28 幕間の女怪

「――事象を、断ちましたね?」


 それはウザインの背後に付き従うメイドが、すれ違い様にアクラバイツェへと囁き発した言葉になる。


「たわけ、〝逆〟じゃ」


 対してアクラバイツェの返答はこう。

 逆? では事象を〝繋ぐ〟?

 超常の手段で生まれ生きるメイドはこの世界のことを他より深く理解はしているが……それでも全知には程遠く、無知にある。

 であるからして、メイドにはアクラの言う言葉の意味を正しく理解したという確信は欠片もなかった。

 ただ一つ、アクラバイツェなる存在が、己に比肩かそれ以上の超常に至る者だとの確信はすれども。


 さて、ウザインたちが去った後、アクラバイツェは未だ放心するこの世界の〝ヒロイン候補〟だった二人を見つめ少しばかり心を過去に向けていた。


(六人の聖女候補。それはこの世界の理に作用する必然の存在で、何時かは誕生し、この世界の転機の起点となる……それはもう、どうやっても避けられない事象の理と、理解していたはずだった)


「……やっぱり、いろいろと時間が足りなかったなぁ……と、足りなかったのじゃなぁ」


 それは彼女の年相応の口調での独白だった、あわてて語尾を言い直すものの、なんとも実に、演技臭さに満ちたものに終わる。


 聖女の資格を持つエルフ娘・メイウィンド。

 彼女の中に集約した〝とある情動〟の影響か、彼女自身の個性の母体となった前世の何某の意識まで活性化し、前世からの転生と同様の作用になってしまったのは想定外だったと反省する。

 他の五名も、個人差はあれ前世由来の記憶や感情が強く残っていて、予定していたこの世界の〝誰か〟に収まる予定からは外れていると、アクラバイツェは残念に思う。


 おかけでこうした追加の手間も必要となり、必然、当初に予定していた結果に辿り着くには不可能と判断するしかなくなった。

 至急、代替え案を立て実行しなければ、おそらく、〝今回も〟計画は失敗することを避けられない。


「でもたぶん、今回が……まぁ、頑張りましょうか」


 代替え案は、実はもう思案半分ながらも進めていた。

 というよりも、もうこれしか手段が無いというのが本心になる。

 事象の確定を強めるため、先程言った事実の行為そのもののことである。


〝情動を消した〟


 言葉通りに、ルミナエラとメイウィンドから、ウザインという存在に関する情動を全て取り除いたのである。

 これでもう、彼女らがウザインに対し感情を揺らすことは無くなる。何処にでもいるその他大勢の他人の一人としてしか感じられなくなる。

 もちろん、記憶は残るが感覚的には〝遥か昔のもので、今はもう良い想い出〟くらいの認識に落ち着くわけだ。

 これからも貴族由縁での関係が続く以上、新たに関心が生まれることはあるかもしれないが、少なくとも元々彼女らの中に有った情動とは無関係のものとして済む要素となるであろう。


 そう、ウザインである存在と深い縁で繋がり集約しつつある情動――宇佐美うさみすばるの個性とは無縁のものに。


「それにしても……スバルの〝かまってちゃん〟だけが作用すると、事象としてはこんな面倒な方向に歪むのね……というより、このエルフっ娘のガチなツン振りが重なって接点薄すぎで拗れちゃったって感じかしら?」


 その細い指を口角に添えつつメイウィンドの持っていた情動の内容に考察を入れるアクラバイツェ。

 チロリと舌先が覗き、かるく舌舐め摺りする様子は、何処か味の余韻を楽しむような素振りにも見える。


「こっちの子も持っていたのはスバルの〝イヤイヤ感〟だし、ルミナエラこのこの立場からしたらウザインはさぞ鬱陶しい印象かもよね……〝さもありなん〟」


 時に父に対する娘の態度は非情で冷酷にもなる。

 それが芯からの甘えによる反動と達観するには、当事者らの永い時の流れしか解決の無い無情のものと、多くの先人が語っていたり、いなかったり。


 そしてアクラバイツェは二人を連れてとある客間の一室にと移動すると、そこには側仕えすらも無く、至極自然にツララが独り待機していた。


「特異点・ト……いえ、アクラバイツェ。用事は済んだようですね」

「そうじゃの、抜け殻となった二人とウザインを会わせ、理の都合に道理のパスは繋げた……と思うの」


 アクラバイツェがこの状態の二人をある程度操作できるのは当然のようで、かるく視線を向けると彼女らは室内備え付けのソファに座り、そのまま眠りの姿勢で完全に意識を手放した。


 その様子を見ていたツララは、視線をアクラバイツェへと向けなおし言葉を紡ぐ。


「では私も、私の中の昴の情動を貴女に〝食われる〟のでしょうか?」


 ツララの意思は、前世の当人の人格よりもカルキノスによっての再現性に傾いている。よってツララには、現状未知の事象であれ正確性の高い予知や予見に近い情報補間も可能となっている。

 それはもう、目の前のアクラバイツェへと名乗る存在の、その本質が〝何か〟であることも含めて。

 だからアクラバイツェの言う小さな言葉の解釈の誘導を、見事に正確な意味へと訂正しつつの疑問を投げる。


「その必要は無いの。お前の中の情動の大半は、もうウザインの方に移動済みじゃ。お前も自分で言っておったろうが、お前という存在は、もうウザインの〝外付け端末〟にも等しいと。つまりはそういうことじゃ。なのでまぁ、後は静かに傍観者か観測者に徹しておるのが賢明よの」


 そうして、今はもう眠る二人に憐れむような視線を向けて――


「己の根幹を食われ、自我の寄る辺を無くしてのこの娘らに残るのは、その虫食い穴だらけで抜け殻同然の前世の記憶かの何かじゃ。娘らにしてみれば、お前の有り様が今後の正気を保つ揺るがぬ指針も同じ。せいぜい守ってやるがいいよ」

「……そうですね。ではこれからも、私は二人のためにツララという存在を可能な限り、続けていきます――が、残りの三人に関しては?」

「そこじゃのう……正直、マジで頭が痛い」


 ふと素が出る仕草でアクラバイツェは天を仰いて頭を揺らす。

 そこには、幼女の姿はしているものの実に、全身に気苦労の空気をまとわせた妖艶さを醸す妙齢の女性の色香が漂せ、只々幻想の情景を振りまいていた。




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