16 閑話・夕姫さんの完敗

「ルミナエラ御嬢様、依頼を請ける冒険者が来ました」

「そう、では会いましょうか」


 実家以外の荒事の専門ならば冒険者が一番に目に付く。

 王都の冒険者ギルドには第一線の戦闘能力を持つ者は少ないが皆無ではない。

 そこに期待して適当な理由の依頼を上げてみれば、我が家の知名度でか直ぐに請け負う者が来たようだ。


「貴族絡みの依頼は請ける方も注意するから、そういった要素を除外する気配りの成果かしらね?」


 やたらと高額。

 やたらと拘束期間が長い。

 依頼内容の情報が薄い、もしくはその逆。


 そういった、依頼に裏がありそうな特徴を可能な限り除外したのだ。

 ただし、やってもらう事は殺人も含む内容なので、そこの矛盾は無いように。


 今回は我が家に敵対する貴族が武装勢力を使っているので、その対抗としての護衛という役回りにしている。

 差し向ける時は“威力偵察”か、身内が襲われ攫われたのでその救出的な強襲を……といったところ。


 すでにこちらの人員にも被害が出ているので任務中の死亡の危険性は記してある。

 ……まぁ、最初の数人は捨て駒扱いなので確実に死ぬだろうが……そこはギルド内の協力者に連絡済みで、いつ消えても困らない実力者を選択してもらってもいる。


「さぁ、ウザイン・ナリキンバーク。今度は遅れはとりませんわよ」



「御嬢様、冒険者を通してもよろしいでしょうか?」

「ええ」


 そうして来た最初の冒険者……は……


「おっす、おら、メン・ヲクウっちゅーだ。オメがおらに依頼してきた貴族様っか?」

「チェンジでーーーーっ!」

「おっ、御嬢様!?」

「折角依頼を請けていただいてありがたく存じますが貴方は今回のオシゴトの場に少々適さない御容姿と思われますわ本当に残念残念で仕方ないですけどコレばかりは致し方ありませんわね本当に本当に残念ですわでもそうね此方の都合で反故にしてしまうのですものただ帰すだけではニルフォクス公爵家の家格にも傷がついてしまうわねそうそうほんの心付けだけでも貰っていただけるかしらほんの気持ちだけですからお気になさらずにね☆ではそうね執事から渡してもらいましょうかでは御機嫌ようサウヲナラ!」


「……お、おぅ。そっか? ……まぁ気にすんな、な」

「お嬢……っ!?」


 酸欠で苦しいので視線だけでの指示を飛ばす。

 少し殺意も混じってしまったか、執事の表情が引き攣ってるが意味は察したらしい。

 すごすごと黒髪ツンツン爆発頭で、オレンジの胴着を着た冒険者を連れ退席していく。


 私が息を整えるだけの無言の時間。

 部下は理由は解らなくても何か粗相をした事だけは理解している。


 ……ちょっと本気で怒鳴りたいけど……夕姫、落ち着きなさい。彼は知らなかったの。けっして手元に置いて使っちゃいけないコラボキャラが居たってことに。

 だからここは冷静に。貴族令嬢らしく、彼等の支配者らしく、優雅で毅然とした態度で。


「人員集めに少し注意を追加しておくわ。

 いい、良く聞き万が一にでも忘れないように。

 今見たいな毛色の人材は除外。いいわね?

 黒髪の他に金髪だったり青髪だったりするかもしれないし、同じツンツン髪でも狂犬顔でソリコミのキツい小さいオッサンも居るかもだけど、全部除外。

 いいわね?」


 部下全員が頷くのを確認。

 良かった、これでもう、この世界をドッカンされる心配は……


「ああ追加を少し、同じく小さいので全身に白タイツを着たようなのもダメよ。言葉の端々に“ホホホホ○○さんぅ”とかオネェっぽいのも混じったら確実。絶対、私の前には連れてこないで!」

「りょ、了解しました」


 なんかどっと気疲れしたわ……

 お茶の用意でもしてもらおうかしら。


「御嬢様、あのご面会の――」

「次の冒険者なら少し時間をとってほしいのだけど……」


「特異点・音な……訂正、ルミナエラ。少し貴女に時間を取らせても良いでしょうか?」

「つ、ツララ?」


 もう会わないような別れ方をしたツララ――雪緒ちゃんが現われた。

 その様子は先日から全く変わっていない。

 ……いや、全体的にどこかしら埃っぽくはなっているが……それは再会後の彼女の喪女っぷりからすれば当然の変化なのでおかしくはない。



「どうしてここに? 貴女が消えるまではウザイン・ナリキンバークと共に居ると言ってましたのに」

「彼のキャパシティへの負荷が大きすぎたので少し休憩をとりました。その合間の時間の有効活用です」

「……そうですの……」


 彼女が前世の繋がり通りに五月ちゃんメイウィンドの所に行かなかった事には複雑な気持ちが浮かぶ。

 嬉しいような……または本当に、彼女が元の雪緒ちゃんでは無い証拠のような残念さが。


「ところでルミナエラ。貴女は私の忠告を無視し、特異点・ウザイン・ナリキンバークへ手勢を差し向けましたね?」

「……なんのことかしら?」

「無駄な人的消費と再度忠告に来ました。彼の“守護者”にはこの世界の生命は無力ですよ」

「……守護者……とは?」


 ウザイン自身の特殊性は幾つもの報告を受けている。

 魔術士寄りの汎用戦闘職の性質。だから送り込む人材は魔術より物理に秀でた者をという注文もつけている。


「やはり気づいていませんか。常に、彼の傍に控える者達です」

「彼の……? ……ああ、あのメイド」


 言われて思い出す。いつも部下然として背後に従う者達が居たわね。貴族に付き人は当然なので、本当に今さらに思い出した。

 確かにあのメイドは学内、街中のどこにでも着いている。

 だが、メイド“一人”が守護者であろうとどうという事には……


 ……え?

 メイドが、一人?

 噓、あのメイドはもっと何人も……あら、正確な人数を思い出せない?


「アレは特異点・ウザイン・ナリキンバークの無意識が管理する自動迎撃システム。アレの前で敵対の意思をもてばウザイン当人が認識しない事象も全て抹消の対象になる。

 あの形態をとる理由は私も知らないが、人の形はしているよう見えても、実態は物理的な接触は無効の濃密な魔素の集合体。だから貴女の部下たちは、ただ無為に分解され魔素の塵へと還元されていった。

 おそらくその事実すらを理解していないと推測したので、こうして来たのです」


 ……ツララが恐ろしい事を言っている。

 あのメイドが……人じゃない?

 いえ、そもそも指摘を受けるまでその存在すら忘れていた。

 それはまるで、私が使う高位の認識阻害の魔術のような?


「必要時に必要なだけ具現化して生じる事象の一部です。アレの要素や構成を理解できない者には、姿が消えたと同時に意識の中から記憶も消えるでしょう」


 そんな……あちらはそんなチートまで持っているというの?

 殺される瞬間さえ存在を知れない暗殺者なんで、チートって言葉ですら生温いズルじゃない……


「……って、え?

 じゃあ、なんで今、そのメイドの事を私は……」

「ええ、ですから実例を体験してもらいますよ。二度と忘れることのできないよう、貴女の根幹へのトラウマとして」


 そうしてツララは私の背後に視線を向ける。

 そんな、私の後には執事たちしか――


「初めまして、ルミナエラ・ニルフォクス様。私はウザイン様にお仕えし名も無きメイドにございます」

「ひぃっ!?」


 慌てて立ち退き振り返ると、そこには一人メイドが居た!

 そう、あのウザインの後にいつも影のように付き従う……見慣れた女性の記憶が鮮明になっていく。


「ルミナエラ様に関してはツララ様より詳細をお聞きしています。

 出自は違えど、我が主と同じくこの世界には必要な御方だとか」


 細められた目と口角の上がった唇から微笑に見えるが……内包している感情は憤怒以外の何物でもないのは確実で……私はこの世界で初めて、本物の恐怖の刃に深く心臓まで刺されたのを自覚した。


「要請は忠告のみと推奨します。彼女にはこれからも大事な役回りがあります」

「はいツララ様。それは重々承知しております。我が主からも、聖女や“主要きゃら”なる存在など、この世界に重要な者達の殺生は禁じられておりますから」


 それだけ言うとメイドは軽く会釈の姿勢のまま輪郭が徐々に薄まり、最後にはそこには最初から何も無かったかのような空白が。

 部下たちはと視線を彷徨わすと、何のことは無い。元居た位置の気絶し、ただその場で床に倒れているだけだった。


「なぜ彼女達が即時反撃してこなかったかの理由は解ったでしょう。でも限度はあると思いますよ。現に彼女等は、主の決断を必要としない対処案件には躊躇しない」


 ツララの言う意味を噛み砕くと、主要キャラ……この物語に大事じゃないものは余さず消すということだろうか?

 私の部下が消されたように?


 ……つまり、最悪は私以外のニルフォクス公爵家が消滅するという……


「……ひっ」


 思わず膝が砕け蹲ってしまった。

 身体が震える。

 ありえないくらいに、ガクガクとバカみたいに身体が揺れる。


「……今夜は私もオフです。少し、落ち着いてゆっくりと話しましょうか。

 そうですね、昔の私の補填のためにも、もう一度“乙姫先生”と教え子の白瀬雪緒として再会するのも良いでしょう」




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