17 消え逝く記憶
夢を、観ているのだと思う。
だってついさっきまでリースベルと共に木陰のベンチで涼んでいたはずなのだから。
これがいわゆる、明晰夢ってやつかいな?
周囲は一番記憶に新しいものではないが……見覚えはあるものばかり。
地球は……日本の暮らしでのものばかりだ。
自分では自由に動けず、ただ何時かの昔の行動をなぞって動く情景を観察している風。
当事者でありながら同時に傍観者のような立場。
なんとも妙な気分になる。
主観視点が頭二つは高めに浮いてる感もるあるんで、浮遊霊っぽいのがその原因?
朝起きて学校……会社? か何かに通い、帰宅して家族団らんの後に寝る。
なんのことのない日常の光景。
あまり変化を感じない日々の連なり。
……ただ感慨がある。
寂しさは感じるが悲しいって部分は欠けているな。
ついで言うと、人物像が希薄なのもなぁ……
大昔のノベルゲームのシルエット像というか、某推理少年での犯人さんと言うか、輪郭で人とは解るがそれ以上の誰かという個性が見えない。
いやまぁ、たぶん、自分の家庭の光景なんだろうがな。
シルエットが大人か子共か程度は見分けられる。
大人が二人、子供が一人。そんな家族の私生活。さすがに他人の家庭の記憶なんぞは無いと思う。
「あのサイズのシルエットとなると、まだまだ幼児といっていい年頃か」
今は三人がキッチン……らしき部屋でテーブルを囲み食事をする光景。
何を話しているかは聞き取れない。
時折大人二人が子供に世話を向ける様子から、この子はまだまだ一人の食事に慣れていないなという印象だけが伝わってくる。
『――ウザ兄さん』
「おぅっ! リースベルか?」
『……そっか、この場所だから“繋がった”ようなのね』
「この、場所? 繋がった?」
『うん。亡者の妄執。悔恨。いずれ掠れて、消えていく生者だった者達の存在の名残が積もる場所なん。
“ここ”はウチの器神兵より元気だけど、質が似てるから来ちゃったようなのん』
……つまり、俺は夢を観てるわけじゃなく……?
『夢、といえば夢なのん。
ウチもウザ兄さんと一緒にうたた寝中だから、余計にリンクしやすかったかもなんね』
うーん……リースベルの説明はイマイチ理解し辛い。
が、まぁ、夢のような異空間で、夢では無い死者の記憶を覗き見てるってことなんかねぇ。
『だいたいそんなもん、なのん』
……いい加減だなぁ……
だが、死者か。
この三人のうちの誰かの記憶。
まぁ、解りきった問というか。
大人二人に注目すると、その仕草でなんとなくどれが誰かの想像が付いてくる。
特に子に対する態度が解りやすいな。
一方は何かと子の頭を撫でる行動が多く、それに喜ぶ子を抱き上げる仕草が……実は結構荒っぽい。
対してもう一方は子の行動に細かく世話を入れがちで、子の方はそれが面白くないのか、やや反抗期的な態度が出ている。むしろその反動でか甘やかしがちの方に抱きつき甘える態度が露骨過ぎるというか……
……あれ、俺ってこうも子煩悩だった?
まぁ、気兼ねなく娘を愛でれる時期なんて短いらしいがなぁ。
ただ、なんだろう。
子が頭を撫でられる時の光景にダブり、俺自身に妙な感触が……?
子供特有の細くサラサラなくせに柔らかい髪の感触が手に残るのと同時に、なぜか頭にもむず痒さが……?
……うん、もしかして両方の触覚が俺一人に再現されている?
誰か一人ならば納得する気も出るが、全員分はちょっと不思議な感覚だなぁ。
『うん。この光景は目で見たものじゃないのん。記憶の残り香、皆が体験してきたその物の情報なんよ。だから見る聞く、嗅いで触れての感情が何より先に再現されるのん』
ああそうか。そりゃ納得だ。
『でもそろそろ、素人さんは退散した方が良いのんね』
「そりゃ、なんで?」
『この世界で一番大きく、強い感情の残り香は最後の瞬間。死の間際なの。慣れていないと、そこに無理矢理共感しちゃって心を“また”死なせてしまうのん』
「は……はぁ?」
リースベルの言葉に反応したか、回りの場面がいきなり変化した。
時間は夜。暗くて何処かまでは解らないが、おそらくは郊外らしき外の……道の上?
俺は仰向けか?
視界は星が瞬く夜空を見上げている。
視線を変えようとしたが……ダメか。動かない。
視界の端が急に明るくなる。
次ぎに感じたのは大きな振動。
大地が揺れたからのもので、たぶん近くで爆発が起きたからの明かりと振動……
なんだ、この記憶は?
混乱しているうちに誰かが俺の視界に映り込んで来た。
今度はシルエット姿のものじゃない、普通に女だ。ピンボケのモザイクじみた荒い絵で誰かとは判別できないが、俺に覆い被さって見下ろす様子に長い髪が写るので間違えようが無い。
必死の形相なんだろうな。女――彼女も異様に赤い色で斑に染まっているし、何か、事故の状況ってことなんだろうか?
彼女に揺すられ視界が揺れる。
……ああ、こりゃ俺も怪我してるパターンだわ。
しかも全く動けない。視界のピントが合ったりボヤケたり。
もしかして致命傷ってやつか。
また光と振動。
彼女の髪が一瞬で振り乱れる、と思ったら髪が広がった方へ身体ごと浮いて……吹き飛ばされた?
うはぁ……大惨事かよ。
でもなんで俺は飛ばされないんだか?
視界の半分がやたらと明るい。
もう半分の夜の空は、そのコントラストのせいか星空も消えただの暗い闇のような……いや、視界の端っこに一つ、火の明るさとは違う赤い光点が……
『とう!』
「おごっ!?」
いきなり首筋への衝撃。
気づけばそこは、あの明晰夢の場ではなく、現実の……現実の? まぁいいか。とにかく〈ローズマリーの聖女〉の物語が絶対の現実の一角。
元の木陰の、ベンチであった。
俺は不覚にも、リースベルを“膝枕して居眠りしていた”らしい。
寝こけた拍子に上体が俯き、俺の膝を枕にヘソ天していたリースベルとデコを突き合せる寸前の状況である。
で、その無防備な首筋に容赦無い一刀を受けたという恰好だ。
「言った傍から“呑まれそう”になってんじゃないのん」
「……ああ、スマン」
「報酬は――アレでいいの」
「ん? ああ良いぞ」
仰向けの姿勢のままリースベルが指差す先は、一つの屋台。
蛍光色と原色で派手な色使いのポップな看板には“魔導氷菓子”と書かれている。
リースベルが最初から強請る気まんまんだったやつだ。
「新味の新作と噂されるものを所望するのん」
「ほいほい。で、名前は?」
「〈酢烏賊バー〉」
「………………いま、なんと?」
「だから
すいかばー……ああ、この世界にもあったんか、〈西瓜バー〉。
そりゃ有っても変じゃないな。乙女ゲームの世界だし。
緑と赤の色違いの氷と種を模したチョコチップと、地味に作成の手間の多い夏の庶民の美味の一つで……
「お二人ご所望の〈酢烏賊バー〉でございます」
「うおおっ!」
見上げれば何時ものメイド隊の一人が御使い役としてその現物を持って来ていた。
それは……キンキンに凍りきって尚且つ先端近くでクルンとループの形の状態で串に刺さった……吸盤が艶めかしいゲソの足。
ご丁寧に真っ赤な食紅で染めているのか、アイスバーというよりは確実に駄菓子の別のジャンルで好まれる類のものである。
「遠く極寒の氷海で獲れるという魔物〈ストラベン〉の触手髪を模したという氷菓子になります。現物はこちらの地方には酢漬けでしか入手不可能なため、その味の再現から試みられた――」
……魔導の美食は奥が深い。
ともあれ、寝惚け気味の頭じゃそう思うのがやっとの俺だった。
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