03 暗中模索

 さて今回の査察行、町や村への各移動に平均二日、そこに滞在し営業するのを各三日というのを繰り返し、往路と復路を長大な楕円形にした感じで合計四か所を巡る行程になっている。

 片道にすれば大体10日、日数がかかるが距離としてみれば王都近郊で、しかし近郊とはいえ極小領地に切り分けられた男爵貴族二つの領地を跨いでいる。


 ヒヨンミリス男爵領、そしてカザンミュード男爵領、共にウチの派閥とは違うとこに所属し、明確に敵対はしていないが味方寄りとも言えない。さらに言えばどんな立場に身を置こうと薬にも毒にもならないという雑魚貴族の中の雑魚貴族となる。


 さらに追い打ちとなるのは、どちらの男爵も王国判断じゃ将来的には抹消の方向で決定している立場であったり。

 というか、コッパー王国じゃ〝王都に近い極小領地〟の大半が基本そういった飼い殺し対象なのだと……親父様や公爵経由で聞かされている。


 親父様曰くは、『潜在的な敵対対象だが、現時点では始末しない方が役立つ連中』。

 公爵様曰くは、『現政権擁立までは必要だったが、今はもう要らんから無難に枯死させている』……と、そんな対象なわけである。


〈ローズマリーの聖女〉のゲーム設定じゃ存在すらしない、ゲームMAPの単にコッパー王国の支配範囲を表す部分が、現実化したが故に生じている生臭い解釈なんだろうなぁ。

 王国のような封建制で貴族の支配する領地というのは、その王国の中に組み込まれた〝小王国〟や〝属国〟というのが実態になる。コッパー王国にしてみれば、『上納金さえ納めれるならどんな自治をしようと関知しない』な扱いで、それは言い換えれば『自治ができないなら直ぐにその首を挿げ替えるぞ』の最終宣告済みな相手となるわけだ。


 であるからして……エチゴヤール商会の公益品目に〝麦〟がある時点で、『ああ、この貴族共はもうダメなんだなぁ』な感想しか出ないという……。


 この洋風文化の世界では麦は主食。基本、どんな小規模の村や町でも自家消費分の生産は成り立っていることが社会存続の条件なのだし。

 極論、現代日本やEU化した欧州社会のように、足りなければ他から調達の意識は、あの〝現代〟だからこそ成り立ち、一瞬毎の継続の努力が絶たれればその時点で飢えの未来しか無いというリアルなデスゲームの一例なのだ。


「初日はなんもなく平和だったなぁ」

「索敵範囲内への潜伏要員はなく、アルミラージらも肩透かしで退屈していますね」

「おかげで付近の野生の魔物らが割食って、実に平和な状況っぽいな」

「はい、これから数日はここ等を活動域にする冒険者たちの仕事が無くなると思われます」


 ……うん、どうやらウチの関係者が一部の地元産業へ小さな被害をだしてるらしい。

 まあ、冒険者だしどうでもいいけど。


 初日、と言っても日数での初日ではなく、キャラバン往路の最初の行商日である〝市〟を終えてのことを指す。

 で、エチゴヤールの今日の商売の様子を観察してみて、王都からたった二日の地域の町であるのに商材の中心が麦だったことへの感想だった。


「この町――ヨンガムは革細工を特産としその職人工房が集中しているようです」

「先代ヒヨンミリスの〝特産〟政策の専業集落か。まあ今回は臨時のキャラバンだし、これが通常の商材って判断は早計なんかなあ」


 今回のキャラバンが通常ルートではないってのは予め聞いていた話。

 つまりヨンガムの町にとっちゃ、予定に無い突発イベントで予定していた必要品を買う予算とは別の物を買い求めた……な解釈もできるわけだ。


 しかし、だからといって、ならばなんでキャラバンの商材に麦があるって話でもあるんだがな。

 行商という移動販売だから持ち運ぶ商材の選別も限られるってのは当然の話。

 仮にキャラバンが麦を扱うにしても、それは一度ここ等の町から余剰分の麦を買い入れ、さらに先の不作で困ってるかもしれない僻地の村々でな流れが……まぁ常識だろう。


〝職人町だから生活物資が無くても変じゃない?〟


 まあ完全否定はできないが、少なくとも親子二代に渡る領の管理でそんな状況が〝常態化している〟なんてのは異常だろう。

 だからこそ、エチゴヤール商会も初荷の中に麦を入れてたわけだからな。


「穿って見ての可能性は二つかな」


 一つはヒヨンミリス男爵領の管理能力の問題。意図的になのか無能の結果なのかの判断はとりあえず放置で、二つ目。


 以前から、エチゴヤールが麦を扱う状況を通常化させるための工作……の可能性。


「ま、状況の胡散臭さからして、こっちの線が濃厚過ぎるんだけどな」


 エチゴヤールが隣国の工作機関として機能してるのは確定事項。今回の査察もそのルートの現地調査と、活動実態の確認をするためがメインになる。


「安直な話なんだが、麦といえば兵站にって結び付けるって意識は単純すぎるかな?」


 情報精度でまだ俺個人の妄想でしかない内容なんで、傍のメイドにも意見を求める。


「少々お待ちを……確認しました。おおよそ荷の6割が麦を始めとした穀類と根菜で占められております。残りの構成はキャラバンの移動資材が大半で、王都発の行商でありがちな娯楽品に類する荷は一割にも満たないようです」

「そんじゃあ、確定だな」


 第三者の意見を聞いたつもりがメイドの何時ものチート機能が発揮され補完情報と化す理不尽。ただし有益すぎるんで結論が早く済むのはありがたい。

 で、そこまで露骨な荷の構成なら――


「エチゴヤールは行商の体で隣国工作ルートの維持管理を担当している、で決まりだな」


 しかも、この臨時便でそれを続けている時点でも状況は最悪だ。


「おそらく運んでいる荷は先に潜伏させている連中への支援物資も兼ねてるな」

「ではキャラバンに接触する不確定対象への監視に寄り注意を払っておきます」


 王都に近い今はまだ襲撃の懸念も少ない。だが次の移動からは危険度が高まるだろう。

 ただ俺の直観では、襲撃のタイミングは往路終端の折り返し点とみている。

 物理的に距離が離れれば情報の伝達も遅れるし、内容も不確定になるのはこの世界での常識。しかも場所は魔物の危険度も増す僻地だ。どんなに社会的権力が大きい貴族でも等しく死の洗礼を与えてくる魔物が相手なら大概の不始末の弁明は通る可能性もあるのだし。


「……今更だったけど、ウチも護衛の体裁は整えといた方が良かったかな?」

「さて、侮られようが呆れられようが今更と思われます。ウザイン様の〝首刈り〟の逸話は巷でも有名ですから」

「その話、まだ現役だったんかぁ」


 今回のウチの査察要員は俺とメイドの実質二名。

 護衛とする冒険者や商会手勢はゼロだし、馬車を引く御者は非常に無口の男に見える……だけのマネキンゴーレムで馬車の付属物だったりする。

 そこら辺の実情はエチゴヤールには伝えてないが、無謀で横柄で馬鹿なウザインの印象で特に違和感は与えていない。


 とは言え、俺の個人戦闘力の悪評の方は盲点だった。〝人の噂も75日〟……そんな格言がマジに機能してほしい俺である。




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