感じの限定的な効果にしたつもりなんだが……地震じみた追加効果が周囲に伝導したのは想定外だった。

 俺自身、体感した感想はまぁ、軽くM7くらいの直下地震を連想したし。


 魔物の襲撃対策にメンタル面を強化訓練したはずの馬車馬たちが、ショックで余さず泡を吹いて昏倒してるのだから……周囲に振りまいた恐慌の度合も解りやすい。

 ついでにまだ生き残っていたシシヒヒも、冒険者共々対峙しつつのパニック硬直してたんで、ウィンドカッターで首を落としトドメをさしておく。


「あぁそっか、地震慣れしてない外人さんとか、震度2が三日続く程度の、日本人からしたら余裕の日常でも簡単に発狂してるよねってやつの実例だな」

「ウザイン様?」

「あ、いや、忘れてくれていい戯言、な」


 俺はこの収拾をつけるべくな物語でも創作しようとして……直ぐに止めた。

 連中にしてみれば、下手に説明可能な人物がいる方が違和感を覚えるだろうと気づいたからだ。


 つまり俺も知らぬ存ぜぬ。この状況に怯える雑魚に埋もれたほうが賢明であり、無難なやつで……結果、パニクったキャラバンが恐怖の震源地から慌てて離れ、それでも移動を続けるメンタルが足りずに予定に無い野営に入るのも……黙って観ているしかないのであった。


 うん、失敗失敗、テヘ☆





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