20 ストレス発散

 さて、今更だけどエチゴヤール商会の扱いにやや悩む。

 時代劇のように悪徳商人の根城に乗り込み皆殺し、で一件落着なら楽なのだが……それなりに法の整備が成り立ってるこの世界では、残念ながら通じてくれない。

 いや、ちょっと詳細を混ぜて言い直すなら、物の白黒を左右できる高位貴族ならば可能な事だが、それ未満の下級貴族では不可能という意味だと言う事。


 因みに、現状子爵のうちには当然のように無理な話だし、伯爵に上爵しても王都じゃあまり効果は無い。

 もちろん、表向きの立場ではそうというだけで、“暗部”の領域となるとまた別の話にはなるけど。


 今回はまぁ、こんな正式なアポつきで対面してる以上、この場で豚とその根城をどうこうって展開はナリキンバーグ家にマイナスな要因しか生まないはずだ。


 そんなわけで、動くにしてもそれはもう少し後の話。


 ただ現時点で俺と接点の無い連中は知らん。

 転移魔法陣があるだろうな拠点の近くにはメイド隊が配置済み。ここから動く連中との連絡らしき内容は余さず記録している……はずだ。


 俺の意識はマップ越しにその状況の方に反れていて、目の前の豚……もとい会頭との会話も上の空になっていて、建前とはいえ商談の場で迂闊な失敗を一つ。

 明確な時期こそ決めなかったが、エチゴヤール商会の商隊に付き添い地方の販路を確認、それに見合う新たな商材の検討……な口約束をしてしまった。

 ぶっちゃけ、敵の手の内に飛び込む宣言である。普通なら愚か者確定の大失敗だ。


 ただ、こうも思ってしまった。

 その状況って、ある意味最高の誘い受けじゃね? ――と。


 しかもだ。聞けばエチゴヤール商会のまわる地方ってのは遠くても片道四日が良いとこの近郊でしかない。販路は複数あるので毎日のように頻繁に商隊が動いているが、逆に言えば此方の都合で組める予定ってのも好都合。

 もっとも、最初から罠としての話なら好都合か不都合かも関係無いんだが……むしろ人目の無い状況で襲ってくれると言うなら俺としては大歓迎の部類になる。


 ……あー、でも、予定がまた増えるのは不都合かなぁ。


 そんなわけでエチゴヤール商会を辞する。

 時間はまだ昼前。少し早いが商会に帰る事無く近場の適当な店に入る。馬車も返し気ままに街中を彷徨く印象で。これは一応偽装行為ってやつだ。貴族のボンボンが気まぐれで我が儘を言い出し、予定に無い行動をしてますなポーズのつもりだ。

 入った店は庶民や下級貴族が常連っぽい宝飾店だが、扱う物が物なので個室で長々と時間を使っても周りへの違和感は無い。


 因みに、此処はうちの暗部の詰める隠れ家の一つらしく、普段は顧客層から世間の情報を集めることに使っているらしい。


「さて、情報はどの程度集まっている?」

「さして有益なものは余り。ただ昨日の暗殺失敗は番頭主導のものらしく、会頭は現地物件の責任者といった役割で本質的には部外者だった模様です」

「なるほど。けどそれであの悪意の持ちようとなると……あの店自体が隣国の出先機関と考えといた方がいいのかな」

「おそらくは」


 コッパー王国と隣国の関係を簡単に言えば、うちの国を悪意の捌け口にしたい欲望に溺れたストーカー民族だ。

 その行動に営利の概念が無いと言わないが、たぶん、あったとしても二次的な部分。呆れた事だが〈ローズマリーの聖女〉ではゲーム上の倒すべき敵国としてしか存在しないのだ……少なくとも、俺が知る範疇のゲーム展開としてだが、歴史上の行動はそれを忠実に体現してるとしか思えない。


 もう少しフレーバーな部分を付け加えると……確か背後の大国(名称不確定)とやらの手先扱いのテロ集団だったんだっけか。国政はおろか経済的にも崩壊していて、支援先である大国の都合で動く使い捨ての武装組織としてしか存在しない。戦闘時の演出では正気を無くした狂信者にしか見えない徹底ぶりでだ。


 ただ、そんな部分を思い出しながらこちらの歴史に宛てて背景を調べてみれば、一応はその怨嗟の由来となった歴史もあったのだと解る。乙女ゲームの設定が現実化した際のご都合主義の補正なんだろうが、それ故に意識改革も無理そうな状況と思えて頭が痛いとこでもあった。


 例えるなら遺伝子に刻まれ本能と化したレベルの悪意である。

 交渉や妥協といった対処の無理な問題となれば……後はもう、本気で絶滅させ禍根を無くすくらいしか解決法も思いつかんし。


 と言うか、そう推測した時点で俺の中の答えはもう決まっている。ウィルスと抗体の戦いみたいなもんだ。本物の進化の果てにそう宿命づけられた生命も実際に存在したし、フィクションが元の世界なら下手に心を痛めるだけ馬鹿馬鹿しい問題なんだし。

 ついでに言えば親父様や兄貴様なんかは、とうの昔にその決断をして今も着々と躊躇い無く行動にも移してるのだし。


「着替えたら俺も監視と処分に加わるぞ。そろそろ受けから攻めの姿勢も経験しときたいし」

「了解しました」


 悪意をぶつけられて仕方無く応戦する。そんな意識は一度二度なら気力も保つが、延々と続けられるとどうしても萎える。と言うよりもイライラ感のストレスが増える。しかも原因は解決不可能と解った上での状況でだ。

 正直、自分の精神の健全性が歪まされるのを自覚できるくらいに不愉快だった。ならば対応は即応戦で気持ちの発散をした方が良い。

 世界の悪役の立場とはいえ、今まではなんだかんだと受けのスタイルばっかりだったし。フラウの癒やしで誤魔化し続けるのも将来的に精神がヤバい感じな予感もあるし。

 そろそろ、ガス抜きをしといた方が良いだろうと思う。


「人から受けた悪意の鬱憤を魔物に八つ当たりってのも不健全だしなぁ。チャンスがあるなら逃さず使わないと」


 着替えた姿は何時かの冒険者の恰好だ。この辺の市街なら別に違和感の無い服装で、しかも多少荒事で汚れようと黙認されやすい。

 俺と似たような恰好に化けたメイド隊二名が共役となり、少人数パーティが街中を行く雰囲気を醸している。

 隠し扉で行き来できる店の隣の酒場の裏口から外に出て、気配を消しつつ目的の方向へ。

 その付近の裏路地には既にメイド隊によって排除されたエチゴヤール商会の者、また昨日の暗殺部隊と似た雰囲気の連中が数人捕らえられ、意識を奪い寝かされていた。

 マップにあった反応からは確実に数が合わない人数だが……そこはまぁ、追求しない方がいい話だろう。


「こちらの判断ですが、多少は事情に明るそうな者達を選び確保致しました」


 はい、つまりその他は……ですね。わかります。


「尋問は此処でするわけにもいかんから、コイツらは別邸の地下牢に運ぶように」

「承りました」

「推定・転移拠点はこのまま潰す。待機している連中……8人か、ソイツらは基本始末して良い。ただし現場には俺も入り、確保したい奴が居たら都度指示を入れる」

「了解しました。即死は避けるよう行動致します」

「ああ、重要度は“命を大事に”だ。無理して生かそうとは考えないでいい」

「そこはご心配なく」

「はいはい、と言うか俺の相手まで横取りはしないように」

「………………」


 なんで不満そうな空気を返すやら?

 うちのメイド達がそんなバトルジャンキー気質だったとは思ってなかったんだがなぁ。


 味方の確保済みな移動ルートを伝い目的地へ到着。

 相変わらず意味不明な悪意の反応が満ちてる場所で、それでも周囲の不穏な状況は察しているのか、やや怯えの気配がマップには現われない感覚で感じれた。


 その後はまぁ、準備と余裕のアドバンテージを持った此方が不覚を取る理由も無く、殲滅と制圧は滞りなく終わった次第。


 詳細も特に語るほどのものも無し。

 ただまぁ、多少は俺のストレス発散になったかなな部分が、今日この日の備考と言えるとこだろか?





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