21 ピキピキ💢

 事後処理をチマチマと長引かせるのは作戦行動としては愚かでしかない。推定から確定になった転移拠点も、簡易的な調査だが機能は確認できたので適切な処置をしたら速やかな撤収となる。


「魔法陣を解析してみたが、どうやら転移の起点が此処のようだ。記述の記録は取れたし、完全に破壊する方向でも問題は無いぞ」

「ではそのように取り計らいます」


 因みに、転移拠点は宿屋に偽装した建物であった。

 中に居た連中は身形は様々だがマップの反応で視れば偽装潜入員だと丸わかり。問答無用で手近な一人を斬り倒した途端に態度も豹変したんで、後は気楽な処理作業で済んだ次第。

 その様子を客観的に思い返すと、ゲームの頃の雑魚戦に似過ぎていたのが今更に微妙な気分を誘発させている。


「……化粧等で外見を誤魔化していますが、特徴は生粋の隣国系人種のようです」

「そりゃ重畳。少なくとも現地の思想汚染活動の心配はしないで済むか」


 そんな感想を言ったものの本心としては半分くらいの心情だな。

 少なくともエチゴヤール商会の商圏に入る地方は確認しないと安心できない。


「現地視察の予定を組んだのはその確認もしやすいか……不幸中の幸いかな。下手すりゃ一部地方で大量蒸発事件とかな方向かもだが」


 我ながら鬼畜な発想だけど、正直王都の近くに敵性勢力の拠点なんぞ置きたくないので此処は冷徹な思考でいきたい。


 そうそう、冷徹と言えばだ。


「近くにあるもう一つの不審なとこ、詳細は確認とれてるか?」

「不審人物を直視での確認はとれておりません。施設が神殿系の孤児院である事、外に出たものたちが年端もいかない子供のみといった所から、今回の件とは無関係の敵対者と判断しております」

「あー……神殿かぁ」


 フラウシアの保護から始まった都合で、うちと神殿勢力とは実に微妙な関係を築いている。総じて清貧の姿勢を取ってた勢力に金銭的な優劣を憶えさせちゃったからなぁ。現在進行形でその差を埋める手筈は進めてるが、まだ全ての神殿に行き渡ってるとは言えないのが実情だしなー。

 たぶん、俺への悪感情が反応してるなら、まだハブり中のとこなんだろう。


「その孤児院、何処の信仰のか解るか?」

「海竜神殿パリヒでございます」


 ビンゴだった。

 社会的な立場からすると一貴族でしかないナリキンバーグから神殿へアプローチをかける条件が実に面倒臭い。それでも、聖女と縁故があるのはその面倒さを大分と軽くしてくれる。つまりフラウシア、ライレーネ、リースベルの三神殿には生臭い商売の話も敷居を低く持って行けたというわけだ。

 ――が、その他の神殿はねぇ……。一応話自体は通してあるし、受け入れの方向でもあるんだが……何処にでも居る“石頭”派閥の反発のせいか具体的な進展には到ってないのだ。


 特に海竜神殿はなぁ。コッパー王国が内陸国家なせいか庶民レベルでも接点が薄いし、なんかエルフを筆頭とした亜人系の守護神なせいで、人間が多い王国じゃ活動実績も少ないんだよな。


 しかもトドメとばかりに、俺個人としてもそのエルフの聖女との関係が微妙だ。

 未だに把握しきれてないが、彼女の前世に関係する親友二人との経緯もあって良い印象が無いしな。


「そして聖女、メイウィンド・ゼフォレストの在住を当該地に確認しております」

「えっ、それマジか」

「はい。此処を制圧中に入った情報です。おおよそ十分前に孤児院へ入りました。何が目的での訪問か、また中で何をしているかは未確認です」

「えー……」


 エルフ聖女のメイウィンド。

 確か前世の名前は…フカモリ・サツキだったか。

 ツララの前世にあたる人物の友人で、JK。やはり前世はJK校…もとい女子校の教師だったとかなルミナエラの知る生徒だったと記憶している。

 ツララからはもう少し容赦の無い裏事情も聞いているが…俺の印象としては典型的なアゲアゲ系(死語)の知人にしたくない部類の人間だった。


 好きな男に形振り構わず全力でアピールする姿勢はまぁ、一歩譲って感心すらできるんだが、その逆の相手となったら平然とセクハラの冤罪かぶせて社会的に殺しに来るヤバさには辟易だ。

 近寄るだけで致命傷になりかねない危険物なら、可能な限り遠ざけたい。

 俺にとってのメイウィンドとは、そんな評価のヤバい奴なのだ。


「あの女はヒースクラフトといい線行ってるはずだよな。なんでこんなスラム近くの神殿に?」


 始まったばかりとは言え、今は夏期休暇期間である。

 王族はじめ高位貴族に属す者等はイベントの必要性もあって避暑地に行ってて王都から去ってるはずである。

 その筆頭キャラのヒースクラフトをラブく落とそうと頑張り中のメイウィンドが、何故ここ王都にという疑問がつきない。


「ヒースクラフトは王族として旦那様の上爵の儀に出られるため、予定を変え王都に待機中となっております」

「あーなるほど、ここでもガーネシアン公爵家に振り回された被害者がいたと」


 我が家の被害者とは言いたくない。

 親父様の心情を察すると、どうしてもそんな気分になってしまう。


「つまり、ヒースクラフトとの予定がポシャったせいで暇になったメイウィンドが、自分とこの神殿関係な孤児院に何かしらの理由で訪問している……ってとこか」

「おそらくは」

「て事は、こっちの面倒事とは無縁と考えて良いのかなぁ」

「それでもウザイン様に悪意ある集団の根城という懸念は残りますが?」

「でも孤児院なんだろう? しかも聖女が通うくらいにマトモそうな」


 正直メイウィンドには近寄りたくない。

 が、自分で言っててなんだけど、そこまで安全そうな場所ならとっとと確認する程度の手間くらいかけて事実を確認した方が良いか思い直した。


「ここの片付けが済んだら遠目に確認くらいはしとくか」

「痕跡の浄化はもう間もなく終わります」


 結局五分も掛からず撤収完了となり、その足のままの寄り道となる。

 人目を避けるルートを選び路地をクネクネと曲がりまくっての行程は、直線距離にして10分足らずの移動に倍以上をかけて到着。

 するとそこは、神殿自体は鐘を吊す尖塔のみの青空祭壇で広めの敷地の大半をボロの孤児院で占められた、まるで田舎の学校のような場所になっていた。


「海竜神殿パリヒ・王都分神殿の一つでございます」

「まぁ、分神殿扱いの孤児院なわけだな」


 現実と同じように、この世界でも信仰関連の施設には色々な減税処置がある。

 実在する神様との関係がある施設である。ある意味、罰当たり回避の切実な忖度の結果がその減税という生臭さ。

 その生臭さは神殿側も活用したいとこでもあって、孤児院のような散財必須のとこを減税対象にし経費節減に頑張っている形が、こうした“分神殿扱い”の方便なわけだ。


「んー……別に貧困極まれりって雰囲気でもないな」


 ラノベ定番の飢えに苦しむような寂れっぷりの様子は無い。古びて傷みはあるが三階建ての建物自体は充分に現役に見える。

 中に居るマップの反応は約30人。その全員が孤児ってわけじゃないだろう。一応は神官が管理してんだろうし。その内一名がメイウィンドとして――


「――悪意が濃い反応が一つ。たぶん、これがメイウィンドかな?」


 ここの神殿関係者で俺を特定する悪意となると、そんな想像が真っ先に出るのが悲しい。

 とはいえ、ルミナエラやツララとの関係で悪感情ばかり膨らませてるだろうなメイウィンドが相手だと根拠が無いわけじゃないのが辛い。


 反応からして居る位置は一階。窓の多い大部屋のところらしいので、外から覗き見るくらいは可能っぽい。

 そうして近づけば、そこそこ隙間のあるボロさのせいか中の声が微かに外にも漏れ聞こえていて――


『――こうして姑息な詐欺商売のバレたウザラインはルミー聖女に“おぼえていろー”と負け犬丸出しの捨てゼリフを言って逃げていきました!

 ルミー聖女は“ハッハッハーッ、ザマァミロー”と大笑いで見送ります。

 さぁ、皆も一緒にぃっ』

『『ザマーミロォー! ハッハッハー!!』』


 幼児なガキ共を相手に、悪意満載の冤罪創作紙芝居な現場を嬉々として演じるメイウィンドを確認してしまった俺である。


 一瞬の思考的空白。

 低俗極まりない扇動活動に理解の及ぶ意識。

 この場に満ちる悪意の正体。

 “ビキリ”と俺のこめかみに引き攣り浮かぶ青筋血管の怒りマーク。


「こんのっ、クソメス万年発情エロフがぁーーーっ」


 思わず、反射的に窓を蹴破り乱入した俺は悪くない。

 そこは断言できるぞ。絶対。




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