02 戦の巫女 (2)

「……戦神聖女・リースベル。お待たせ致しました。これはお土産です。

 特異点・ウザイン・ナリキンバーグから私たちへの差し入れです。彼は急用でもう暫く戻れないらしいので」

「わーい! チョコバナナなのん!」

「私はジェノサイドパウダーソース・チップスを…パリっ」

「ぎゃうっ! 目が痛いのん!」

「おっと失念してました。このチップスを食す時はゴーグル着用でなければパリっと噛む毎に失明の恐れがあったのですね。

 リースベル、これをどうぞ」

「すっごく鼻水も出てきたのん…」

「そちらは都度鼻をかむことをお勧めします。下手に粘膜内に刺激物を溜めると重度の炎症の恐れもあります」


「……食べないって選択は、ないのん?」

「こんな美味を前に何故その選択を?」


「………………」


 さて、作業を再開しましょうか。

 リースベルが鼻を愚図るようになって、さらに口述の解読難度は上昇しましたが…誤差程度ですね。

 問題ありません。


 では二幕、巫女様爆誕の章…?

 まぁ、流しましょう。リースベルですし。

 気にしたら負けです。






 戦神神殿修練場は王都から西の地にある。本神殿のある西方山脈からは離れているが、歴史的にこの地域は戦乱が多く、またその戦乱に乗じた魔物の大発生も頻発する。実戦を実践的に行うには適した場所と修練場が置かれた。


 最初は基礎体力作り。

 足は遅いが持久力が物凄いライペドロンという魔物を鬼にしての鬼ごっこ。鼻先に角のある豚みたいな魔物で、馬より大きい体格なので鈍重に見えても一歩一歩の歩幅は大きい。

 子供相手なら尚更。ウチは全力で走って…それでも時々、お尻を角でつつかれた。

 ちなみにこの魔物は肉食。特に子供の柔らかい肉を好むので、本当に油断のならない相手である。


 ライペドロンとの追い駆けっこを半年続けて、ウチは三日駆けても平気な体力を身につけた。


 次は組手。大人相手の真剣での殺陣で回避の極意を極める。


 戦神の信仰は、戦いぬいて最後まで立ち残った者のが全てを塗り潰す正義を語れる…というもの。

 それは時に、悪逆が正義を騙る不実さも内包する。だからこそ戦神の信徒は、それら悪逆に最強の座を譲らぬよう鍛えぬく。

 鍛えぬいたその身で、弱くとも正しい者たちの盾として立ち続け、悪逆を斬る剣となるのだ。


 それはウチが強くなりたい動悸に合致する。

 あの強い王子より強くなり、彼の剣と盾となって彼の正しさを証明する。

 この地へと来たのは正に運命だったのかと思うウチだった。

 しかし、ウチの想像していない事がこの時起きた。


 殺陣の相手は普通の大人から“器神兵きしんへい”へと変わっていた。

 人と違い、器神兵は何日でも平気で戦い続けられる。彼等は魔力で動く死体、ゾンビなのだ。死後に戦神神殿へと奉納され、戦神の加護を持つ者に従い戦う不死の尖兵となる。

 また体内には魔物の毒となる聖水の筒もあり、屍肉を好む魔物を逆に即死させる力ももつ。

 修練場に来て一年。ウチはこの器神兵相手に一日を通して殺陣を続けられるようなっていた。その指導を決めたのはウチの教官。異常さにいち早く気づいたのも、教官だ。

 器神兵は体内に仕込んだ魔石の魔力か、一緒にいる神兵から魔力を得て動く。ウチの相手をする器神兵は、本来の魔力などとうに失くし、まだ神兵でもないウチの魔力で動いてたのだと、この時教官は知ったのだ。


 その日からウチの回りは目まぐるしく動く。


 先ずは戦神様との邂逅。

 西の山脈、本神殿に座す巨犬。神の受肉した姿という異形の魔力塊。

 おでこの白毛眉がちょっと可愛い黒毛の魔獣…。

 彼の神は言った。


『渦巻く流れが集う時も近かろう』


 頭の中に直接語られた。

 意味は解らない。たぶん人知のおよばない深い意味のある言葉とのこと。

 そう神殿の偉い人は言っていた。


『奔放の愛娘。…天衣無縫てんいむほう豪放磊落ごうほうらいらく烏鳥私情うちょうのしじょう…何れかなるかな…』


 神の言葉は難しい。

 がしかし、ウチは戦神様の魔力と繋がり、時に託宣を降ろされる資格を得た。託宣の内容も解らないから保留と溜め込んでたら、そのうち内容に具体性も出てきた。

 また一年が過ぎる頃には、ウチは巫女として立派にお役目を果たせるようになっていた。


 同じ時期にウチの故郷であった隣国が、とうとう内戦を起こす。

 そしてウチは、戦神様の託宣を請けた。

 隣国にて衝突する二つの勢力は、共に負けた方の戦力を捨て駒にこの国へ攻め込む連戦を画策し、華々しい勝利を妄想していた。

 その都合の良すぎる思惑が成功しないのは何時ものことだが、予定外のその争乱はこの国に小さくない被害を生むのは確実だった。

 託宣の内容は、その余り物の戦力の全滅だ。

 想定では五千前後の戦力を、ウチをはじめとした戦神神兵団一千で相手をしろという…無茶振りだった。


 でもウチは、戦神様の声を聞くようになってから知ったことがある。

 戦神様の言葉は無茶のように聞こえることばかりだが、案外、やってみれば大丈夫ということが多いのだ。

 故にウチは、この託宣も問題なしと戦場に立つのである。


 戦神信徒は戦う毎に新たな強さを得ることがある。それは時に何かと引き換えのあるもので、得たものが全て望んだものかとは限らないが…後々になって役立ったと思えることが多いから良いものなのだろう。

 ウチの場合は、暫く片目の視力を失った。

 攻め込んでくる敵勢力を山脈の谷底で迎え撃ち、会敵する総数に制限をかけ、数の有利を失くさせての遅滞戦闘。こちらの主力は器神兵三千。替えの効かない神兵一千を可能な限り温存し、あわよくば現地調達の器神兵も増やそうかという計画だった。


 想定外だったのは、向こうにネクロマンサーが一人隠れていたこと。


 こちらの器神兵を奪われることは無かったが、予定していた増兵より少なく、かつ向こうもゾンビ兵を使うことでこちらの有利性が低くなった。

 その隙を突かれての、ウチの負傷だった。


 しかし、失う機会は得る機会と背中合わせだという教えどおりに、ウチの流した血は器神兵の支配を揺るがない強さで補強するものだと、この時に知ることができた。

 ただの血飛沫一滴でネクロマンサーの支配を無効化。戦況をひっくり返すのには充分なものだった。

 また傷ついた眼は、より魔力の流れを視る力が強まった。大きい、小さい。濃い、薄い。それに加えて、どの魔力が誰の魔力かという違いも視てとれるようになる。


 そうなった瞬間、確かに視た…気がした。

 今は遠い、遠い地にいる王子の魔力を。

 ウチがこの地に逃げて来た元凶らの屍の上に立ち、まだこんなものじゃ彼に追い付けないと思い知らされながらも、いつか、あそこに。彼の傍らに立つための魔力の道を…視た気がした。



 それからは大きな戦いも無く、地味だけど大切な鍛練の日々が続いた。


 再びの転機は、聖女の選別。

 何処かの神殿で聖女が立ったが、全ての神殿が彼女を聖女と認めるには行かず、ならばと各神殿からそれぞれ聖女に相応しい者を出し、比べることになったらしい。

 戦神神殿からはウチが選ばれた。

 戦神様の託宣だったので、否応なしにの決定だった。


 戦いの無い王都に行くことで不満に思うが、代わりに珍しく美味しいものがあると言われ…渋々…しぶしぶ納得して行くことにする。


 平和過ぎて暇だ…という前情報は嘘っぱちだった。

 王都も中々に物騒で、特に剣で斬れば終いな仕事が少ないのがウチには厳しい。

 こんな難易度の大きい土地で暮らすのは…未知の鍛練に満ちていて新鮮だった。


 そして、ウザインの兄さんに出会い、他の聖女にも出会い、ウチの回りは急激に賑やかに、鮮やかに色づいていく。

 ただ楽しいと感じる毎日に疑念も湧くが、戦神様からは『楽しむがよい』と言われたので、心置きなく受け入れるとした。


 ただ…戦神様からは『然るべき時来るまでは──』とも言われているので、やがてこの時も終わりはあるのだろう。

 だからせめて、その時までは深く考えずに楽しもうと思う……






「…これで、終わりですか? 戦神聖女・リースベル」

「そろそろお昼、なのん」

「………、そうですか」


「ところで、貴女の中では彼との将来は決めてるのですね」

「彼…? 王子のことなん?」

「ええ。その呼称が正しいかはともかく。こうして再会も果たし──」

「何時かは王子の国に戻って、ご挨拶して、剣を捧げて彼の隣で戦士になることは諦めてないのんよ」


「──……え、は?」

「だから今は聖女のお役目を止めれないけど、終わったらちゃんと戦士になるのんよ」

「…………リースベル?

 一つ聞きますが、その王子様の御名前は?」

「王子は王子なん。変な事を聞くのん」

「……彼の王子の国とは?」

「さぁ? 戻る時は爺ちゃんに土地の名前を聞くんよ」

「…………………………」

「あ、爺ちゃんが逝ってたら父ちゃんに聞かないとなんね…って、ツララ、急にどうしたん?」

「…いえ、ちょっと頭痛が。まさか…そこまでとは…。

 聖女それぞれ、神獣由来の別系統システムで管理されるため情報の共有に限界がある弊害が…いえ、単純にリースベルがアホの子過ぎで…?」

「それは風評被害なん!」







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