10 天海の音色 (5)

 学院に入学。私は小さくは無い驚きの日々になる。

 様々な立場の…同年代の心の声は大人達が放つもの以上に大きく激しく、攻撃的だった。

 派閥? 勢力? 音色の表現ではまだ言葉の選択に悩む事が止まないが、学内の意識は大きく貴族と平民で偏っているのだけは理解できた。

 しかし派閥といった意味ではもう一つ、周りに認知され難いながらも存在するのが神殿出身の子供達。彼・彼女らの立ち位置は大変に微妙だ。出自で言えば才能優先なので平民が圧倒的に多い。だからその点で貴族派閥には疎まれる。対して平民勢力からすると、最初から強大な組織である神殿由来な“コネ付きの天才”と認識されていて敬遠される流れになる。

 そんな情報は淑女教育の一環として習ったものなのだが、いざ入学してみればそれが真実なのだと否応なく実感できてしまった形になった。


 とは言え、私の場合はさらに特殊だ。

 一応は神殿関係の肩書きで通う事になるが、それでも聖女の立場は公言しない方針が決まっているからだ。


『――ウザイン様との関係性を抜きにしましても、世に聖女が登場する事は世情が不安であるという民間伝承を広く思い出させる事に繋がります――』


 メイドさんから厳しく言われた注意の言葉だ。

 過去の聖女の伝説は、どれも戦争や騒乱が付いて回る時代で語られる。

 そこから“聖女が現われたらもうすぐ世界が大変な事になる”と心を飛躍させる人も出るんだそうだ。

 しかも聞けば、他の神殿からは私以外に聖女が何人も出ているそうだし、私も含め全員の事が露見すれば世間が大きく荒れるというは私でも簡単に想像できた。

 そんな時に聞こえる誰彼となく叫ぶ心の言葉の合唱は、幼い頃の周りの事を思い出すから嫌でしかない。

 幸い、私はウザイン様を盾に視線を遮り、空気のように過ごせるので安心だった。


 むしろ……常にあの人の庇護を身近に感じれる状況なので……より安心?


「――と、蕩けた意識に諫言をお一つ。入学時から予定されていたウザイン様近辺の事象が先程変遷致しました。

 どうやらウザイン様に貴女以外の聖女との遭遇率が爆盛り状態になった模様ですね」


 ……え? メイドさんの言葉がよく解らない?


「ウザイン様御自身は聖女他ある特定筋の人脈との接触を避ける方針のようですが、どうもその行動が露骨過ぎたようです。

 何かしらの作用によって、ほとんど無理矢理に近いシチュエーションでの遭遇も予想されます……例えば、あちらの御方とか」


 私は何時も、可能な限り、学内を歩く時はウザイン様の後に着いて行く。

 その私の後には必ずメイドさんが一人は付き従う。

 こういう時の私とメイドさんの会話は心でするのでウザイン様に聞かれる心配は無いのだけど、それでもメイドさんが視線で誘導する方向は不自然さが……あ、大丈夫かも。

 丁度、見上げるように指し示された辺りに色彩豊かな蝶が舞っていた。


 もちろん、メイドさんの言った対象が蝶でないのは解っている。

 問題の人物は舞う蝶がユラリと視線から反れた先の、校舎の窓の奥に居て此方を注目している御令嬢だった。


 えっとぉ……御令嬢?


 正直言って、私はまだ学校やら学生といった立場が何だか解っていない。

 出会った貴族もウザイン様とその御家族しか居ないのだ。学生として接した他の貴族の方々の“個性”と言うべき部分には疎いとしか言えなかった。


 それでも、たった今垣間見た人物を他の御令嬢方と一緒にして良いかは迷うような印象だった。


 直感から来る第一印象は……“獰猛”?


 もしかしたら貴族ではなく平民の女子かも……とは思ったものの直ぐに訂正。

 直視し難い荒ぶる表情だったけど、そこに粗野さは微塵も無い。

 ある意味尊大な態度を当然とする貴族らしさは、思い到ってみれば本当に貴族らしい印象なのだ。


 窓の向こうには既に彼女の姿は無い。

 私が一瞬、視線を交差させたのに気づいてその場から立ち去ったからだ。


 そして立ち去る時の横顔、その口元から、肉食獣の笑みをたたえ僅かに覗かせた牙の羅列に戦かされた。


 また今更に気づいた。

 私と彼女、お互いに相手を認めたのにも関わらず、当然のように届くだろう彼女の心の言葉が、欠片も此方に来なかったことに。


「やれやれ、ウザイン様の先行きには面倒事が尽きないご様子です」


 呆れるようなメイドさんの呟き。

 しかし私は、私の有り様を久方ぶりに否定されたような状況にただ驚く事しかできていない。


 立ち止まり固まった私に気づいたウザイン様が心配の意識いっぱいのご様子は嬉しいが……この日はその感情を上回る不安さが大きくて、すっかりと新しい生活の大変さを思い知った気持ちになっていた。


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