24 舞台袖の一幕
数日が経過し、親父様の偽装上京隊が無事王都に到着した。
これにて親父様は商会に隠れる必要も無くなり、ナリキンバーグ家当主としての活動を大っぴらにできることになる……のだが、先ずは情報的に身内でハブられてた王都詰めの家令一同に捕まり〝立派な〟未来の伯爵の装いをと着せ替え人形の扱いに少なくない時間を浪費することと相成った。
南無三。
しかし完成モードでどう珍妙なお貴族様と化すのかは楽しみです。
で、その正座待機に到るまでの日々が平穏だったかと言えば……そうとも言えない。
ウチを取り巻く周辺的には一見平穏にと観えたかもしれないが、裏の話は結構……熱い一幕もあったりしたのだ。
その発端は例の、簀巻きで回収した
知り合ってからそれまでも直接の会話はそう無いのだが、お互いに知人を介して裏の――前世の事情は伝わっていたので……結果的に前世の感性での対話のお陰で存外忌憚無く話が進んだのはプラスなんだろう。
……妻帯者の記憶つきのオッサンと、ギャル系JKの感性がぶつかって、どう化学反応が起きたかの詳細は省くがな。
ともあれ、俺もメイウィンドも相手が生理的に不倶戴天の敵という共通認識を共有できたのが幸いだ。また今の社会的立場の理解もできて、物狸の潰し合いは自重しよう、可能な限り不干渉でといった交渉結果にも到った次第だ。
むしろその後に、メイウィンドを回収に来たルミナエラとツララの方が面倒だったというか?
ツララはまぁ、今の俺との関係が関係なのでどっちの陣営にも〝目クソ鼻クソ共〟と平常運転な対応は変わり無し。
問題はルミナエラの方で……どうやらウチのメイド隊と何か衝突があったらしく激しく解りやすい怯えの態度が毅然とした公爵令嬢の態度の隙間にビクンビクンと現われてたのだ。
……その様子を無視した形でメイウィンド引き渡しの段取りをとってたんだぞ。
俺の印象じゃもう、この御嬢様は確敵認定不可のポンコツ枠に収めるしかない存在に成り下がってくれたわけだ。
と言うか、このリーマン系中間管理職の悲哀引き摺る濃厚な精神性には、無性に同情心が湧く感じでしかたがない。
……確か、前世は女子校の教師だったんだっけか?
学級崩壊とか教師内派閥とかPTA系モンスター対応とか、一時は公式ブラックワーカーの筆頭職だったってのも同情要素に大きくかかるやつだよなと……勝手に納得していた俺がいた。
(――で、あの態度の原因は?)
(敵性時の対応にて当時の実行部隊員をほぼ無力化。彼女にも暗に直接、警告の文言を伝えました)
(えーと、何時、何処で?)
(深夜、彼女の自室にて)
――さもありなん。
ぶっちゃけ、暗殺未遂と変わらんやん。
ウチのメイド隊の性能は正直俺も把握しきれてないが、これが貴族流で正解かと時々疑問に思う形の成果が後出しで露見してくる件。
「特異点・ウザイン」
「ん?」
「もーまんたいらー」
「ボケの方向性ぇ」
まあ、ツララが〝無問題〟と言うなら本当に問題は無いんだろうが。
――で、そしてだ。
確実に問題のある方は、それからは別の相手だ。
「くくくくっ、じゃあ、彼女らの件はこれでお終い。それで良いでしょう、〝お兄様〟」
「……その設定、まだ生きてたんですか? アクラバイツェ様」
問題はそう、メイウィンド引き渡しの責任者としてやって来たのが、何故かルミナエラじゃなくガーネシアン公爵家令嬢・アクラバイツェ・プアスティア・ガーネシアンだったということだ。
派閥違いどころじゃない、もう敵対派閥と言ってもいい関係の両者である。
立場、年齢、社交の立ち位置。どこの接点も無さそうな二人が、どうして連れ立ってやって来たかの想像もつかない来訪であった。
「なに、単に同じ時期に此方に来る予定が被っただけ。用件は部下がそちらの〝商会〟に書面にて届けているよ。儂は単に暇をしてただけでな、知己が此処に寄ると聞いたら、ついでに顔をだしたくなったとして変でもなかろ?」
敵勢力の
「しっかし、聞けばお兄様の悪評の種まきに可愛い啓蒙活動をしてたとか? 中々に可愛いことで遊ぶじゃないか、このエルフ娘」
どうやらルミナエラ一派の一角として登場したわけじゃないらしいアクラ様。
会見の場に居揃って、不機嫌な態度のままスミっこで無言に徹するメイウィンドへと何かを含む視線を向け、そして得体の知れないギザ歯の除く笑みを浮かべて睨め付ける。
「実はしばらく此方の社交を離れていてな。知らん間に新参も増えて少しヤンチャをしてる聞いたら、こうした機会もあれば見たいと思うよの? のう、〝ウザイン〟」
「え、まあ……はい」
その時、アクラ様の雰囲気が一変したのは部屋に居る全員が気づいたと思う。
どことなく周囲を斜に構えた態度で揶揄っていた部分が消えて、その奥に澱んでいた本性が顔を覗かせた的な……そんな空気だ。
「のう、メイウィンドといったか。お主、ウザインを題材に朗読劇を組んだのだろう?――」
すっ――と皆の意識の死角をついた彼女の移動は、一瞬でメイウィンドの正面に立ち、その低い背丈のためメイウィンドを下から仰ぎ見る姿勢に俺たちから……見えた。
「――彼奴にどのような端役を充てた? 朴念仁か?
「ちょっ、なにこの子って!」
唐突な変化にメイウィンドも素が出たのか、公爵家令嬢相手にゃ不遜極まる態度で返すも当のアクラ様には些末な事らしく、別に咎める気配も無い。
と言うか……ちょっと……なんだ?
「のう、小娘。お前には彼奴がどう写る? いけ好かん〝針金男〟か? のう?」
その場の全員、アクラ様の変貌と覇気に呑まれ動けないまま、この妙な詰問は続く。
――そう、詰問だ。
アクラ様は別に声音を荒げることなく、普段通りの平常で平坦な言葉を紡ぎ、ただメイウィンドへと質問を投げるだけ。
ただ真っ正面から触れ合うような距離で対面し、淡々と行われる状況としてはもう……恐怖しか感じない異様さだ。
それは彼女が幾つもの例を――主に俺の存在意義を滅却する方向でのものを出しながら確認する行為に、顔面蒼白の絶句でしか対応できないメイウィンドの様子からもよく解る。
そして最後に――
「お主は、〝ウーく〟……、おや?」
「きゅう……」
最後には、圧に耐えきれなくなったメイウィンドの失神という形で、この一幕は閉じたのである。
「結局、なんだったんだろう。あの
本業を開始した親父様の代わり、再び商会のトップ代理としての書類相手に右手が腱鞘炎を起こす勢いの
結果としては、ウチの派閥のトップの令嬢がヤンチャした敵対派閥に直のお仕置きをしました……的な流れだったのだが。
それにしちゃあ、アクラバイツェという貴族令嬢の異質さが妙に何処かに引っ掛かるというか。
「まぁ、ガーネシアンの家もウチと同様、逸脱した個性を隠さないトンデモ貴族らしいって片鱗だったのかもしれないが……」
因みに、メイウィンドが動けなくなった半日の間、他の御令嬢方がこれ幸いと商会内のアトラクティヴスペースで遊んでいたのは世間にゃ晒せぬオフレコ案件となる。
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