29 エチゴヤール・キャラバン視察準備

 あれから二日が経過し、エチゴヤールの視察キャラバンが三日後に開始との予定が組まれた。

 向こうの建前としては、ウチへの接待が目的のもので、通常の行商スケジュールではない臨時便として巡回する旨の連絡が届いている。

 では、本音は?


「おそらくは襲撃部隊の先行配置要員でしょう。巡回ルート方面へと通常より多めの人員の移動を確認しております」

「露骨だなぁ……こっちがその辺の調査をしてるとか想定しないのかね?」


 一応、こちらの偽装工作はしてるので向こうの裏どり調査の手がバレていないことだけは確認している。

 しかし真面なテロ組織ならば、常に自分らの行動が露見した場合の対応くらいは取るもんと思うのだ。


「例の転移魔方陣に似た魔力反応も複数確認しておりますので、地上の移動組に並行し潜伏する人員もいるものと」

「……てことは、王都から直に外へと転移する手段もあるってことか? 確かコッパー王国の大都市部には結界みたいな対応設備があるんじゃなかったか?」

「御座います。が、隣国との諍いは何百年と続くものですので、何か未知の抜け道が作られたとしても不思議ではないかと」

「そうかぁ……でもそこら辺、あのガーネシアン公爵なら把握済みって思うのは穿ち過ぎかなあ……」


〈ローズマリーの聖女〉の設定じゃ、その結界のおかげで大国同士の戦争でも直の国土決戦なんかが起きにくい――つまり、タワーディフェンスな戦争モードでも延々と対戦状態を維持しているって環境の免罪符だったのだが、その設定を壊さん程度には想定してない裏ワザがあるのかもと……今日は一つ勉強になった。


 ただ抜け道の存在を知った以上は放置もできない。一応は親父様に情報をあげるし、メイド隊が潰せるものなら逐次やっておけと指示を出し、俺は視察同行の準備に入るとした。


「ウザイン様、準備でしたら先日よりもう数度は確認済みですが?」

「そりゃ移動ルートをこっちが予想で組んでた準備だろう。正式なルートが解ったなら、それに合わせての調整は必須……っていうか、そうでもして予定を組まんと〝ホスト役〟をこなさんと面倒だから予定を作ってんだよ」

「ああ……、アクラバイツェ様でしたら本日も既に来店なさりプールにてご遊興中でございます」

「まったく、まさか本当に毎日遊びに来まくってるとか、貴族の社交辞令じゃねーだろうに」


 そう、先日の邂逅での別れ際、〝ちょくちょく行く〟とかの言葉のとおり……いやそれ以上のペースでアクラバイツェは来訪中。ほぼ日中を商会のプールで過ごし、ナリキンバーグ商会流の歓待セットで楽しんでいる。

 いやまぁ、別に貴族界のトップを歓待とはいえ、令嬢一人分の出費が痛いとかそんなケチ臭いことを言うつもりはこれっぽっちも無いのだ……無いのだが……そのホスト役に必然、俺が相手せにゃならん流れには……正直、めげる。


 初日、つまり一昨日は何とか一日頑張ったが、昨日には気力の充填量が全く足りず『仕事がある』と逃げて……今日も継続中だ。


「つーか、気疲れは仕方なしとしてもステータスに結果まで出る疲労感がヤバいんだよなあ」


 具体的に言うと、〝MPが減る〟。

 俺のステータス表記は既に最大量の数値化すらバグってて、特にHPやMPは横棒グラフの増減の割合を見て大体の加減を推測する感じになっている。

 もうここ数年は、その横棒がMAXからミリ減ることすらザラだったのだが……あのご令嬢を前にすると、みるみると半分程度まで減っていくのだから堪らない。


「そういやアクラ様にゃ精神魔術じみた能力が有るな含みもあったし、魔術や魔力の反応無しな精神攻撃手段があったとしても……不思議じゃねーんだろうなぁ」


 その作用の理屈は分からんが、相対するだけで明確にステータス異常をかましてくる相手に近寄りたくないってのは人の本能として正常だと思う。

 それでも避けれなかった一昨日は、俺なりにいろいろと対応できんか試行錯誤も試みたのだが……全敗である。

 だから昨日からは、潔く敵前逃亡し支店長代理に専念したのだし。


 ……まぁ、アクラ様にしても一昨日後半からはフラウ等女性陣への関心の方が大きくなってたので、体よくホステス役に割り当てたのだが。


「………………」

「いやその、〝売ったな〟な視線は心外だぞ」


 アクラ様が危険人物なのは承知している。当然、うちの女性陣とは不用意にも合わせないよう工作もしてたのだ。しかし相手は、貴族界最高位の公爵の令嬢である。こちらの工作の上を行く〝偶然〟と〝圧〟なタイミングを演出し、実に自然に互いが知己になるような関係を……俺の知らん間に女同士が構築済みではお手上げだったのだ。


 ……まったく、いつの間に。

 女の社会は予想もつかんので慄きしかない。


「とりあえず、フラウたちに危害をって気配は無いんだよな」

「現状までは特に。魔術的な変化はもちろん、〝私共〟独自のチェックにも今のところは」


 具体的な意味は未だに説明されても理解が無理なんだが、まぁメイド隊の監視能力は機能しているそうなので、そこは任せるしかない感じと。


 ちなみに、メイドの自己申告によれば今まで確認できているアクラ様関連の異常な状況は、事前に防ぐことは不可能ではあれ、起きた変化に関してなら把握は可能……という、これまたやや意味不明な内容で報告を受けている。


 俺も知るルミナエラ達の変化についても、確かにアクラ様の説明どおりだろうとの裏付けな説明は貰っていた。

 メイド伝いの追加の情報によると、聖女としての能力はそのままだが……将来的に俺が嫁に的云々の展開はゼロにしても問題ないという曖昧さ満載の内容であった。


 俺的には、未来の娘の復活に関する重要な問題なのだが……その辺が前にツララ経由で知った方法とは別の要因で解消するよう変化したらしいとのこと。

 その詳細はメイド隊でも把握しきれていない情報なのだが、だからといって俺がせっついても集まらないものは集まらない無理な未確定案件というやつで。

 ただ、それを為した元凶あるアクラバイツェという人物は、それだけ俺周辺においての危険な存在なのだとは……まぁ、なんとなくは理解した。


 ならフラウたちは隔離しておけ?

 だから、できるもんならとっくにしているのが本心なんだが、それやったら多聞、今までの地味で姑息な努力はもちろん、今暮らしているこの社会の全てを放り出すか……ぶち壊してのアポカリプスな舞台展開になるのだと……まぁ、半ば直観じみた確信をもっている俺だ。


 グダッた物語のテコ入れでそんな急展開の熱い流れをってフィクションならば、俺もそれを否定はしない。

 むしろベリーヴェリーなMAX気分の大歓迎で楽しむかもしれない。

 だがこんな物語じみた世界とはいえ、現実と認識している以上はそんな超展開はゴメンである。

 中世的な不便な社会の皮を被ってても、生活面では地球の現代日本以上の便利さに満ちた適当な環境なのだ。

 これが明日から、急に『綺麗な飲み水が飲みたいなら木の枝一本で地面を掘って井戸を掘れ』な展開になるなんて耐えられんわ。確実に。


 ……まぁね、過去に似たようなことして一瞬で〝湖を湧かした〟なんて実績はあるんで、やるやれないで言えばやれる感じの楽勝な例なんだが。

 その流れで文明の全てを一から作り直せ……的なレベルになったらもうダメだ。


 それに先ほども言ったが、既に女派閥を築いた関係に割って入っていける覇気は俺には無い。権力や立場のゴリ押しも難しい相手となれば、もう白旗を上げる気力すら出ない。

 何か都合よく俺にチート武器でも出ない限りは、状況的にはもう、あのギザ歯令嬢に噛み砕かれるしか未来は無いのである。


 なので、今俺がやれるのはメイド隊に密な監視の継続を――――


「――なんだ?」


 ふと視線と共に気を逸らしていたメイドに気づき問いかける。


「プールにおられるアクラバイツェ様より、ウザイン様への伝言をと。『お兄ちゃまの御用事が済むまでの子守りは任せろ。〝ワシも含め〟聖女三人には邪なる指一本ふれさせぬぞ』……だそうで御座います」

「あの人は、お前同様にこちらの読心やら透視とか平気でやれると思ってた方がいいらしいなぁ」


 ただの伝言ではなく、このタイミングとかあざと過ぎるって話だよ。


「――追加です。『バーカウンターにメロンソーダの在庫が切れたので追加が欲しい』と」

「……直ぐに商会倉庫の方から回しておけ」

「承りました」


 そういや、この世界は乙女ゲーム由来の商材は最初から普通に店売りしているせいで、自社開発せず他の商会からの交易用の品目に置き、仕入れてたんだと再認識。

 よくよく考えれば、緑色のソーダ水とか何処でどうやって大量に作ってる代物なんだか?


 まだ無いスイーツ類の開発には試行錯誤したのだが、一般商材の立場を確立している既存の菓子類の製造ルートも再確認した方がいいのかなぁ……と、見事に俺の意識は現実逃避に反れるのであった。




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