26 旧交

「さて、今回の一件っていうか、オレがケチラウスを伯爵に押し込んだ裏事情の情報共有をしとこうか」


 物騒な義足を元に戻しながら、何気ない風な流れで言葉を繋ぐガーネシアン公爵。

 俺はもちろん、そこは親父様も疑問だったようで、無言のまま〝続きを早く言え〟とばかりに視線で当人をやぶ睨みした。


「その反応からして自覚ねえみたいだが、発端はラボー、お前の方からなんだよなぁ」

「なに?」

「お前んとこの地下工作で、近年結構露骨な隣国対応を始めたろうが。それが巡りに巡って、国内の使えるクズ連中を五月蠅くザワつかせて情勢不安の種になってきてんだよ――」


 ガーネシアン公爵曰くだ。

 隣国と国境を接する辺境領地の貴族らは自衛と反撃を自己判断で決めての対応が許されているが、それはあくまで国の版図を維持する範囲内でってのが暗黙の了解になっていたらしい。

 そりゃあ、毎年の戦争ゴッコで多少は国土の境界が伸びたり縮んだりと変わる事は承知の上だが、いきなり相手の国土を半分減らしたとか、さらには亡国化するなんてレベルの変化は……さすがに予想外のものなんだとか。


「亡国化……亡国、滅亡……ああ、うん」


 ふと、心の隅でつい最近、頻繁に話題にしてた感のある語彙に反射的に頷いてしまったのが失敗。公爵の視線は親父様から俺の方へと移っていたり。


「おいおい、まさか首謀者は親父じゃなくて息子の方か?」

「いや、違う……いや事態を押した方向では違わんが、切っ掛けは確かに儂が責任者だな」


(例の……ウザイン様暗殺未遂時においては怒髪天なされたご当主様が〝隣国殲滅〟を家来一同へと発令なさっておりますれば)


 捕捉説明だろう。

 俺の知らんとこで決まっていたらしい情報を、背後に湧いたメイド隊の一人が俺に耳打ちしてきた。

 気配も無く突然現れたメイドに俺と親父様以外が戦慄しているが……何時もの事なのであにはからん。

 また冒険者上がりで色んな方向の肝が据わっているらしい公爵は、直ぐに平静となって俺を見据えている。

 これは……とりあえず知ってることはゲロっておけの意味なのかな。


「ウザインは各工作の発案の面で役立っただけだ。直接の方は〝身軽な方〟に担当させている」

「うん?……ああ、兄貴の方か。最近はあっちの方への目が届き難くて忘れていた」


 兄上様~、しっかり公爵に監視されてますよ~って言うか、改めてやっぱり我が家の腹黒最上位指令は親父様が出してた感じなのかと今理解した。


「で、だ。オレも他人の事は言えた義理も無いが、だからってラボーが人並の凡人枠には居ないってことくらいは自覚してほしかったんだよなぁ……」


 再びの公爵様曰くによると――


 隣国の亡国化工作は異常なくらい進行していて、既に実態は国として機能していない……というのは俺も伝え聞き済みの内容。で、その中でも比較的元気な勢力が自国を捨てたテロ集団と化し国境を跨いで周辺国へと本格的な大迷惑をかけ始めている……というのは初耳のこと。

 ただ、その一部がうちの隣の領に甚大な被害を与えて廃領寸前の状況になっている的な内容に関しては……うん、これは最近聞いた話に被るところだったが、情報として足りなかったのはその状況がウチの隣だけの話ではなかったという……複数形の問題ということ。


「辺境領地は、うちの国でも荒事慣れはしているが、領民全員が騎士階級みたいな蛮地ばかりじゃないくらい、ラボーだったら解ってたろうに……全く、息子可愛さで血迷いよって」

「むう……そこはまぁ、否定できんな」


 ――で、辺境地の貴族は隣も含め結構な数もあり、また所属する派閥もいろいろだ。もちろん、ウチと敵対派閥のとこにしてみれば明確な内紛案件であり、国内の情勢も揺れようという流れも必至だろう。


 そして、事実上、我が国の国政を飴と鞭で操縦しているガーネシアン公爵が、無難に、今回の面倒事の尻拭いをナリキンバーグ家でつけろ……的な采配が今回の上爵強硬の顛末だったというわけだ。


「これで下位貴族だった子爵につきものの自衛制限は無くなる。武力も外交力も腐らせず維持する能力さえあれば王族や侯爵を越えようが文句は言えん。増える領地からの面倒は……まぁ、不満を言う連中へのガス抜き成分とでも理解しろ。連中にしてみたらそのくらいの捌け口も無きゃあ、逆に自分で醜聞の種を撒いて来るぞ」

「そのガス抜きで十分窒息しかけているのが困りごとなんだがな」

「それも隣に国が正式に〝無くなりゃあ〟別にそう焦る話でもないだろうが」

「……むう」

「それにしてもだ。いつもオレを〝猪〟と小馬鹿にするくせに、癇癪おこせば身内すら置いてけぼりで突っ走る癖は抜けとらんなぁ」

「儂の場合は武器くらいは手にして走る。しかしお前は素手でも突っ走る。その違いは大きすぎるわ――」


 端折っている部分が公爵と親父様だけで理解できる内容なんで、正直俺の立場は聞き役にすらならん聞き役というか。

 というか、なんか内容が罵り合いじみてきたので聞き役する気も失せるというか。


 なので、俺は俺でやれる考察の方に意識を向ける。

 隣国に関してなら俺も一つは予定があるのだ。スパイの活動ルートの現地視察的な……そんな感じの予定である。


 さらには……俺的には本当ならこっちを重要視しなきゃならない乙女ゲーム要素のイベント予定もほぼダブルブッキングな流れで存在するのだが――


 ――もうこっちの案件は捨ててもいいのかな、とも思っていたり。


 だって最初の夏休みイベントとかはヒロインと恋愛候補の相手の確定や未来のルート選定やらのポイント集めがメインであり、この段階を踏まねば俺の将来の破滅ルート確定といった要素は薄いのだ。

 というか、その辺、もう『元々のルートって何?(大草原)』な範囲で反れてる気もするので完全無視でもいいんじゃねな気持ちが大きくもあるのでけども……ね。


 初年度のヒロインが夏の避暑地でこなすイベントとか……まあ、湖畔で画面がやや肌色成分多めの(男)の一枚絵を人数分回収するとか、肝試し兼ホラーなミニ戦闘で特殊アイテムを得るとかか。

 しかもこのアイテムに物語上の重要性は見事に無い。

 だって、進行によっては誰ともイベントの起きないバッドでボッチな展開もあるのだ。それで得るアイテムによっての話の最終展開がバッド確定とかゲームとしてもアホすぎるだろうってやつである。


 というか、ゲームでは一瞬な移動期間がこの世界ではリアルなわけで、俺の場合は通常手段で実家に戻るだけでもう夏季休暇を使い切るくらいに予定もズレているのだ。

 夜間行軍モードの突貫移動でならばそのズレも少しは減らせると思うが……死ぬ気の覚悟の行軍で避暑地に行くなど、まるで日本の夏休みのパパの家庭サービスが如しでご遠慮したい。


「――ウザイン、話を聞いていたか?」

「っ、申し訳ありません。少し雑事にうつつを」


 耳の端に届く親父様たちの会話が政治から昔話の怒鳴りあいに変わっていってたので、俺も自分の事に意識が傾き過ぎていた。

 だがその間に話の流れが修正されていたらしい。


「この馬鹿も厄介事を押し付けるだけの無責任では無かったことの確認だ。転封後の増えた領地の管理に関しては、儂の上爵の儀にかこつけて元の領主たちを極秘に王都に呼んでおり、これから部下要員の人員移動の話をつける方向となる」

「……では、不足する人員の目途も立つ方向ですか?」

「まだ解らん。幾人かは昔から多少は知己のある者たちだが、だからと言って彼らの部下がウチで使えるかは別の話だ」

「各領地から同時期に中枢を抜く代替えとして、王家直の代官とその部隊を臨時の補充要員として回している。選定条件に代官に騎士兵士、共に王都に寄る辺の無い移住に身軽な連中でまとめている。つまりは増員用のやつらなので、雇う雇わんはナリキンバーグの方で決めるが良かろう……というとこまでは話したな」


 おや、それはなんとも、マジで助かる話じゃないか。


「ウザイン、この場合は代官が儂等の名代として各地の飛び領の管理者となる流れだ。それはある意味、儂等が王家や〝コイツ〟のひも付きとなるのと変わらんのだぞ」

「あ、なるほど。それはちょっと嫌ですね」

「ほう、この小僧は随分と明け透けに物を言うな」

「ええまぁ、そこは父の対応に準じるつもりなので」


 そりゃそうでしょう。独裁者でも名君の才能持ちのスネカジリで楽して一生暮らせる背景ならともかく、上司や部下をこき使うのだけに長けた暴君なんて公私ともに要らんです、普通に。



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