18 第2ラウンド

 翌朝、昨日の騒動など無かったような穏やかな目覚めを迎え、これまた優雅な朝食を終えて、商会代表代理としての出勤し笑顔満開で傍らに寄ってくるフラウに癒やされる様をライレーネにやや呆れ顔で蔑まれる様子は……まぁ、ここ最近の俺のルーティーンみたいなもんなんで周囲に違和感は与えなかったと思う。

 ――が、既に執務室で書類と部下を相手に鬼気迫る空気を纏って執務中の親父様と体面してからは話が別になる。


「――すると、お前が動けば即応する程度には監視の目が生きている状況というわけか」

「悪意や敵対の反応も無く行われましたから、何も知らない情報屋を間に挟んだ監視と思われます」

「……ふむ。うちの暗部が動いたとしても王都内の全域を把握することは不可能か」


 僅か数日とは言え、親父様が極秘で安全に使える時間を維持するのは大変そうである。


「加えて事前対処の不可能な暗殺集団の確認も取れましたので、我々の身近に可能な限り迅速な対応が取れる防衛人員を置きたいと思います」

「……ふむ……“人員”、か?」

「ぷい」


 執務机の上にチョコンと居座る角付きウサギ。黒毛の八割れ模様の毛並みは重厚な造りの机と案外合ってる感じの個体アルミラージだ。


「視界はほぼ360度の全周囲ですし、机の片隅にでも置いておけば周囲の異変には即迎撃しますんで」

「ぷい!」


 デモンストレーションのつもりなのか、鳴き声と共に“パン”と一発。射線の先にある、商会詰めの侍女が今朝頑張って生けただろう花の花瓶が盛大に弾けて実績を示した。

 ……この際、花瓶の価格には深く突っ込まない方が貴族的なんだろうなぁ。前世で言う九谷焼に似たバカ高いやつっぽいとこも気にせずに。

 花瓶との距離は単純に言って部屋の端から端までだ。つまりは、暗殺者が室内にいきなり湧いても瞬殺できるって意味でもある。


「……報告は聞いていたが、ウザインの使い魔の有用性は桁外れだな」

「現時点においての街道防衛の要でもございます」

「ああ、そっちの話もあったな」


 昨日はタップリとあった親父様の覇気がやや薄れる気配。

 確かチャカの眷属と言うか、俺との使い魔契約の範疇となる同類が何百体と街道周辺に配備され、巣穴に潜む駐屯部隊のように森林部から来る魔物の排除に役立っているらしい。

 その街道を早馬で駆けてきた親父さまである。たぶん、何か思い当たる実例が脳裏でデジャヴったりしたんだろうなぁ。


「王都内は衛士が五月蠅いので末端までの配備は叶いませんでしたが、重要度の高い人物にはゴリ押しでアルミラージを着けております」


 アルミラージは魔物なので人の領域に置くのを為政側が嫌がるのはさもありなん。使い魔登録は済んでるので問題が無いのは確実なのだが、さすがに個人で数百体をって状態が他人に不安を思わせるのは理解ができる。

 うん、多頭飼いは大変だ。


「で、当面の防犯は…昨日の件から違和感無く変更できます。状況からうちが報復行動に出ることも相手が不審に思うことじゃないでしょう。その陣頭を表向き現地最高責任者の俺がする事も含めて」

「うむ、問題無い。此方は順当に裏の活動を主にする。……ああ、ガーネシアン公爵家への忖度は要らん。今日、都合良く向こうの家にうちの番頭が商談へ呼ばれている」


 要するに、不自然じゃ無い用事を置いてやるから情報を共有しやがれって事なわけだ。


「俺の上爵を良く思わん連中は多すぎて絞れる宛ても無いのが実情だ。実情なのだが……さすがに王都内での暗殺実行は短慮が過ぎる。貴族みうちの行動と見るには不自然さが目立つ。追跡には先入観を捨てて当たれ」

「了解です」


 昨日の魔法陣から先を追跡したメイド隊から怪しい候補地の連絡は起き抜けに貰っている。商業地区と暗黒街紛いのスラム地区に六カ所だ。今度は逃亡者が逃げ込むような証拠も無いので、踏み込む時は此方が不審者になる。だから遠くからの監視に留め、状況の進行は俺の指示待ちといった感じだ。


「では開始時間は未定ですけど、状況開始したらメイド伝いにお知らせします」

「うむ、解った」


 ミーティングが終わったんで軽く事務の仕事の偽装の後に、昨日と同様の外回りの準備だ。途中でフラウ達とも時間を取り、一応ライレーネにも今日は外出を避けるように言っておく。


わたくしを見ると貴方に言伝を頼もうとする輩が未だに絶ちませんし、引き籠もっている方が楽ですわ」

「そりゃそうか。ふむ、でも夏季期間まるまるってのもなぁ。確約は無理だけど、帰省ができるようならうちの領地に一緒に来るか? 何も無い田舎だけど、付きまとう五月蠅い連中だけは居なくなるぞ」

「それも良いですわね」


 因みにフラウシアの同行は最初から決まっている。

 現状、時間的に帰省が可能かは解らないが代わりの予定は組んでいない。言い方は悪いが彼女は俺を除けば神珠液製造でうちの商会の最重要機密になる。その機密の度合いも担当者の増員で日毎に薄れては行ってるが、製造数では俺に次いでのものなので重要性はまだまだ健在だ。

 実際、今はその仕事でこの場を離れてもいる。休みに入ってからは大体午前中は神珠液製造の仕事の時間だ。俺へのベッタリな時間が減るのにも順当に慣れて行ってる感じで、そこが少し嬉しいやら寂しいやら。


 さて外出。

 幸い、目的地の方向にうちとの取引先もあったので、名目はそことの商談だ。アポは取り済み。現状勝ち組の筆頭なうちから話を振れば、アポの優先度も筆頭だった流れらしい。


「エチゴヤール商会は我が商会を通じ穀類の地方販路を持つ所でございます。見返りはその販路より得られる地元限定の工芸・装飾物など。後は世間話にかこつけた地方の情勢情報になります」

「ふーん、要するにうちの外部諜報機関な扱いか。向こうにその自覚は無さそうだけど」

「そうした手段で販路の傾向を知るのは、商会ならば当然のことでございますね」


 まぁね。ただうちの場合、潜伏してるだろう潜在的な敵対勢力の尻尾探しでもあるのがミソか。

 極論、芸術系の流行りはそれまでの流行と乖離しているほどに目立つ形で伝わる。例えば、コッパー王国とは無縁の地方の装飾品が突然湧き出るが如く流行った場合は、その地方に何処かの外国の勢力の活動の気配があると推測する手掛かりになるわけだ。

 正規の流行の展開じゃ、普通は交易の盛んな都市部で流行ったものが時差をもって地方に散る。つまりその逆の流れでの流行ってのは、それだけで不自然な要素を含む……何か異質の潜伏者を臭わせるものなのだ。


「それ以前に“エチゴヤール”なんて気になる名前って」

「気になりますか?」

「いや、個人的に感じる“あざとさ”って言うか……なぁ」

「はあ?」


 はい、異世界あるあると言うか、乙女ゲーム由来の設定の適当さと言うか……そんな感じのやつである。

 いやまぁ、そもそもエチゴヤの発音で悪徳商人に繋げる俺の思考も偏ってるんだけどね。


「もっとも、探知には直接関係ないから問題無いだろうけど」


 エチゴヤール商会に行くのは、件のアジトと目す場所をマップ内に収めるための方便に過ぎない。別に訪問しなくても探知範囲には届くようになるので、予定の場所に敵性反応さえ確認できれば突入目標は確定である――


 ――と?


「どうやら最初から想定外だ」

「はい」

「訪問先に敵性反応。どうやら悪徳商人っぽい名前が立派にフラグだったらしい」





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