16 痕跡

 別口の監視を窺いつつの馬車移動。その問題も無く、件の貴族邸近くへと到着したのは陽も落ちて周囲が夕闇に染まり始めた頃の事。


「大体の職人たちは帰ったようだな」

「代わりに警備の者がやや増えております。巡回路の確認が終わり次第、潜入と致します」

「ん、任せた」


 貴族街ということで魔道具としての街灯も整備され、周囲が真の闇となることはない。しかし夜通し職人が働けるくらいに明るいかと言えば、それも無い。商人が管理するならコスパは普通に考えるだろうし、この世界の夜間照明は俺の知る現代インフラに比べれば天井知らずの高コストとなるからだ。

 結果、まぁ、仕事は日中までという流れが普通になる。そして表向き、住人も居らず改装中のこの邸宅に明かりを灯す必要も無い。


「準備が整いました。ウザイン様、こちらへ」

「了解」


 分刻みで闇が濃くなる中、メイドの先導で警備の手薄な場所を行くのに苦労は無かった。

 しかも隠し部屋はしばらくは使う予定の無い厨房に近い辺りになる。潜入開始から五分も掛からず目的地だ。死んだ暗殺者が醸す僅かな異臭はあったが、そちらは俺がアイテムボックスに回収すれば収まるだろう。


「小麦満載の大戸棚が無音で軽く動く隠し扉か。結構本格的な設備だなぁ」


 しかも棚が奥へとスウィングするタイプである。これだと部屋の足下に埃の痕跡も残りにくい。出入りする者の靴が泥塗れでもないかぎり、隠し部屋の露見はほぼ起きないと思われた。


 ――で、現場である。


「ああ、なるほど。こういうタイプの魔法陣か」


〈ローズマリーの聖女〉は中世時代の西洋文化を元にした世界設定を基本にしている。

 ファンタジーの定番として、“東の島国”とか称して日本を思わせる異文化が登場したりもするが、基本は地元の文化によって社会が回っている。

 特に言語はね、ご都合謝儀な面もあるのか、統一言語ってわけでもないのに、どんな外国人でも普通にこの国の言葉を喋るから。


「魔法陣って言うより八卦陣に近いやつだな……いや、魔法陣って意味ならこっちの方が源流なんかなぁ」


 予め言っとくと以下に語るネタのソース元は奥さん由来のファンタジー系のものになる。俺もオタク系の知識が皆無とは言わないが……ゲームの設定は作品の特色として受け取るタイプで、わざわざその設定の裏を掘り下げるような濃い方向には素人なのだ。


 ――ってことで。

 西洋で魔法陣といえば悪魔召喚に使うやつ的なネタになるが、それはいわゆるゲーム解釈が入った創作に近いものになる。

 もちろん“魔法陣”といった手法は西洋でも古来から描かれてはいるが、現代のそれとは全くの別物。派手派手しい謎文字や幾何学模様をって装飾塗れの部分が、当時のフィクションをさらにフィクション化させた演出なのだ。

 その源流に近いだろうってものが、いわゆる鬼門遁甲の類。日本で言えば陰陽師が有名な系統の魔術で、原形は魔法陣って言うより祭壇に近い構成が基本になる。


 確か……西洋の召喚ってのは降霊術的なやつなんだよな。

 もっと俗に言うと、異世界を通話先にしたテレビ電話な感じか。

 別の世界の住人にお悩み相談をして有り難い助言を貰う。またはチートな知識を伝授してもらう。そんな感じの内容である。


 対して東洋の召喚となると、これは素直を異界の住人を此方に連れてくる行為に近い。

 東洋系の異界や異世界の概念って、基本、何処かで地続きの外国って感じだからな。有名所は“黄泉の世界”。死者とすら然るべき場所でなら再会が果たせるといった認識だ。鬼や幽鬼と呼ぶ存在が当時の死者の隠語だったってのも結構メジャーな話だし、それが中東を経て西洋に流行った魔術の概念としての作品が、いわゆる“ファウストとメフィスト”だ――なんて説もあるらしい。

 ……あくまで、諸説ある話の一つってやつらしいがな。


 つまり、ようするに。

 現代魔法陣の原形は八卦陣に近いもので、此処に置かれたものがその実例の一つだろうっていうことになる。


 いやま、夫婦の会話としてはどうなんだって話だが、結果的に大分鍛えられたからなぁ。

 じゃないとデートが成り立たん時もあるし、下手な対応でヘソ曲げられると後が大変だっし。


 その無駄知識を参考にすると、この魔法陣は八卦陣の原形にマヤ語っぽい正方形の中に色々と意味を詰め込んだ表語文字の集合体で装飾されている。アルファベットを言語の基本にしてるこの世界じゃ、文字として認識されるかも怪しい代物だ。

 ……が、それにも増して、だ――――


「――なんとなく転移魔術の仕掛けが解ったかな」

「さすがはウザイン様です」


 いや褒められる事かな、これは?


 ここでメイド等に始末された暗殺者はパンツいっちょの半裸姿で、その全身に特異なタトゥーを彫り込んでるのが一目で解る。

 しかもその意匠は、この魔法陣と同質のものだ。ついでに言えば、死体であるのに未だに魔法陣との魔力的な接続が続いてる。


「半分は偶然だったが、俺が最初に口から出た想像が正解だったっぽいな。この暗殺者らはスポッター兼用の実行部隊なんだと思う」


 要するに爆弾抱えた特攻ドローン野郎様だ。


 そもそもドローンとは何ぞやって話なんだが、それは“とある国”がとある時代に敵地へと侵攻し地元都市の市街地戦でのゲリラ戦で大被害を被ったことに端を発する。

 ただでさえ土地勘の無いアウェーで、そこをホームにする連中との戦闘である。侵攻側の兵士が大被害を出すのはやる前から解っていた事で、しかもその前にやったベトナ……もう一つの似たような戦争でも実例はウンザリするくらいに出してもいた。

 で、その最初の対処法が兵士同士を直でぶつけない遠方射撃。または空爆といったものだ。しかし当時は観測能力が未熟で誤射も多く、標的を外れ敵国とはいえ民間人への虐殺となった作戦が頻発する。これがまぁ、日頃為政者に不満を持つ連中には恰好の弄りネタになり、世論の一部は人道とか正義の味方のなれる欲望に忠実になって為政者を口撃。理不尽そのものの戦争行為に、“味方にも敵にも最小限の被害でもって最効率の戦果をあげろ”という更なる理不尽が追加されたわけだ。


 その後、空爆路線は継続で誤射を減らすための試行錯誤が繰り返される。

 初期は狙撃のスポッターになぞらえて、発信器を持った潜入偵察員が空爆現場に乗り込み正確な位置を射撃員に送るように。

 だが、それすら兵士を使い捨てにする気か的な正義の民衆の非難を受けて、ようやく機械化した偵察用の機材であるドローンの原形の登場だ。

 敵勢力は狭い路地の交差する市街地に、しかも地元住民を肉の盾の人質同然に潜伏している。場合によっちゃ地下道を掘っての隠密行動もあり、目標を確認できても爆撃までのタイムロスであっさりと逃げられ、結果的に誤射扱いな時もある。

 その難題をクリアするため、極論、敵兵の頭上スレスレに待機し直撃寸前まで爆撃地点を通知し続ける機能が求められた。


 初期モデルは中々に凄かったらしいな。

 ヘリのようにホバリングし小回りが可能で、遮蔽の多い場所でも発信が途絶えないよう高出力の誘導発信器を内蔵し、また容易に迎撃され壊れないような頑丈さも必要とされた。そんな機能を詰め込んだ結果が、空中浮遊するドラム缶である。

 もっと描写の正確性を上げるなら、ドラム缶のような外観のジェットエンジンかな。当時も今も、誰もが思うだろう紛う方無きSF感が満載の未来兵器である。

 噓か本当か、自機が攻撃を受けて壊れないよう反撃用の機銃まで内蔵してたなんて話もある。もうそれで兵士の代わりに戦争しろよって感じだが、このサイズで数十分しか飛べないとなれば……まぁ、早々に戦場から消えたのもさもありなんな話。

 しかもバカ高い。使い捨て前提の兵器としては費用対効果で欠陥品同然の性能だったらしい。


 結局この戦争での実用化はならず、潜入兵士部隊が可能な限り近寄ってレーザー誘導機を爆撃地点に照射することで精密爆撃の成果となる。

 しかしその後のドローンの改良と変化は続けられ、一応の完成形は民間用のオモチャにも反映された知名度の高いものになる。最初期は億までいった価格が数百万までコストダウンしたのだから……成功の部類の兵器なんじゃないかな?


 ――さて、やや脱線した感じの内容だが、この暗殺者たちはその実用化されたドローン運用に似た超遠距離攻撃の機能を、この魔法陣にて再現していた。


 俺の暗殺を指示した元凶はこの魔法陣の先の、何処とも知れない遠方に居る。

 この魔法陣はリモコンの中継ポイントのようなもんで、さらに暗殺者たちの身体のタトゥーも、同じ機能を持つ魔法紋とでも呼ぶような代物なのだ。互いは通信のようにリンクしていて、暗殺目標の盗聴や転移の正確な位置をリアルタイムに確認できる。

 コストの面までは想像できないが、実行地点に現場判断ができる兵を直接送り込めるのは大きな利点であるだろう。


「実行部隊の人間が意識を共有した自我持ちなのか、単に遠隔操作可能な傀儡なのかは現物の解析をしないと何とも言えんかな」


 因みに、いくら俺がチート能力持ちとは言っても今まで語った内容は推測半分のものになる。

 と言うか、魔法陣に記された絵文字同然の部分を見ての想像だな。抽象的な解釈しかできんけど、何処か記号的な……単純なプログラムの集合っぽい内容なんで、想像の方向性が見て取れる感じなんだ。


「とりあえず、この大本の魔法陣は破壊しとく。死体を回収してもその先で新たな暗殺者が跳んでこられたら困るからな」

「了解です」


 また魔法陣で大変に目立つ、魔力で繋がってるだろうな方向へはメイド隊の誰かを送り調査するよう指示しておく。


 いやまぁ、この魔法陣が記号的って言ったようにだ。どちらの方向へと魔力で繋がってるかはちょっと見れば当たりがつくんだ。

 なんせ、そっち方向へと解りやい矢印が記してあるし。


「電波の通信は全方向だけど、この魔力の通信は見てくれは無線でも機能としては有線なんだろうな」


 例えるなら龍脈とかな感じで地下に魔力の流れがある的な?

 ただ方向は解っても距離は解らない。魔法陣という形で加工してあるため、魔力としては微量の濃さで俺の探知にも引っ掛かってくれない。

 その先が終点なのか、また別の中継点なのかも今はまだ謎になる。


「とりあえず、此処みたいに怪しい施設にぶち当たると想定して調査してくれ」

「承りました」


 魔法陣の怪しいとこを剣の切っ先で削れば、案の定魔力の接続の気配は消えた。

 原形は残すが、念の為他の部分も削って簡単に復帰はできないようにもしておく。

 土台となる床を物理的に壊して魔法陣の機能を止めるのは、魔道具作成の授業で習った小ネタになる。欠けた部分を補修し魔法陣を書き直したとしても、その補修素材が元の物と違う場合は元通りの機能は発揮されないんだそうだ。

 そういった経年劣化を前提とした魔法陣を描く想像力が、良い魔道具制作者になるための注意点とか何とか。


 うん、精密器機を作るにしても、些細な負荷で出る歪みのせいで数時間しか機能しない構造とか欠陥以前の話だろうしな。




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