02 

「さて“お兄様”。儂が入学もしてない学院へ、わざわざ、来たのは他でもない。貴様の実家の上爵の件の連絡でございますわ」

「……は?」

「やはり聞かれてないようですね。我が父上の奏上にて、ナリキンバーク家は正式に伯爵位を賜うことになります。ついては三週間後、王宮にて陛下より拝爵の儀式への参列が命じられますから、まだ帰省前の今のうちに儂自ら伝えに来たのですよ。くくくく」

「……という建前で、また脱走してきましたな?」

「ブレイクン、失礼ですよ。ちゃんと正門を通ってきました」

「……怪我人は出されてませんよね?」

「………………」

「…………はぁ……」


 ……えーと、目が点になっている俺、ウザインでございます。


 どうやら知らぬ仲では無い様子のブレイクン先輩とアクラバイツェ様だが、その話の内容が一部……いや大体全部が物騒な感じである。


 そして彼等の会話の雰囲気への疑問の答えは……どうも二人は知己――幼馴染みといった間柄のようだった。

 現王家が王宮にのさばった時に、時の有力貴族の子息子女を派閥に関係無く一纏めにした時期があったらしい。その縁でこの二人を始め、現在の高位貴族の子供たちは、ある程度幼少期の繋がりがあると言うわけだ。


「アクラ様は独り立ちができるお歳になった途端に神出鬼没の権化と化してなぁ。我ら全員、日課のように何処かしらで後頭部にバックアタックを受けた経験があるものだ……」


 唯一対抗できたのは、同じく当時から体力お化けだったブレイクン先輩だけのようで、その流れでアクラバイツェ様の面倒見役の立場だったらしい。


 因みに、ブレイクン先輩が話す間に同列のメルビアス先輩、さらにリリィティア様を見かけたが、どちらもアクラバイツェ様の姿を見た途端に消えてくれたよ。

 ……どんだけ彼女が苦手なんだかという解りやすい例をアリガトウ。


 後の懸念はフラウたちとの遭遇なんだが……これは俺の方が早めに気づいたので問題無し。

 ……というかだね。

 メイドたちに誘導させフラウ、リースベル、ライレーネの三人は俺から離して一塊に警護してたんだ。悪い虫共のとばっちりからは一層隔離する気概でな。

 で、珍しくもライレーネが此方の様子にいち早く気づいて…で、アクラバイツェ様を見て解りやすい顔面蒼白硬直化。こりゃヤバいと、さらに無理クリ物理的な距離を取ったという顛末。

 末端貴族だったライレーネすらあの反応。どうやらアクラバイツェ様は貴族の分野の超危険物らしい。


「ブレイクン先輩、ファイトぉっ」

「言っとれ。明日からはお前も仲間だ」

「くくくくっ」


 どう考えても俺への連絡がついでだった脱走劇のようで、学院内に来たのも同年代に紛れて追手を撒くつもりなのが濃厚過ぎる。

 ただし、行き当たりばったりでもなく、この時期なら学生でなくとも学内に入るのに苦労は少ないと計算してる節もあったり。

 さすがは高位貴族でもトップ層の令嬢ということか……令嬢って意味で感心していいかは謎だが。


「ところでウザインよ。貴様、噂に聞くより随分と凡才寄りに小賢しいのう」

「……えーと、その噂とは?」

「故郷を紅蓮の炎で焼き尽くし――」

「やってませんて!」


 また古い風評被害を。

 もう9年前だというに、いまだにその手の話が消えてくれない。


「では殺った相手の首をコレクションする――」

「それもう、ただの狂人でしょうよ…」


 精神的に貧乏性だった頃の弊害がいまだに尾を引くぅぅ。

 賞金首だったんだから仕方無いんじゃ。……まぁ、数が多すぎて目立ったのは確かだけれども。


「他には…救国の聖女を囲う背教者。女の心を魔薬で犯す外道。邪神復活を画策した闇の司祭。ベストモフリスト・コンダクター……」

「……殆ど誹謗中傷な中身にマジ泣ける……というか、なんですか、最後の?」

「ぷい?」

「そう、それじゃ。そこのアルミラージの使役の様子であるよ」

「……あ」


 説明したくなくて説明しなかったが、社交の場での男の正装は仮装と同義である。

 本日の仮装は何処から文化流入して来たんだかと問いたくなる……頭部を膨大なターバンで彩る地域のやつだった。頭にその倍以上の膨らみを被ってる割に軽いのは中が中空のため。しかし何故か今日に限って、その空き空間にアルミラージ共が潜り込んでて頭部がモゾモゾと忙しい。

 そして時折、布地の隙間から顔をだしては鳴くのだ。“ぷいぷい”と。

 その一瞬だけは周囲の御令嬢方が微笑ましい反応を返すが、直ぐに俺自身にでは無いことを思い知らされて鬱になる。


 ちなみに、服装の方は黄色系のサリーを和装っぽくまとめたゆったり風味。

 こちらの隙間にもアルミラージが詰まっているのは当然?

 頭部以上に隙間が多く、連中が好き勝手に出入りしてるのは……もう見て見ぬ振りだ。

 それが近くのテーブル目的で、野菜スティックなどを確保する捕食行動なのは……もうアキラメタ。

 俺の衣装の中は結構な野菜クズで散々である。


「かねてよりその業界で覇を競うカシミジール子爵家とチンチラリズム男爵家を退けて躍進であるからなぁ。そのうち対戦状でも届くのではないか?」

「意味不明過ぎる説明で意味不明ですよ」


 聞く内容からどうやったら対戦が成立するかが意味不明。

 モフの度合いの基準を成す文化概要をプリーズ。

 ……というか別の理由でヤバいイントネーションの男爵家、よく改名指定を受けないな? 単に俺の感性が汚れてるとかじゃないはずだぞ、絶対。


 図らずもこの世界には珍妙な業界があるもんだと知れたが、ちっとも嬉しくは無い。

 むしろ知らんとこで妙な因縁が湧いてたのにウンザリである。


「知らず方々にケンカを売ってる事を自覚したようで何より。加えて我が家が寄親の責をもって鎮めてると理解してくれればより良しであるな」

「そこは…(リリィティア様)…も苦心されてるぞ」

「……う…。そりゃ申しわけなく」


 あー……まぁ……。俺自身、そういった有益な方のコネは大事にしましょうねの精神で動いてた事もあるので、しっかり機能してるとこには礼しか無い。

 ……が、ガーネシアン公爵家に関しては、なぁ……


「ああ、父上が貴様の父に妙に負い目があるようなので気にせんで良いと思うぞ。むしろ、今度の事でより軋轢が深まりそうで面白い」

「はい?」

「やはり知らんようだ。実は上爵の件、既に三度は投げちゃ蹴られる曰く付きな話だったようでな」

「え……ええぇー……」

「上手くすれば数週間後、伝説に聞く“竜虎の対決”の実物も拝めような期待がな。貴様も父の……いや知らんようだから、〈ガーネシアン冒険記〉でも読んで期待をしとくが良いぞ。くくくくっ」


 ……うわぁ……。

 なんというか、完全にプレデターな表情である。


 で、ガーネシアン冒険記というのは、現ガーネシアン当主が貴族位に還る前に世俗に降りてやっていた冒険者時代の色々を物語にしたためたものらしい。

 著者は現公爵その人。冊数はそれなりに発行したらしいが……なんか王宮の方で回収騒ぎもあったような……半分発禁物扱いらしい(ブレイクン先輩補足)


 ならば俺が知らんのも当然かと思う反面。

 何かと身内に秘密主義な親父様の真実の一端を見れるならと、ちょっと興味が湧いてしまったのも正直な気持ちだ。


 ……ふむ、ツララなら知ってるか探せるものかね?





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