五章:雑魚貴族、猛暑見舞いに駆ける余暇

01 蒼牙の令嬢

 トリシア学院も時を移ろい、三日後には夏期休暇期間、いわゆる夏休みの始まる時期となる。日本や外国、ファンタジー世界にある中世っぽい学校の夏休みとは少々設定の噛み合わない学院休暇期間の補足を入れると…

 休暇期間は基本的に二ヶ月間。ただし、対象者は貴族全般と王都に実家を持たない一部の平民学生だけとなる。これはまぁ…帰省への移動距離の問題だな。新幹線やエアバスで、数時間そこらで大陸の反対側まで行ける現代感覚ではいかん…というやつだ。

 特にお貴族様は、徒歩一時間か二時間の距離でも馬車を使うのが一般的だし……(一部貧…いや、節制貴族は例外)。


 遠い地域から来る平民も実態は似たようなもの。むしろ移動に関してはこちらの方がより切実かな。タイミング良く乗合馬車が使えりゃ良いが、ダメなら荷馬車への相乗りか徒歩しかないのだから。


 ま、そんなわけで。

 うちの実家を帰省距離を例にあげりゃ、移動に片道二週間、往復と考えりゃ一ヶ月は使うのだから、まとまった休みをと考えてそう長すぎると思う期間では無いのである。


 ……で、ついでに。

 あと三日で、領地持ちの貴族とのご縁が強制的に遠のくと知ってる連中の足掻きもスゴイ。二ヶ月間のブランクで自分の格付け印象がどう変わるかを恐れる気持ちは……まぁ、良くも歩くも同情レベルなので、暖かい気持ちで見てやれるというものである。

 ……上から目線が物凄くてキモい?

 いいじゃんか、ここ最近、激動の事実に精神的な疲れが溜まりがちなんだからってばよ。



「なぁ…ウザイン。だからって、なんで俺に引っ付いてんだ?」

「いいじゃないですかブレイクン先輩。何時かの救出活動の借りを返すとでも思っといてくださいよ」


 さて、今日も含めてここ一週間、学院は社交パーティ一色と言って良い。

 明日からは本格的な帰省準備も始まるため、ラストパーティな今日の熱気は特に物凄い。

 諸般の事情で俺の参加は前半壊滅だったのだが、そのまま後半もと思ってたら個人的な招待状がドッサリとですね……しかもうちの実家まで同行云々とか超のつく強引さで。

 大半は未来の金ヅルが目的と透けるんだが、中にはその伝手の強化用とばかりに縁談含みまであるという……。

 この雑魚な男相手にである。下位貴族の業は底が知れないというものだ。

 そんなわけで虫除けは必須。

 貴族とはいえバリバリに軍人気質なアーレス家は、良い意味でも悪い意味でも貸し借りをその場で決めて互いに順守させる覇気に満ちている。一方的なタカリ野郎はその場でお帰り下さいな状況なのだ。

 ……知的な交渉事となると、真っ先に浮かぶのはメルビアス先輩なんだけどなー…。だが彼の場合、対価の選定に遙か未来の“あるかもしれない対価”まで計算に入れるので、実はあまり適役とは言えんのである。


 ちなみに、ブレイクン先輩の損得勘定の真否眼は貴族社会の御令嬢方の立場も範疇に入る。加えると彼の貴族令嬢の価値基準は寄親となるリリィティア様なので……非常に厳しいと言わざるをえない。

 俺に近づく下位貴族の令嬢方が先輩の算定で尽く撃沈するのは想定内……だったんだが、あまりに容赦無い切り捨て方で彼女らの心を折りまくったのは…想定外だった。

 スマヌ。そこそこ己の容姿に自信を持ってたらしき、ケバかったり地味だったり眼鏡だったりした令嬢方よ。


 ……まぁ、結局は金目当ての時点で同情止まりなんだがな。



「――が、しかし。ここまで露骨に拒絶しても良いのか、ウザイン。あんな木っ端共でも将来を見れば良い縁となる者も居たろう?」

「んー、そこは否定せんのですがね。この時期に単身カミカゼ突貫戦法でってのがダメですよ。せめて、自分の実家丸ごとの意思ですって態度くらいだしてないと」

「下位貴族にそこまで要求するのも酷だろうに」

「個人の資質に期待するには逆に時期が浅すぎますって。学生初めて一年にも満たない子供が、誰もが認めるどんな才能を開花させるってんです」

「そこは確かに、否定できんなぁ」


 将来的に利害関係を結ぶとしても、最初は単なる友人から…という繋がりなら貴族だろうと平民だろうと自由にやればいい。

 だが、俺相手となると話が別だ。最初から金が溢れる財布が欲しいと近寄って来てマトモに相手ができるか、というのが本心だ。

 むしろ、“そうじゃない”と思える相手ならその態度が際立ってよく解る。……残念ながら、対象者はゼロだけどねぇ……。


「が、だ。もしかすると俺は、規格外を具現化したような化物の登場に立ち会う可能性があるわけか?」


 自分の立場を理解したらしいブレイクン先輩。

 ならばと当然あるかもしれない問題を口にする。


「……恐いこと言わんでください。そういうのってフラグな可能性あるんですから…」

「なんだ、その“ふらぐ”とは?」

「うわー。有りがちだけど面倒臭せーテンプレだぁ」


 乙女ゲームなんだから現代語の語彙くらいデフォにしといてほしいと願う。割とマジで。

 そのくせ“カミカゼ”とかの用語が普通に通じている理不尽。さすがは適当設定がまかり通る乙女ゲー設定の世界である。

 ……もっとも、そう設定したのは昔の俺でもあるんだが。


 とりあえず、フラグに関しては適当なそれっぽい内容で説明を入れておく。大概は締めで『ナリキンバーク領の方言なんス』で納得するから…そう手間ではない。

 ……だが、そこでフラグ発生とそれを折るという手間を惜しんでたのがマズかったかもしれない。


「そこなご両人、少しワシに時間を割いてもらってもよろしいか?」

「ん?」

「うむ……其方は……はっ!? あ、いや……貴女様が何故ここに!」

「知っているのかライデ……じゃなくてブレイクン先輩?」


 一人称が“ワシ”呼びな時点で個性が濃いのは決定。

 なにより、年寄り臭い物言いだが、掛けられた声は見事に高音質のソプラノで……もちろん、性別は女。少女特有のものである。

 そして視線を向ければ……青い色ガラスをそのまま細く伸ばし髪にしたと思わんばかりの透明感ある蒼髪を、しかもボリュームあり過ぎて無理矢理飾り紐で彩った感のあるポニテにした……ややツリ目の美少女が。

 ……いや美少女? か。声はともかく、肝心の口元は髪色と同じ色布の扇子で隠しているので確証するには情報不足だ。


「……ウザイン。むしろ何故お前が知らんのかと問いたいがな」

「さもありなん。実はこの男、王都に来ても一度とて我が家に挨拶にも来ん無作法者ぞ。であればブレイクン様、是非儂を、この殿方に紹介してくださらんかえ?」

「ぎ、御意に。

 いいかウザイン。この方は……お前の実家の寄親であるガーネシアン公爵家御令嬢、アクラバイツェ様にあらせられる」

「ええっ!」

「加えて……現王宮内においては王位継承…第四位になる御方だ」

「げげぇっ!?」

「ほほほ、予々かねがね聞いていたとおり、面白い反応をする寄り子よな。儂が紹介にあずかったとおり、アクラバイツェ・プアスティア・ガーネシアンである。今年でようやく12となった。であれば……貴様のことは“ウザインお兄様”と呼ぶことを望んでも良いだろうか、え?」


 そう言うとパチンと扇子を畳むアクラバイツェ。

 ようやくその美貌の御尊顔の全貌を見れたわけだが……現状、ニタリと形容するしかない表情では美少女性の減少は否めない。

 というか、なによりだ。エナメル質感半端ない真っ白な歯並び……もとい牙並びの獰猛さが美少女云々ってとこを駆逐してるのが……いやはやなんとも。



 ……そういやぁ、ロシア語で“鮫”の事を“アクーラ”とか発音したなぁ……とか、つい連想してしまう俺である。




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