25 上爵の儀

 それは往年の、前世の年末を飾る某歌謡特番のトリを観ているような感覚だった。


 一応は、親父様が目出度く伯爵位を授かるための舞台、そのクライマックスの感想である。


 王城の謁見の間。

 初めて拝謁した現王とその王妃、唯一見覚えのある王太子・ヒースクラフト以外の若き王位継承者たち。


 ――居並ぶのは現王室関係者のみなのかな? と思うのは不敬なんかね。

 おそらくは、〝彼〟がガーネシアン公爵なのだろうと思しき人物は、王達が並ぶ壇上には居らず気配を消すように重鎮枠の臣下団に混ざり立っていた。

 それが解ったのは、彼の傍らにあのギザ歯の令嬢が居たからだ。


 儀式自体は、王の前に臣下の礼を取り頭を垂れた親父様へと、騎士の叙勲に似た感じで儀礼剣を手にした王が親父様の両肩を剣先でポンポンと叩く流れのやつ。

 そして王の脇に立つ摂政様が、上爵の宣言をし伯爵位で得た権利と義務を述べ連ねるだけ。


 それが終わったら王家一統と摂政は奥へと下がり、残った親父様が此方に振り向きつつの……バンザイのポーズ。

 そして何処に隠してたとツッコミたくなる規模の、背に広がる、孔雀を思わす二対の大翼大開放である。


「……あー、ヅカ様式の尻から羽が伸びてるやつなんかー」


 正確には腰というか。

 なので歩む動きで羽がフリフリワサワサ、羽ばたくかのよう華麗に揺れて、見事に背後を彩っている。

 正直、老境の厳い男がやるもんじゃないと思う華麗さだけれども。

 だが現実は非情。

 親父様はそのポーズのまま、居並ぶ貴族の中、レッドカーペットを進むセレブが如く謁見の間の正面口へと、尻をフリフリ往くことでのみ退場を許されるのだ。

 それなんて地獄? と問える相手が切実に欲しいやつである。


 ぶっちゃけ、最初は笑うつもりだったが……現物をみたら哀愁しか感じないのが実に不憫だ。

 これが親父様もノリノリでとなればまた感想が違うのだろうが、もう誰にも隠しもしない仏頂面なんで同情しかない。


 でも信じられるか? アレって、一応正式な叙爵の儀の作法なんだそうだよ。


 ――と言うか、アクラ様、父親の陰に隠れて爆笑してるの、もっと本気で隠しなさいな。


 でもまぁ、なんだ。

 そのままコブシの利いた演歌の披露とは行かなかったので、俺の平静の仮面は崩壊せずに一安心した。


 ついでに言えば、コレを常識として認識し素で感動の反応を示している他の貴族連中に様子には……ある意味戦慄しか感じなかったわ。





「むうん……腰が厳しい」

「お疲れ様です、父上」


 王城内の控えの間。

 尻の羽を抜い……もとい外した親父様は、俺が戻った頃には控えの間にて何時も通りの当主服に着替え済みで、しかし派手に動かしやや痛むらしい腰を擦りつつ愚痴を溢していた。


「ふむ、面倒な儀式だったが、息子が感動に泣くなら多少は頑張った甲斐もあったか」

「……ええ、ご立派でしたヨ 父上」


 すんません、涙の意味がやや違います。


 そんなこんな、何気ない親子の語らいの最中への横入だ。

 来訪の先触れによれば、相手はあのガーネシアン公爵。ウチの寄親であるし、この叙爵の言い出しっぺの元凶でもある。

 嫌が応無しに対応せにゃならん相手で、露骨に渋い表情となりつつも親父様は許可の言葉を投げつけてた。


 ――で、ご当人の入室と同時に剣も一緒に投げつけてたよ。

 見れば壁に掛かっていた装飾がわりの実剣のようで、正直手の届かないとこの剣をどうやって親父様が投げたかの瞬間は確認できなかった。


「ラボー、数十年ぶりの再会でこりゃいきなり過ぎだろ」

「喧しい。せっかく平和な隠居生活だったのに、またぞろ面倒な案件を押付けおって」


 頭の脇を通り過ぎた剣に驚きもせず、平然と挨拶してくる男も男だが、もうすっかり、貴族の仮面を放り棄てた親父様も親父様というか……

 と言うか、〝ラボー〟と呼ばれた親父様もそれを肯定してるし、例の自伝に書かれた〝ラボート〟なる人物の正体はこれで決まりってことなんだろうな。


 因みに、来訪者はガーネシアン公爵ご本人のみのようで、謁見の間で見たような奥さんと娘の姿は無かった。

 またウチにしても居る身内は俺のみ。フラウシアら女性陣は、メイド隊配備の元女性専用社交部屋へと予め避難させてある。


 ……ん?

 もしかするとアクラ様もそっちに行っている?

 ちょっとヤバい状況かもしれないが……今この場を離れてもどうしようもないかと、覚悟した。

 まあ、本気でヤバければメイド隊が動くだろう。ついでにチャカも憑いてるだろうし、なら物狸の心配は無いも同然だ。


 ……フラグじゃないよな?


 ま、そんじゃ気持ちを切り替えて。

 ちょうど公爵の関心がこちらに来たので、こちらも意識を切り替える。


「オレの名はコンドリアルス。お前さんはラ……ケチラウスの息子で、良いんだよな?」

「はい、閣下におかれましては初の御尊顔を拝謁します。ウザインと申します」


 とりあえずは丁寧な礼で挨拶。

 初っ端から目上同士が無視した対応だけど、一応、ここには王室詰めの侍従が空気として居るんだからさ。

 プライベートな空間であっても真実のプライベートではないのだ。なので俺は、虫唾の走る自覚があろうと此処では清い青少年モードで通すのだ。

 というか、その召使いとかメイドとか。親父様らの一暴れに遭遇してなお無感情の対応なのがマジで地味に怖いわ。


「父親と違い随分と大人しいな、こっちには些細な事で地形を変えるような魔術をぶっ放すヤバい奴とか伝わってるのに」

「……尾ヒレが付きすぎの醜聞です」


 またそれかー。

 こういう時だけ中世社会基準の風評被害な噂の広まり、何とかならんかなぁ。


「だって先日もハグレの暗殺集団相手に遊んだんだろ? ああ、此処に置いた人員はウチの身内だ。別にオレの口が軽いわけじゃないぞ。もちろん、お前の親父さんもな」


 それに合わせ揃って会釈する室内の侍従一同。


「……え?」


 親父様の方をみれば、不機嫌なまま小さく頷いてるので、それは一応肯定ってことなんだろう。


 気持ちを改めてガーネシアン公爵を観察する。

 金縁飾り過多の詰め襟軍服風貴族服を纏う身長2m越えの威丈夫。オールバックの金髪、眉無しで鋭い三白眼。

 無駄に美形を配するこの乙女ゲー世界において、やや異質なタイプの……配色は違うが、某宇宙世紀の演説上手な総統様を思わす外見のオッサンである。


 確か片脚をバッサリ無くして冒険者を引退したと経歴にあったはずだが、背筋をピンと伸ばした不動の姿勢にはそんな気配は微塵も無い。

 なんなら大股で入室してきた時の歩みも健常者のそれだった。


「ん? ああこの脚か。よく出来ているだろう、昔、ケチラウスの伝手で調達した特別製だ」


 俺の視線から察したのか、公爵が自分の右脚をパンと撫で叩く。

 どうやらかなり精巧な義足なのは確からしい。


「こうすれば仕込んだ火炎炸裂弾が飛ぶ仕掛けつきだ。中層程度の魔物は即死だし、王城の城壁にも大穴開けれた名品だな!」


 脚を曲げる姿勢で膝の部分がバカリと開き、ジャキンと嫌な重厚感付きで迫り出したミサイル的な……たぶんファンタジー解釈の物騒なヤツ。

 ぶほっと思わず吹き出した俺は悪くない。

 親父様へと視線を向ければ、ものすっげな勢いで目を反らされた。


 ……親父様、アンタ何やってんすか?

 と言うか公爵様も。何サラッと過去の悪行晒してんすか?


 さすがに平静の仮面も外れかけ、少しヨロっとした俺に……タイミング良くお冷やの水を差しだしてきたメイドの冷静な態度っぷりに、久方ぶりにこの業界の闇の深さを実感した俺である。




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