六章:雑魚貴族、残暑に追い炊きの薪を焼べりし…

01 閑話・移ろう助言者

 貨物船ガ・ト・ボステンド。船籍は某日本企業が有するが、主な活動範囲は中米から南米、そして南極海域を周回しアフリカ大陸南端部へとなる、南半球の商圏に知名度を持つタンカー船になる。

 船籍から船員や船体もふくめ、転売と現地雇用に改修を何度もおこなったこの船の正確な素性と利用目的を把握できる存在はどこにもいない。

 ただ、察する者は察するというか、大体において社会の裏側の都合に便利に利用される物だ……くらいの胡散臭さには満ちる船とは、例え初見であって港湾関係者なら理解できるだろう。


 そんな船からの荷が、ある日、場違いな日本領海内南方のとある離島の港に届く。

 船その物がその離島到着というわけではない。タンカー船に搭載されている避難艇が一艇、何故か沖合に泊まる本船より離れ、一隻のみで離島の港に着いたのである。

 その船からも〝荷〟が一人下りれば直ぐに出発し去っていく。


 そうして、荷であった人物は暫しの黙考の後に島唯一の民間空港へと移動、そのまま空路により日本の本土へと旅立ち、島民はその一連の記憶を残さずただ平穏な、何時もどおりの日常を過ごした。


 さらに数時間後。その人物の姿は某県某所の救急医療施設を持つとある大学病院の一角にあった。


「なんだかねぇ……相変わらず日本って国は出入りが面倒な上に移動も面倒で、困りもんだよ」


 アメリカ南部の雰囲気を匂わせる洋装にスペイン語の口調から、その人物が外国人であり、また老齢の女性であることが窺える。

 背まで伸ばした毛量ある長髪のせいでその容貌の観察は難しいが、陽に焼けた以上に濃い肌の色と、メッシュで白髪化しつつかる髪の地色も黒以外の、おそらくは暗めのダークブラウンからヒスパニック系の血の濃い人種だろうの推測もできる。

 しかし日本ではその外見で目立つだろう混乱は、今の今まで欠片も起きずに、彼女はここまでやってきた。

 先程も堂々と病院の守衛を訪ね、目的の病室の号室の確認をとったあと、その〝やや特殊〟な右手の指同士を組みつつ軽く守衛の眼前で振れば、守衛はまるで催眠にかかったように自我を失い、しばらくは呆然となる。

 彼女は関係を持てば面倒になりそうな対象を、悉くそうして此処まで来たのだ。


 ――つい、先日。

 遠い親類が事故に遭い、此処に入院しているとの連絡を受け、ほぼ同時に彼女独自の連絡手段で、今、彼女にしかできない助力の嘆願を伝えられて。


「……ひ孫との初顔合わせがこんな形になるのも因果なことっていうか。うちの血統も拗れに拗れて、こっちの世界の魔物のように化けたっていうか……まあ、愚痴っても仕方がない。とっとと尻拭いをしてやろうか」


 病室の場所は、感染対策で外界から隔離されているので面会謝絶。

 だがまぁ、そんな規則は関係ないと歩みを再開。

 その途中でもう数人、ナースや介護士をすれ違い様に〝呆けさせ〟つつ、その老女は目的の場所、目的の相手――宇佐美詩杏の枕元にて、無言の歓待を受けての対面を果たすのであった。




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