23 遠き地で進む策謀
肩肘張らないで良い場所に着いたという意識は、知らず緊張していた気分を解してくれたのかドッと全身に疲労感として現われた。
例えるなら……何の問題も無いお得意先への営業外回りの予定が、途中から初見の来社案件が三件割り込まれ単身顔つなぎに行くアポと以降の折衝担当を押付けられた……な感じか。
成果とうま味はたっぷりと得たのだが、精神的な予習無しの内容ばかりでストレスの増大っぷりが胃潰瘍というやつだ。
「うーん、その中で良いストレス解消になったのが殺っても良い連中相手のハッチャケとか……俺もだいぶん、この世界の常識に染まったもんだなー」
乙女ゲームが土台の異世界なのは確信してるが、こうも殺伐系の常識がまかり通ってる権力社会には多少なりもの申したいとこもある。
まあ、それに何処か納得してる自分ってのも居るわけだけど。
荒事の時の痕跡は血飛沫やら臭いも含め、その時その時に浄化の魔術で消しているので帰還時に、商会の第三者な誰かに気づかれる心配は……まあ無いはずだ。
それでも親父様の待つ執務室に入り、軽く鼻をす〝すん〟と鳴らされた対応で見透かされたなあと悟ってしまう。
「で、どの程度まで追跡ができた?」
「はい、拠点の数は――」
はい、先ずは本題の報告からで――
当座の実行部隊の殲滅までは良かったが、敵拠点の窓口候補となるエチゴヤール商会に関してはやや問題が起きた。
表向きウチの下部組織な扱いなため、直の担当は親父様より兄上様で詳細情報が表向きのに偏り裏側の方の確認が手薄気味になったのだ。
「するとこの件は兄上の方にですか?」
「いや……ボルタルは今は動けんな。連絡を取り此方で対応するしかないだろう」
俺の方には、兄上は通常の商会の仕事としての遠征中としか聞いていない。
だがやっぱり、兄上の本業は親父様の指示で動く系の〝何か〟なわけだと、ようやく確信できたよ。
「その敵の潜伏地と思われる地域の情報はよく集めた。お前が同行し視察する件も請ける方向で進める。予定は番頭達に詰めさせるのでお前は待つだけで良い」
「はい」
「ただし、それも含め飛び込みの案件への対処は上爵の方が片づいてからだ」
「はい」
うん、まあ解ってる流れだよな。
「加えてだ、今日の〝あのバカ〟から来た連絡で上爵に伴い我が領の一部転封の案件を放られた。そちらの対応も並行して考えにゃならなくなった」
「はい……はい?」
いや、それは解らない話の流れだ。
いやいや、まぁ、〝バカ〟呼ばわりした相手がガーネシアン公爵家なのは通常運転として。
また暗に商談のアポ入れを演じてたのだから、そこで何か情報交換はするんだろうなーくらいの想定はしてたのだけども。
「転封……ですか?」
「そうだ。 ったく、あのクズは何処からこちらの情報を仕入れたのやら」
ええっとー……と言うか、親父様の言葉の方向性が解らない……というか、何やら不穏な方向への想像が膨らむというか?
「ウザイン、まだ確定した話ではないから可能性の大きい程度のものとして聞いておけ。今年はだ、例の馬鹿げた〝戦争ごっこ〟の時期を待たずに領周辺の状況が動く予定になっている」
「……………………」
戦争ごっこと称する話の相手は、ウチの家に関しちゃ一つしかない。
万年情勢不安で制御不能の暴徒の根城、――隣国だ。
今日も散々、その関係者と思しき連中と遊んだので、正直もうお腹イッパイな相手でもある。
「転封の予定地は、もし状況が動けば地理的価値が激増するだろうと予測される場所になる。ウチが伯爵となれば管理する土地が増えても何の問題も無い。その土地が本来の領地より飛び地となる無茶振り以外にはな――」
あー……うん。
そこからはまあ、親父様も想像半分の内容を絡む話となる。
元々だ、ナリキンバーグの領地は穀倉地帯として有能ではあるが地理的には辺境で、常に隣国からの侵攻先となる危険を孕む土地でもあった。
またウチと隣接する領地も、おなじ危険をもつ土地柄で、実利も無いのに毎年の如く責めてくる隣国の相手で財政を疲弊される事に辟易していた。
ただ問題は、このお隣さんの領地は財政補填の術がウチほど十分じゃなかったということと、今日俺が確認したような、姑息系の地下工作への対応もやりきれていなかったというトラブルを抱えてたこと。
そしてまぁ、早い話。
近く財政破綻する道以外に選択肢が無くなってたらしいのだ。
俺の聞くお隣さんの評判は、質実剛健でウチみたいな悪評も立てず、立派に国の防波堤を成すトコ……な感じだったのだが、どうにも実態は違っていたらしい。
「隣国が実質、国の体裁を無くし弱体化したのが裏目に出たものらしいな」
支配統治の上下関係がはっきりしてれば把握できたかもしれない情報。
つまり、各派閥が独自に行う地下工作が分散し過ぎて小さなトコは見逃さざるをえなかった、というやつだ。
商会に化けたゲリラ組織のようなもんが、俺が見つけた物の他にも沢山この国のアチコチに散って、連中自体も全容を把握せずに勝手に動いていた。
その一部が、お隣の領地の経済面で見事に成果を出していた……的な感じだったらしい。
「で、その領地がウチに転封される、と?」
「まあ、明け透けに言えばそうなる」
飛び地の表現も理解した。
隣の領地と言いつつも正確には隣接はしてないし。間には〝魔物の森〟が存在し移動には森の外縁部を迂回し行くしか手段がないのだ。しかもその森の外縁部、国の遙かに内縁域まで行った挙げ句に、また別の貴族の領地を跨いでという行程だったはずだ。
「……確か、片道に一週間でしたっけ? 直線距離にしたら二日掛からないとか誰かに聞いた気はしますけど」
「獣道すら無い直線距離に意味は無いな。森の探索に秀でたベテラン冒険者ならば、一応四日で踏破できるという報告は読んでいる」
「えっと、人跡未踏じゃない分は良い話なんですかね?」
「むしろ王都を挟み早馬を使ったルートの方が安全だがな」
――うん、確かに飛び地だ。
と言うか、もう隣の領地とか呼べないレベルの隔たり(物理)だなー。
で、やっと本題。
ウチが兄上様を通じて隣国に工作を仕掛けているのは、まぁ俺も一部は知るところ。
どうやらその結果が近く表面化するらしい。
ただお隣の領地の財政破綻はそれと関係無く起こるもので、もし放置、もしくは王都直轄としたとしても、かなり荒れた状況になる可能性が大きいらしい。
最悪はその状況を利用され、隣国の勢力の一部の避難先として使われること。
その防衛用として、伯爵となり合法的に保持戦力を増やせるウチが、その戦力の一部を常駐させれば……ということらしい。
「増やすって言っても、数百から数千って兵員がポンと湧くんですか?」
「湧くわけなかろう。 だがな、あのバカはそういう無茶を平気で放ってくるバカなんだ」
なんつーか、もう完全に上役を尊ぶって態度をかなぐり捨ててる親父様である。
「内々に通達された実動要員は二百だな。元々、地元に根付く騎士の一派なので頭が挿げ変わっても防衛任務には忠実だろう――」
――が、問題は兵員の不足分を補っていた地元の有志勢なのだとか。
自警団やら冒険者やら。建前は義勇兵気取りの連中なんだが、いわゆる〝ボランティア活動の優越感〟というやつで、立場に意識が天狗と化して、強者気取りの体の良いヤクザなクズに成り下がってる者も多いのだとか。
「もしくは、隣国の勢力が偽装し潜り込んで?」
「その可能性はもちろんある」
普段は地元の士気を下げるよう行動し、いざ有事となったら裏切り勢力として活動するなパターンは、想像するのも容易い潜伏ゲリラのテンプレだ。
「実際の侵攻が起きなければ表面化する問題でも無し、それはそれで保留もできる話なので今は良い。問題は、例えウチが管理したとしても事実上独立した二軍を将来的に維持しなきゃならんことだ」
「……あーうん、そういや、ウチは指揮官不足が深刻でしたっけ」
良くも悪くも、ウチの支配体制は親父様のカリスマ一本で保っている。地元に詰めてる騎士団長や指揮官も居るには居るが、ぶっちゃけ全員、親父様のイエスマンな中間管理職なので自己采配で軍を動かすには不安の多い人材なのだ。
で、そんな団長クラスが、ウチでは立派な専業軍人なのである。
「領民やら何やら、忠誠心が高いのは良いのだが、隣に並ぶ参謀レベルの閣僚がおらん。致命的にな」
まあ、俺の立場だと我が家の実態は知らんのが正解なので……そこは突っ込む事はしないが……そっかあ、有能な間諜機関はあっても表の軍事要員が足りない問題は深刻なのだなと理解した。
「とりあえず、上爵に合わせ新たに使える人材を調達するか……または魔の森の新たなルートを広げ隣との距離を縮めるかの二案を模索することとする」
「………………え?」
どっちも無理じゃね? と思う態度が反射的に出てしまったら即効で叱られた。
考え直してみると、確かにどっちも必須に近い案件なのだ。早急には無理でも将来的には無いと困るだけの問題だし。
けどやっぱり思う。
無理じゃね?
少なくとも、急ぎの案件で進める流れじゃ。
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