28 収束からの放散へ (1)

「特異点・ウザイン・ナリキンバーグ。

 トリシアが手記として遺したものの主題は、これで大体に…なりますね」

「………………あー……ぅ……」


 自分の周囲が元の図書館の館内である…と自覚する…俺。

 意識内にツララの言葉が流れ始めてから幻視の連続だ。

 今まで何度かブツ切れの記憶として視ていたものがようやく、全容まとまった形になったのは良い。

 俺がウザインのモデルであった宇佐美博の記憶を持ちつつも、あまり彼の個人的な記憶に乏しい理由も……何となくは理解した。


 宇佐美博が己の存在と自分の知る〈ローズマリーの聖女〉の記憶でこの世界を創ったというなら、俺がその内容に既視感を思うのも当然だろう。

 今の俺自身が、彼の一部からの再生品。

 俺の一部だったモノ同士が触れ合えば、多少は元の状態に近い感覚も共有するかもしれない。

 ……そういった作用が働いてたんじゃ…ないのかね?


 ……しかり、何より驚いたのは…俺の中に娘の昴が“居た”ということ。

 いや、昴を誕生させるタイミングで、彼女を集め、まとめる触媒なのが、俺だったって事実だな。

 …昴は卵の中身。俺はその卵の殻。

 ……なんとも、ウザインらしい役回りと言えるよな。

 詩杏さぁん。エスプリ効きすぎの配役だよ。

 文句は欠片も無いけどさ。


「しかし、この状況は…どうやって着地させるんだ?」


 昴の魂は、いまだ俺の中で泣いている。

 詩杏と、母親と別れなきゃならない事実に、あの子の心が泣いている。

 この世界は二千年を経たものだが、昴にとっては、今さっきまでがあの事故の瞬間だ。時を置いて癒すにも、これから、どれほどの時間を必要とするのか…?


「今の彼女の知覚と感情は、貴方の意識と繋がってますから、貴方の状態が安定すれば落ち着くはずですね。

 むしろ、より彼女を強く意識すれば、貴方の状態は宇佐美昴へと傾く懸念がありますね。

 ……そのまま、姿も含めて宇佐美昴へと変貌するか、中身のみ変わった……残念な外見のトランスジェンダーと化すかは、さすがに未知数の案件です」

「今、“キモい”とか言いかけて直したな?」


 だが、そうか。

 雛は殻を破って誕生する。

 俺って存在が昴に傾けば、そのくらいの変態……もとい、変身は起きても当然ってわけなんだな。


「どこかの性別変換ギャグ作品を連想したところ悪いですが、貴方の場合は一方通行ですよ。

 貴方の特異点の性質は、宇佐美昴の誕生をもって完了します。その時点で、ウザイン・ナリキンバーグが存在し続ける必要性は無いのです」

「……あー……」


 そうだな。

 ウザインってキャラは、聖女によって破滅し消える雑魚敵だ。

 宇佐美夫妻が可愛い我が子を聖女に配して設定したものが下敷きである以上、昴の誕生は即、俺の消滅と連結してても……必然過ぎるものってわけか。


「恐怖を感じますか?」

「いや、全く」


 本心から、恐怖は無い。

 宇佐美博としての覚悟かもしれないが、ウザインという俺も、その部分には不満も無い。


 ……うーん、達観?

 少なくとも、思考停止じゃぁ、ないな。


 だってなぁ…


「確認だが、世界中に昴復活の布石を置いた後のトリシアは、どうなったんだ?」

「消滅しました」

「やっぱりなぁ…」


 トリシアは香取詩杏、もしくは宇佐美詩杏の転生した存在では無い。

 現実の世界では昏睡している、彼女の夢見る無意識が娘のために差し向けた影の姿だ。

 まるで転生し、この世界で人生を経たかのように過ごしてはいたが、役目を終えれば、もう存在する必要の無いものなのだ。


 全ての布石の記憶を取り戻し、回収されるべき伏線を撒き終わった彼女は、これで昴がまた笑えると確信して…還ったのだろう。

 完璧とは言わないまでも、母親としてやれることはやったという確信をもって。


 なら俺も。

 昴のパパとしてやることはやって、結果を残さないとな!


「ウザイン様、崇高な覚悟に殉じようとしているところ、申し訳ありません」

「うわぉっ!」


 背後に唐突に生じた気配は、言わずもがなな、メイド隊の誰か。

 当人は何時もどおり平常運転のクールビューティー。同席してるツララも何の感情の変化が無いので、俺一人だけが動揺している残念な光景となる。


「……なんだ? まだ特に…休憩の時間でも無いだろう?」

「いえ、主の重要な決定が“悲喜劇”に至ろうとしておりますので、差し出がましく意見をと」

「……はぁ?」

「彼女の忠告は聞いた方が良いと思います」


 …あれ、なんか俺の知らんとこで謎の人脈が構築されている?


「香取詩杏よりの伝言を一つ。

“うっかりさんのウザイン君は、何時も誰かが傍で視てないとダメだから”と──」


 ……ざっと概要を聞くと、このメイド隊、俺がこの世界に再生した時の顛末。あの暗殺未遂事件を機に機能したトリシアの布石の一つらしい。

 物語世界特有のイベントで重要な転機が起きるのはこの世界の必然だが、そのイベントの着地点までは決まってないのが、大事な部分。

 あの事件で俺が死ぬ可能性が予定より大きく、以後も俺のイベント死の確率が大きいと視たトリシアは、その防衛要員としてメイド隊の設定を組み込んだということ。


 彼女らには俺への危険度状況を感知する能力があり、故にタイミング良く介入するのも得意なわけだ。


 ……そこのツララとメイドさん。

 何故、拳+サムシング+ひじ打ち+腕組み…とやり遂げた的な勝利の符号をかましてますか?

 二人して聞かれた意味が解らないって反応も謎過ぎる。

 両方とも無表情なんで正直不気味…いや…昔にそんなアイドルも居たけども。


「ともあれ意見具申もうします。

 早急な、御息女の復活は高い確率で将来の破局に結びます」

「んん? そりゃ、なんでだ?」

「それは、ウザイン様を取り巻く環境が──」


 ……なるほど。

 直ぐに俺が消えて昴が復活しても周囲の状況は変わらない。

 クズな下級貴族がある日突然、可憐で愛らしい聖女になっても、それで即、ハッピーエンドでおしまい…という程、この世界は都合良くないわけだ。


「何より、今の状況で御息女を復活させた場合、それはお亡くなりになった時のまま、五歳の心と身体のものです。

 主無しで、そんな幼子をこの魑魅魍魎の巣窟に、放り出せますか?」

「よし、世界征服して平和な世の中にしてからだな!」


 途端に零下な視線を貰うが、今度は自重の気持ちも無い。


 手頃な目標が見えたなら良い。

 聖女のために破滅する未来も、今なら大歓迎だ。


 その下準備は、全力でやってやろうじゃないか!





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