04 身近な盲点

 さて明けて翌日。ヨンガムの町での二日目の市となるが、町民の出入りは昨日ほど無い。

 まあ当然だろう、男爵領での町の規模は多くても1万人には届かないからだ。

 戸籍記録なんぞ無いので詳細情報は分からんかったが、メイドの現地概算調べによれば此処は革製品の各工房の職人、その管理をする行政役員、革資源を近隣から調達する狩人や冒険者、そして各関係者家族や町の雑務に携わる連中を含めても2千人程度の人口とのこと。

 各御家庭の補充用品はほぼ初日に完了し、今日と明日の市は買い出しの予定が合わなかった者か物理的に遠くて来るのが遅くなった少数のみになる事らしい。


 因みに、これらの集客情報はエチゴヤール商隊現場要員からのものも含む。

 もちろん聞いた対象は、商会の裏の事情も知らん感じの素朴な脳をしてそうな店員からになる。


 で、商会自体はそんな幸福脳に時間を費やすわけでもなく、キャラバンの中枢である商会長は現状、いわゆる〝先物取引〟に類する商談を町の責任者ら相手におこなっていた。

 話題のメインは次回の行商に必要度の高い商材の話で、次に町近郊における情勢の実態確認など。それによってこれから先の村と町に必要そうな商材の情報を得て、此処でその補充が可能かの判断も即応にて下しているっぽい。


 これは査察の意味や、現地勢に対し今回のエチゴヤールとナリキンバーグ商会の関係が太い、もしくは太くなる可能性があるとの周知も含めて、商談の場に俺が参加していたことからの情報だ。


 ――で、その商談もひと段落しての昼休憩……町の散策をしつつの感想。


「まぁ、行商活動としては真っ当な……というか異様に真面目な感じに思えるなぁ……」

「エチゴヤールにしてみれば表向き我が商会からの信用獲得の場でありますし、キャラバンとしては至極自然なものとも映ります」


 まぁなぁ、ただ俺の観察……というよりは、同席していた〝俺への観察の視線〟への違和感に少し思うところはあったのだけども。


「なぁ、また第三者意見を聞くんだが、これまでまるで接点も無かったろう地方商会に対してのウチの商会の評判ってのは、やっぱり悪評が蔓延しているのか?」

「ナリキンバーグの名は商業業界の歴史では新参にあたり、しかし規模においては国内最高域の一社になりますので――」


 つまり、同業者には僻みヤッカミの対象となるのも当然と。


 今日の商談に関しての違和感。それは特定の商談相手が初見の印象として表面上隠してはいたが、俺に敵意に近い感情を向けていたというものだ。

 その相手は圧倒的に地元の小売り商人たちで、逆に町長など地元の行政関係にはその印象が無い。

 というか、そちらは総じて畏怖か怯えだったな。


「まあ商材のメインが生活物資の麦となれば、現状その生産トップで国内で牛耳ってるのがウチなんだし、なら悪意や敵意の視線も自然なのかもなんだが……麦に関しちゃあウチは別に価格操作で暴れてるわけでもないんだよなぁ」


 近年一部に様々な珍品を披露しているが、それでもナリキンバーグ商会のメイン商材は麦になる。辺境地の広大で肥沃な土地を使い、国内の主食を賄う基幹生産地として君臨し、それ故に〝成金貴族〟の立場すらも得た。

 だが貴族となったが故に、一商売人の我欲の暴走には枷がかけられ、麦の価格決めはナリキンバーグ商会から離れ国の意向による言い値が絶対の商材となっている。


 確か、表向きの理由はそんな感じで、実際は親父様と公爵様の画策による国内基幹産業の保護確立化の工作の一つとかだったはずだけども。


 それ以前の食材類は、当時まだ知略性を残していた隣国からの永年の印象工作で雑多な管理を面倒がった貴族の多くが民生商会を代理として納品物の集合管理をさせており、それが結果的に商業ギルドの独占管理状況に変化していた。

 この世界の文明規模での封建国家ならば国民からの税金は年貢の形式で対象はほぼ農産物か狩猟物。しかしその中間にギルドが食い込み、実質支配していたという明らかな歪み構造に変じていたわけだ。


 一応、ギルドの意識として運用管理が正常に機能していればそれでも問題ないが、それはある日、市井に独占欲の強いクズが生まれ権力のトップに上る画策を見逃せば瞬く間に新たな独裁者を産む温床にもなる。


 事実、当時の〝ギルド〟と名乗る多くの市井の互助組織は、この世界に必要必須としてゲーム的に設定されていた王政社会に、その権力に変わる存在に化けようともしていたらしいし、だからこそその現場に下りて現実を知ったガーネシアン公爵が強引に修正をしている流れにもなっている。


 俺個人の想像も混じる内容なんで、一度は貴族の立場を捨て国元からも去った公爵がなぜそんな愛国心を燃やす行動をしたのかとかの理由までは分からん流れだが……その行動の根幹にはやっぱり隣国の悪意が関わっていたのは確からしい――


「と、最近仕入れた知識でそんな生臭い悪意の推測も成り立つんだが、時代の流れ的な権力構造の偏移でみれば、そう変な話でもないんだよな」


 王政から民政、またその逆へとかの行政組織の偏移など〝社会が腐る〟なんて概念を知ってれば起きて当然のものに過ぎない。

 国家の数が多ければそんな支配形態の違いが混在するのも変でもない。むしろゲーム設定としてその維持が〝何か〟に強制されてるだろうなこの世界の方が異常なんだろう。


 それでも、よくよく観察してみればこうして変化しようとする地下工作の種は其処らに撒かれているわけだ。


「急ぎでは無いが、一応は同業者関連のウチの悪評の意識の出所の再確認はしとこうか。親父様の時代ならともかく、王都の看板が兄上に代替わりしても評価にそう変化が無い部分には作為も感じるし」


 まぁ、作為って意味なら親父様と公爵が敢えて工作してる流れもあるんで、俺としては別に改善のために動く気は無いんだが。

 ただ商材の大半は市井より国相手のものだし、最近の新製品に関しても販路は神殿関係でやっぱり市井への影響は――――


 ――と、雑踏の中から見慣れた丁稚……エチゴヤールの若い小間使いが現れ俺たちを見て近付き、一通のメモをメイドに渡して去っていく。


「ウザイン様、エチゴヤール経由にて地元商会より、最近王都で扱われている品々に関し地方に回す意思があるかの確認を取りたいとの要請が」


 メモにはその品目も幾つか書かれていて……ああうん、どれも最近、兄上が躍起になって拡販しているものだわ。

 内容はかつて俺が兄上にリークしたり勝手に再現されたりな前世雑貨系チート商材。どうも現時点では他の連中が模倣すらできてないらしく、それでも中間マージンでセコく儲けたいな意識で接触してきたらしい。


「……あ、自動なめし機やら足踏みミシンの革加工バージョンとかも作ってたんだなぁ兄上様。こりゃ盲点だったわ」


 この世界、魔術やスキル由来の革職人の手作業技術が主流で、工房を維持するにはベテランから素人まで多くの職人枠の人材を必須とする。

 要するに必要コストの削減が難しい業界だ。

 俺が王都で広めた些細な工業化の機材類は基本的に縫製に関するものなのだが……まあ、基本構造さえ理解すれば他の用途にも転用は容易い。

 そして、特に布地より面倒な革同士の縫製は職人技能の中核なようで、そこを一部でも機械化可能ならばコスト軽減な上で生産力が爆上がりするのも必然なわけで。


「何やってんたかなぁ、兄上は」


 どうやらこの町の革職人の一部が、兄上経由で機材を調達し現在利用してるらしい。そして町の中の狭い業界で勝ち組の稼ぎに繋げている最中らしいとも。

 しかも距離的な近さや契約でなのか、品卸は全てウチの商会が独占買い取りしてるそうなので……そりゃあ地元の商会も僻むのは道理の話である。


「えーっと、とりあえず、この査察での新販路の開拓をする気はないが、外部の情報集めに要望を聞く程度の機会は作るとするか」

「では、そのようにエチゴヤールに伝えます」


 今頃エチゴヤールの誰某が直ぐそばに気配無く現れたメイドに悲鳴をあげたかもしれが、まあ今更だ。

 というか……


「それと、ついでに。この地域の兄上の活動履歴とその成果とかも可能な限り集めといてくれ。なんかこのまま知らんで済ますと後が凄く怖そうだ」

「……承りました」



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