27 アクラバイツェのお節介

 露わになった親父様の世代の暗闘ぶりのおかげか、この世界が乙女ゲームにあるまじき結構シビアな世界設定を醸してるんだという事実を知れて……戦慄したり安堵したりと忙しい。


 だって、我が身に振り返ってみると身近な事には結構ご都合主義な俺Tueeeの流れが多くて〝大丈夫かこの世界?〟な老婆心も湧いてしまうから。

 まぁ、これでいて俺も結構殺伐とした状況だって経験はしてんだけどね。でも心の何処かで『どんなトラブルが起きても俺だけは大丈夫』な根拠のない自信があるのは否定できてない。


 ……もっとも、それは前世においてもあった感覚で、それでもああやって地獄のごときな最後を遂げたわけだけど。


 さて、ガーネシアン公爵は変化する親父様の状況に一通りの補完情報を告げて、ついでにもう少しで斬り殺し合いに発展するかなな旧交の温め合いを少ししてから退室した。

 親父様は急遽決まった転封領地の管理移譲の段取り会談の準備に、元からあった予定は全てキャンセルしての行動となるため、俺はしばしの自由行動となる。


「本来なら、例の視察のスケジュールやら親父様に引っ付いての帰郷になるかの話だったんだよな?」

「視察の件は支社番頭がどのような段取りを決めて来るかの結果次第でしたし、帰郷の件はもう白紙で良いかと」

「だよなあ」


 親父様と別れ、侍従の案内で王城から帰るための長い迷路のような回廊を移動中にいメイドに確認。俺一人を先導し案内してるつもりだった侍従が突然の第三者の声に驚き振り向くが、メイドからの視線を受けると平静を取り戻し役目に戻る。

 相変わらず謎の奇行の多い部下なのだが……まあ、もう慣れてもいるので無視して済ます。

 それにしても、最初から不確定要素の多いスケジュール調整ではあったが、こうも見事に予定が真っ白になるのは想定外というか。


「視察予定の結果待ちと言っても、結局、状況が点々とし過ぎて勝手に王都を離れていいかの裁可も出づらいんだよなぁ」


 俺のつぶやきにメイドがしばし視線を何方かへと飛ばして黙考したかと思うと、数秒後、さも当然という感じに俺へと〝言づて〟を告げてきた。


「『護衛と自衛の用意が足りているなら動いてかまわん』とのことです」

「……そっか、解った」


 推察は簡単。たった今、親父様の傍に湧いたメイド同士で意思疎通のコミュニケーションをとりましたな流れなのだろう。


 ……ん? ということは?


「なぁ、もしかして距離関係なく伝言ゲームが可能とか?」

「なにを今更でございますね」

「あー……そっかぁ、今更かぁ」


 やっべぇなぁ……ウチのメイドの謎は奥が深すぎる。


 そしてメイドの視線が唐突に殺気じみてとある方向へと向けられ、釣られて見た俺もその正体に同意の意識を強く思う。

〝ニヤリ〟の擬音がよく似合う、ギザ歯の令嬢の登場だ。


 ガーネシアン公爵家ご令嬢、アクラバイツェは回廊前方に置かれた華美な銅像の台座に隠れるように半身を覗かせ、こちらを見ていた。

 ちょっとヤンデレ風味が醸されていて近寄りがたい。

 しかし先導役の侍従がさっぱり気づかず進んでいるので、俺としては近づくしかない。


 そして近づいてみて気づく付加要素。

 アクラ様の背後には最近に最悪の形で出遭った令嬢二人。ルミナエラとメイウィンドが無言で俯き控えていたり。


 さすがに宮廷ドレス姿の淑女三人は目立つようで、侍従も程なく彼女らの存在に気付くと、それを合図にしたかのようにアクラ様を先頭に三人がこちらに歩みだし……自然、回廊をふさぐ形での対面となった。


「ウザイン・ナリキンバーグ。お父君の此度の上爵、おめでとうございますと、言祝ぎにきた」

「ええと……それは、ありがとうございます」


 背丈の都合で、眼下から見上げる形の上から目線のスタイルと尊大な言葉をいただくのは、もう定番化してる気がする彼女との挨拶の範疇なのだが……今回は少し様子が……違う?


「さて本来なら正式な場を設けての話とも考えたのじゃがな、が、あまり王家の目が多い場所よりマシかと思い、〝此処〟にした。少なくとも潰す目が一対の分、楽じゃからの」


 アクラ様の視線が向いた先を見れば、侍従が立ったまま放心してるのを確認。


「……精神系、魔術ですか?」

「似たようなものじゃの」


 事も無げな態度で、否定と肯定の両方の意味での返答をよこすアクラ様。

 ということは、これは魔術ではなく彼女の能力的な何かの仕業かと推察しておく。


「暫しこ奴の常軌の根を食ったが故、動きを止め置いておる。直ぐに戻るから要件を済ますぞ」

「あ、はい」


 意味不明の説明だったが、その考察は強制後回しらしい。


「このエルフ娘の先日の醜態はワシの方で片をつけた。お前の方の遺恨云々はまだ残っておろうが、それを用いてこの娘にチョッカイをかけるのはワシが禁じる」

「えーと……はい?」


 ちょっと意味が解らない。

 貴族的な話で横入りもいい感じで仕切られるのは……まぁ良しとしても、何故にその配役がアクラ様かが謎になる。

 というか、彼女らの俺の最後の記憶だと、結構女子独特のドロドロした剣呑さに満ちた状態だったと思うのだけども。


「ウザイン様、彼女らの御様子を」


 耳元に届くメイドの忠告で、ルミナエラとメイウィンドを見れば……ああ、納得の想像が浮かんだ。


「彼女らにも〝何かしましたか〟、アクラ様」

「そんなところじゃ。だが不用意にお前が接すれば、その処置も無意味となる故にの。こうして予防線を張りにきた」


 ルミナエラたちが俯いていたのは、彼女らが侍従と同じような状態になっていたからだった。半分意識を無くしたような、夢遊病者のような状態でアクラ様に付いて歩いていたわけだ。


「もう暫し放置すれば、この娘らからはお主への〝情動が消える〟よって、以後の面倒事も大分減るだろうよ。立場上の普通の付き合いでのものまでは無くならんだろうが……せいぜい他人事の範疇となろう」

「なんとも、解釈の難しい意味の言葉ですね」

「要はお主に向けられる数多の悪意が少し減ると思っていれば良いわな」

「ああ、それは助かります。結構、切実に」


 なんつーか、実にヤバい処置なんだとは理解した。


「さて今日の要件はそれだけじゃ。ああ、あの商会の遊興施設は気に入ったので、これからもちょくちょく利用させてもらうから、明日からよろしくじゃ〝お兄ちゃん〟」


 がふっ!

 と、心の中で吐血しつつ素直に頷いておく。

 やがて正気を取り戻した侍従が、それでもアクラ様一行への関心は失ったまま歩みを再開したので、俺もそれに付いて移動を再開。


 俺の内心が明日からの心労に傾き始めたので、すれ違いざまにメイドが何か、アクラ様に囁いたように見えたことに関しても一瞬のことに終わったため……そのまま忘却の海に流してしまった。



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