17 調査と観察
帰還先は予定を変更し別邸にとなった。
転移する暗殺者の調査は早急にしときたいし、しかし転移先のマーカーになりかねない“物体”を容易に他の者の居る前で晒したくなかったからだ。
特に商会。今あそこには親父様が隠れているし、フラウやライレーネだって居るのだから俺にとっての最重要拠点とも言える。情報漏洩しかねない未確認の物体を持ったまま帰るとか、先ず有り得ない条件なわけだ。
ついでに言えば、実験動物の収容場所や調査設備も別邸の方が充実してるし。
本邸の方は親父様の帰還報告を伏せてる都合で、家令一同未だにてんやわんやの騒動中。
先触れ無く帰ったので報告だけは必要と玄関から召使いに言伝をしたのだが……数日見なかっただけで珍妙な衣装や小道具がまた増えていた。
それ本当に上爵に関係のある道具類なんかい? と問いただしたいが、したらしたで時間を取られそうなんで無視することにした。
人気を無くしてたはずの別邸には当たり前のようにメイドの一人が待機し、俺が望む準備の大半が済んでいる。特に指示する事も無く地下室への先導がなされ、軽く三階分は下った先の地下牢まで蝋燭の明かりが灯され済みの行程だった。
「現状、屋敷に近づく敵性反応は無い。アイテムボックスに収納してるから感知されてないだけかもだから、出した後に変化があれば指示を出す」
「了解しました。いつも通り解剖の準備は終わっていますが、他には何か?」
「タトゥーの素材を知りたいから試薬があれば助かるな」
この世界のタトゥー、入れ墨の類は余さず魔術の効果を持つ。
ゲーム的な解釈をするなら〈アクセサリ枠の装備品〉の意味になる。
〈ローズマリーの聖女〉に登場するのは聖女の学生時代であるADVな恋愛パートが終わり、STGな戦争パートになってからと記憶している。確かモブの兵士ユニットの強化手段の一つであり、基礎性能の数値を1か2程度上げるくらいの効果だったと思う。
しかしこの世界じゃ真っ当じゃない庶民や野盗の悪目立ち要素としては普通に見ていたな……と今更ながらに思い出した。
今まではファッションなんかなぁと解釈してたが、今回こうも露骨に未知の魔術の構成要素として知った以上、その詳細は知っときたいと思っている。
「考えてみりゃ入れ墨の歴史は前世でも原始的な魔術が元ネタだもんな。なんでこの世界じゃ無意味な要素と思い込んでたのやら」
特に〈トライバル〉の系統だ。
石器時代のアフリカ系民族の他、赤道域に暮らす海洋系民族を祖に広まり、ハワイ経由で欧米系の文化にも浸透したトライバル系の入れ墨には、身体に彫った動物の加護を得るという信仰要素が付随する。
イルカやサメのタトゥーを彫れば、海の事故で溺れ死なない。豹のならば大地を野獣のように素早く走れる…といった迷信紛いの験担ぎだ。
ゲーム的な基礎性能の上昇――身体強化と解釈するには都合の良いものになる。
「魔法陣を描くためのインクが魔素を含む素材を原料にした組成ってのは習ったんだ。それがタトゥーでも同じなら死体に魔力が残ってる理由の推測も立てれるし、影響の危険性も予想できる」
その危険性がまぁ、死体を出した途端に新たな暗殺者を湧かすかもってのが問題と言えば問題なんだが。
「取りあえず襲撃時の死角を補うためのアルミラージを配置します」
「心配半分だけど、解った」
プイプイプイプイと鳴きながら数体のアルミラージが室内に散る。アルミラージ共は妙にシンクロした動きで耳や頭を揺らしてるのもあって、俺を中心に注目包囲する配置で、その中でメイドを脇に侍らせ死体を観察する俺といった絵面はなんてカルト? と問いたくなる危険な情景にしか視えなかったり。
……気を強く持とう。うん。
メイドの心配はもっともなのだが、俺の中では襲われた時の妙な条件が引っ掛かっているのでそう心配はしていない。
……例えば転移先に視線が通ってないと無理……とかな。
解析を地下深くの場所でやろうと決めたのも、一応はその対応も含めてだからだ。
「じゃ、先ず一体目を出すぞ」
献体を乗せる台は使い古しも含めて五つはある。そのうちの一つ、部屋の中央にあるものへと寝かせるようアイテムボックスから取り出した。
途端に先程も感じていた魔力の気配が室内に広がる。気配自体は弱々しくて、感じれたからと言っても……やはりそれ以上の操作や魔力の流れの逆探知は無理そうだ。
他には――――
「――ん、外部の反応が変化した感じも無いな」
とりあえず襲撃の呼び水にはならなかったらしい。
「警戒を続けます」
「任せる」
油断しないメイドとアルミラージをそのままに、俺は調査始める。
捕獲時は全身を漠然としか見なかったタトゥーの詳細を観察。あの室内に置かれた魔法陣との類似性や連動性を推測含みで詳細に記録していく。
互いに転移魔術の中継マーカーとして連結してるだろうの推測部分は、タトゥーの表皮の部位を大きく切除したり再び嵌め込んで配置したりで確信。やはり発信器と受信機の関係性を思わせる反応の記録が取れた。
「うん、今回は複数のサンプルが一度に多く得られたせいで解析が楽だったなぁ」
「ですが警戒は続けます」
「あーはい、任せる任せる」
調査で得た結論として。自分的には現時点での転移による再襲撃の心配は無いと見ている。暗殺の手段としては最悪の要素だが、やはり実用のための制約も大きそうなものだったからだ。
「最低限、俺という暗殺対象を視認できてなかった場合は最接近な位置までの転移は不可能。それは俺を相手にした場合は致命的な欠点だと思うぞ」
最初の襲撃時には完全な不意打ちと感じたが、調べてみれば転移時には特殊な魔力の動きがあると今は知った。ならば次回はもっと早くの対応も取れる。
「転移魔術とは言うが、いわゆる瞬間移動と言うほど素早い機能は無いと思うし」
当時の戦闘の流れを記憶から掘り起こしての認識もそんなもん。
マップに出ていた反応の変化から、転移の工程自体は頭から終わりまでで3秒くらいのラグがある。戦闘時、身近にそんな長い変化の兆しがあれば反応できない方がおかしい。だから俺も初見での対応も取れたんだし。
……まぁ、そもそもマップにより周囲一帯を俯瞰で見通せる視点があるのがチートなんだが。
「確かに乱戦の最中にやられたら危険なやつだが、その辺りの対処はお前達の奮闘に任せるしかないだろうしなぁ」
「はい、お任せください」
なんだかんだ10年近く護衛を任せているメイド隊である。その間に一度も危険な襲撃騒ぎが無かったとは言わんし。
またその仕事が完璧だったとも言えないけれど、何時も最悪の結果には到ってないのは揺るがない事実である。
さらに言えばアルミラージによる遠距離迎撃手段を得た今、うちのメイド隊が守る範囲に負けの要素が欠片も見えない鉄壁さになる。絵面としてはウサギのマスコット付きのメイドという緊張感の欠片も無いとこがまた凶暴。
「……ただし、街中に居ると要らんくらい子供が集まって収集が付かなくなるのは問題だがなー……」
スラム暮らしで性根の曲がりきったガキ共となると野良が染みついた猫同然に警戒してくるが、逆に物心つききらない庶民の子等となると警戒心も無く近寄って来るのが珠に傷だ。魔物とはいえ手乗りのウサギといった見た目のカワイイ補正の恐ろしさよ。
その後に、不用意に貴族へと近寄る我が子の無鉄砲さに戦く親御さんらの狂乱ぶりが連鎖で続くのがテンプレの流れである。
中には俺がナリキンバーグ家と気づく親も居て、世間の風評を鵜呑みにしてるか否かでその発狂ぶりの変化もある。我が子の無礼とうちの悪評が彼等の脳内でどんな化学変化を起こすのやら、大概は街中での絶叫つきな土下座謝罪となってさらにうちの世間体を下げる要因になるのが実に悲しい。
「……と、ついつい意識が自虐の方向に。隙あれば湧く鬱ネタに困らないのも問題だな」
その後は暗殺者の生体としての機能を確認したりもして、次の時の対応のデータ取りである。結果は敵としては想定内の強さの範疇。つまり人間を相手の戦闘って意識で問題無しだ。
ファンタジー世界の住人って、人のナリして中身はゴリラって場合も通常運転な時あるしなぁ。
剣術も含め、俺の習得してる体術は対人戦闘寄りなので非常に助かる要素である。逆に言うとそれが通じない相手にはチート任せのブッパになりかねないので、都市内での戦闘は未だに面倒と感じてるのが実情。
良い例が今日の倉庫のやつだ。
あの時にまとめてチート対応でもしようものなら……たぶん、倉庫ごと大崩壊とかの惨事になったろうしなぁ……
咄嗟に自重した結果がアレだったけど、まぁ、自己採点で一応は及第点だったんじゃあ、なかろうか?
その辺の力加減は日々精進の途中ということなんだが……そっち方面の修練に時間の取れない現実が悲しい……と、また自虐モードだ。気をつけよう。
そうそう、倉庫と言えばだ。
「倉庫での件は、今取ったデータも含めた対処内容を今夜中に親父様へ報告を入れといてくれ」
「了解です」
地味に生死がかかるお仕事のホウレンソウは大事だよねっと、メイドに指示を入れておく。
気づけば調査に結構な時間を使ったのか、時刻はもうすぐ真夜中の域である。
残念、晩飯を食い損ねたか。召使い等は用意してたんだろうし申しわけないなあ。
「夜食用に作り直しおりますので、就寝前ですが軽く取られますか?」
「おう、気がつくな。まだ二時間くらいは溜まってる用事に使うつもりだし、頼む」
「承りました」
自室に戻り夜食のサンドイッチを摘まみながらの雑用をチラホラ。
今日は随分と濃い一日だったが、明日からの状況を想像すると、とりあえずは静かに終われたのかな? とも思う気がする。
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