15 追走準備

 空が赤く染まる頃合い。倉庫内の雑務が終わりを向かえ、後は夜番の警戒と細々した荷の整理のみが仕事となったあたりにメイドより報告が届く。


「暗殺者共の潜伏地の詳細が判明しました」

「うん、報告を」


 場所はプライドだけ高めの下級貴族が見栄を張って居座る貴族街区画の端の端。

 悪意満載の表現どおりに、本来なら自身の収入じゃ住めないようなとこに無理に住んでて、良くて10年、悪けりゃ数年で所有者が入れ替わること頻繁な地域として地味に有名なところになる。

 しかも最近はその入れ替わりも疎らな感じで空き家が目立つ。また金回りの良い商人や冒険者の利用も増えてきていて、住人の傾向も中々にカオスな感じであった。


 ……まぁ、ある意味胡散臭い連中が隠れ棲むのにも都合の良い場所だわな。


 雑多な人種が集まるのは庶民区域もだが、こちらは団地形式の集合住宅で間取りの狭い環境で寿司詰めに近い感じに人がいるから、結果的に相互監視も働いている。

 つまり、ポッと出の犯罪者っぽい連中が仕事をするには身バレの危険も高い地域ということだ。


 対して見つけた潜伏場所は、端っことはいっても一応は貴族街。庶民の通過や出入りには五月蠅いし、実は衛兵も通りの移動しかせず区画内の巡回の頻度も少ない。なんせ衛兵は王族に属す警備機関だ。貴族連中にしてみれば監視されてる気分が大きくてうざったいんだろう。敷地内には自前の警備を置くから今の周りの巡回を減らせといった要望が案外と多いのである。


 因みに、我がナリキンバーグ家もそのうちの一つ。

 ただ、気のせいじゃなく通り越しでも衛兵の監視してくる動きが面倒だという実情付きで。


「――で、その潜伏先は借金苦で夜逃げ貴族の空き家の一つ……というわけか」

「はい。一応管理は差し押さえ元の商家の管轄となっておりますが、この商家は過去幾度となくボルタル様と衝突しております」

「つまり俺を襲う動悸たっぷりの相手ってわけだ」


 ただ、ライバル商家が背後に居たとしても、暗殺実行ってとこには違和感もあるが。

 元からうちの家に対する周囲反応を見るつもりの囮のつもりで動いたけれど、せいぜいが監視や不穏な工作くらいと想定してたんだよな。

 さすがに王都の中での私怨が理由の抗争騒ぎは目立つだろうし、で。

 だがま、蓋を開けてみればアイドルの出待ちにスタンバってたストーカー張りの暑苦しい歓迎っぷりである。正直、王都の警備機関よ仕事しろと言いたいくらいに。


「うーん……居場所も知れたし、早速逆に襲おうかとも思ったが……なんか反応が変なんだよな」


 移動を終えた三つの反応なんだが、まるで到着後直ぐに寝たとばかりに動いていない。

 反応がある以上は生きてるんだろうし、敵対心を示す色の変化も特に無い。

 何と言うかこう、感情の揺らぎが無くて機械っぽいというか……人間らしさが薄い印象を感じてしまう。


「うぅん、転移能力持ちの暗殺者だし、心まで道具にって調整された感じのやつなんかなぁ」


 心を壊し道具と化した実行部隊の構成員なんて別に珍しくはない。

 ぶっちゃけ、過去の実験動物でもたくさん見ている。

 一番多かったのは……いわゆる“狂信者”の類だ。俺から見たら奇行でしかない行為も、当人には誇りある正義の行いといった意識に染まっていて、異常な行為でも実行するのに躊躇いが無い。交渉による妥協なんて選択肢ははなから無いし、場合によっちゃ会話すら成立しないんで、もう俺の中では人の姿をした野獣といった認識になっている。

 一応、理解が届く言葉は吐くので捕らえての情報収集の意味はあるんだが……それを意味の通じる形に解読するのが非常に面倒なのが面倒。本当に面倒ったらない。


「当事者ら以外に、現場に妙な動きはあるか?」

「敷地内は現在、建家の改装中でございます。建築筋の職人が大勢作業をしております。そのせいか、多少見知らぬ者が出入りしても不審に思われないようでございます」

「ふむ、それも偽装って線は……まぁ、薄いか」


 確かにマップには他にも複数の反応が雑多な動きをしているのが解る。

 そちらは俺への敵意の無い反応なんで変だと思ってたが、暗殺者らとは無関係の巻き添え要員ってことなら納得の状況だ。


「該当者の外見は通常の職人と変わりませんので、人気の無い隠し部屋へと移動するのも容易のようでした」

「つまり、連中はそこに住んでた貴族家や管理役の商家とは無関係って可能性も……ありか」

「隠し部屋までの移動のそつの無さから商家との繋がりか無いとは思えませんが、まだ確証と呼べるものは発見できておりません」


 うーむ、うちのメイドたちが仕事してのペースとも思えん言葉だ。

 大概の質問はその場で答えが返ってくるのに。


「隠し部屋が隔離されておりまして調査の目を送れないのです。気配では中から移動してはいないようですが、呼吸と鼓動以外、いわゆる生活音がしませんので情報が一切得られません」

「聞き耳のレベルがエゲツナイのはこの際置いとくとして。まさかマジに寝てるだけか?」

「回答しかねます」


 隠し部屋の大まかな広さを確認すると、貴族の私室としては平均的なものだろうとの事。

 大体10畳。ワンルームなサイズで、この広さならばそこが終点であろうがまた何処かへの中継点であろうが、どちらへの推測も立てれる感じだ。

 因みに、地下などへのルートの気配は無いらしい。

 だが連中は転移を使う。そこから一気に移動できないという確信も、これまた無いって話になる。


「――よし、静かに制圧だ」

「よろしいのですか?」

「捕り物をやって周りに露見させない形にな。生死は問わん……と言うか、たぶん生かして捕まえても無駄な気がする」


 魔術に関して自分規準で考えると、つい楽で便利なチート能力と認識しちゃうんだが、一般においては一撃必殺の最後の手段ってのが通常なんだな。

 ライター程度の火を出すならば何度もできるが、攻撃魔術としての火の玉なら日に三回が限界だってのが一般的ということ。


 で、恐らくは転移の魔術も似たようなものだ。

 でなきゃ今までの不自然な移動経路の理由にもならない。パッと行ってパッと帰ってくのが一番追跡を気にしないで良いはずなんだから。


 隠し部屋で寝ている?

 襲撃直後には不自然すぎる行動だが、魔力を使いすぎて休まざるをえなかったと仮定したら?

 むしろ時間を与えて回復させる方が悪手だろうな。


 ――と、そんな予想を立ててみた。


「妙な逃げ足持ってる連中の手駒はなるだけ早く、できれば根刮ぎ潰しときたい。極論、相手するのがその連中だけって言えるほど敵の少ない我が家じゃないしな。そして無力化したならその部屋から可能な限りの手掛かりを集めとけ」

「承りました」

「あとこちらの帰還は、そっちの処置が終わってからに合わせる。並行して面倒が重なったなんてなると、それも面倒だし」

「了解しました。潜入開始――制圧――確保完了いたしました」

「……早いな」


 相変わらず優秀ですね、メイド隊。


「周囲への露見はありません。対象三名は……申しわけございませんが自害されました」


 うーん、完璧とは行かんかったかぁ。

 やっぱり特攻ミサイル系の暗殺者だったんだな。


「ウザイン様、実行部隊より要請がお一つ」

「うん?」

「隠し部屋内に魔法陣型の未知の魔術の痕跡を発見。私共では解析できかねますので、確認されたく……」

「あー了解。想定内な感じの想定外ね」

「危険な状況とは存じますが正確なご報告をと」

「魔術関連で俺に話を振るんだ。よほど外道な系統のやつなんだろうな」


 この世界の通常の魔術の知識は、たぶん俺よりメイドの方が持っている。ただ俺がアレンジ系や創作系で身近な魔術を改造しまくる様子から、こういった流れでは俺に判断を振ってくるのだ。


 案の定、口頭での概要を貰うものの、魔法陣とは判別できてもそこまで。詳細はメイドの理解の外のものらしい。

 ただ面白いのは、その魔法陣と暗殺者がセットのように扱われてたような状況証拠だった。


「それじゃあ、帰る予定は変更。終了時間は未定だがそちらの確認を優先する」


 なんつーか、最初から囮のつもりではあったが笑えるくらいに荒事である。しかも予想外の域に踏み込むくらいに。

 もし俺の探知外にまだ監視者がいるとするなら、絶好の状況とか思ってんじゃないかな。

 それで親父様から注目を反らせるなら文句は無いんだが……イベントの盛りようとしたらあまり秀逸とは呼べない感じの展開って気がするよ。


「――と、一応、内密に親父様への連絡は欠かさんように。フランにも変な心配はさせるなよ」


 できる事なら晩飯までには帰りたい。

 その程度のお使いイベントを所望である。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る