間章:聖なる娘たち

01 戦の巫女 (1)

 最初の記憶は砂漠の暮らし。

 砂漠、と言っても砂の大地の世界では無い。

 山も丘も川の側さえ荒涼とした赤茶いろの世界。辛うじて岩と土の形を残し、少しでも触れればサラサラと崩れていく幻のような大地での暮らし。


 物心ついた頃には自分が旅をしているとは解らなかった。

 親に抱かれ、驢馬ロバに乗せられ、少しづつ自分の足で歩くようになり、オアシスと呼ぶのも憚られる水源を巡り続ける。

 家族と教えられた集団が、そうした根無し草の旅暮らしをするジプシーキャラバンだと知るのは、随分後になってから。


 ──その頃のウチは、ただ生きるためだけに生きる、そんなものだった。


 ウチの暮らす地は“隣国”と呼ばれる地域の端の一角。中央付近には“我こそはその地の支配者…”とか言っては暴れ、家族たちに害をなす。

 連中の武器の威力は絶大だった。

 剣も槍も、新品とはいかずとも鉄屑同然のものしか持たない家族たちには強力過ぎる牙だった。


 やがて…水場を求める旅は宛の無い逃避行に変わる。支配者たちが“同志”と呼ぶ奴隷兵に、ウチや家族たちを求めたからだ。

 祖父の話では、支配者らはそうした争いで自分等の権勢を示し、この地の中心にある皇都の主になるらしい。

 そこの主になったらからといって、何がどう変わるかは誰も知らない。しかし、“意地”と“見栄”が満たされれば、それで連中には充分なのだろうと祖父は語った。


 逃避の旅は、日ごとにとある方向へと偏ることになる。

 噂では支配者たちが大きく二分し、内戦、と呼ばれる争いを始めたらしい。

 そのための奴隷兵を両陣営が狩りだし始め、普段は来ない僻地にまで姿を表したのだ。

 家族たちは連中に知られてるかもしれない昔ながらの巡回ルートを行くのは止め、最後には“国を出る”選択をした。

 ただし、現実は厳しい。ウチらが国を出るには、険しく危険な道しか無いからだ。

 魔物とその王が巣食う北方の山脈、そこを越えなければならないからだ。

 山脈自体は西の端から安全に越えられる道はある。

 しかしそこは支配者達が陣取って使えない。ウチと家族らは東方から北方に続く山脈の勾配が緩いルートを使い、頂上の峰を行く。木はおろか草さえ生えず、陽の当たらぬ岩の窪みには何時までも溶けない氷が残る…祖父や父は天上の橋と呼ぶ道。

 登りきる途中、まだ森が残る辺りに比べれば魔物の姿も稀なのだが、迂闊に足を踏み外せば転落死しかない危険がある。

 そんな難所を数人の脱落者で越えれたのは幸運なのか、はたして……?


 山越えの先は別の国の版図、そして危険過ぎる魔物の巣食う樹海だった。

 この樹海は支配者連中も簡単には越えられないと聞く。実際、家族の被害は山越えよりも多い。偶然出会った別の家族達と共になれたことで生き残れたが、それでも魔物から逃げることしか選択肢は無かった。


 それが終わったのは…たくさんの戦士を連れた“王子”に出会って。

 彼は森を越えた先にある地の王の子。彼の戦士の言葉によると、樹海の魔物に困る民が居ると知り、救いの手を伸ばしたという。

 戦士達は強かった。家族が立ち向かえなかった魔物を容易く倒していった。

 聞けば、戦士として修練を積めば遠くない未来には誰でも戦士になれるという。

 ウチもなれるか? と戦士に聞けば、山を越え森を生き残れたなら大丈夫だと答えられた。


 戦士に助けられたウチたちは、王子の居る城で休むことを許された。

 王子に会えるかと思ったが、その城は戦士が戦うための仕度をする砦で、王子の住む地は森の遥か向こう。

 残念に思っていたら、数日後に王子が、新たな戦士を連れてこの砦に来ると伝えられた。


 家族からは”ダメだ”と言われた。

 でもウチは王子を近くで見たかった。

 砦で待てば会えるとは聞いたが、砦の高い壁の向こうに王子が来ても、その姿を見れるとはウチには思えなかったのだ。


 運良く魔物と出会わず、王子の居る戦士の行軍に出会えた。

 まだ王子の姿は見えない。

 戦士に見つかったらダメだと思い、隠れて着いていく。

 王子を見つけた!

 うちとそう変わらない年の子だった。

 ウチらとは人種? が違うせいか少し目付きが恐い。でも別に意地が悪いとか性根が腐ってるとかじゃないのは解った。

 王子なんだから偉いのに、戦士たちに親しげな態度だったから。

 まるでウチの家族たちのようだ。

 ウチは初めて、この旅の暮らしが良かったと思えた気がした。

 これからはあの王子と暮らせる。そう思ったから。


 王子は子供だけど強かった。

 魔術、と呼ばれる御業の使い手だった。

 ウチも母と同じで、魔の力を視れる目を持っている。その目が王子の力をウチに示した。

 一見、何も無い場所に視線を向ける王子。しかし彼から魔の力が伸び、その先の魔物に触れるだけで魔物が死ぬ。

 彼は子供でも、戦士たちの頂点に立つ人だった。


 砦に到着した後、王子の本当の力を視た。

 天を覆うような大きな魔の力を王子が放つ。

 呼び水のように別の魔の力が強まり、放たれた力の先に魔物の群れが居たと解った。


 王子は強い。

 今の私は、彼の家族にはなれても、ただ、養われるだけの子に過ぎないと思い知る。

 ウチの望みは、王子の戦士のとなり、彼の傍で戦い家族を守ること。

 王子からの恵みを頂き、食事が美味しいということと、美味しいは楽しいといことを知って、ウチは強くなると誓った。

 でなければ、王子の傍に居る資格がないのだから。


 樹海を抜け、これからは作物を育て、自分で食べるものを作るのが仕事だと言われる。

 ウチが戦士になりたいと願うと、祖父が古い知人を頼って戦神様の神殿へ行く段取りをつけてくれた。なんでも、祖父の祖父はこの地で戦神の戦士として戦い、死して後も戦う誓いを立てた程に勇猛だったらしい。

 家族と別れて暮らすことになるが迷うことは無かった。王子の暮らす地を離れることになるが、何時か戻るとウチは誓いを立てた。


 …しかし、その誓いを守ることが難しくなるとは思わなかった。


 何故なら、ウチはその後に巫女となり、聖女とも呼ばれることになってしまったから。

 でもウチは誓いを諦めない。

 例えどんな呼ばれ方をしても、ウチが自分に誓ったことは、王子の家族として、その傍らで戦うことなのだから。


 ────戦の巫女、リースベルの往く道・序文、その一幕を記す……

 ……

 ……

 ……

 ………………

「……一幕…序文…?

 戦神聖女・リースベル。

 もしかして、この口述筆記は…まだ続けるのですか?」

「もちろんっ、なのん!」

「…特異点・ウザイン・ナリキンバーグが御不浄で席を外したタイミングで現れたと思ったら…。

 こういった自伝の類は、通常自身の手で書くことが意味あるものと存じます」

「ウチが書くと誰も解らない暗号になるん。ウチも読めないくらいに完璧!」

「それはもう、文章ですらありませんね」

「だから図書館の“ヌシ”に頼むのん。ウザ兄さんが読み物ネタならツララがベスト言ったのね」


「……彼の推薦ですか…なら無下にはできませんか…」

「最初はウザ兄さんに頼んだけど、1ページ行かないうちに匙投げられたのん!」


「…………成る程。

 確かにリースベルの謎言語を解読しつつの記述は難易度が高いのは認めます…

 その上で彼からの丸投げ…いえ推薦ですか…

 申し訳ありませんがリースベル。私も少し席を外します。直ぐに戻りますから御安心を。

 そこの貴女。貴女メイドに聞きます。私の探し人へと案内を頼みます。事は迅速に済ませたいので。はい」

「承りました。ご案内致します」







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