15 閑話・忠誠の具現者

「旦那様、本日、王都側から進めていた街道整備隊との合流が完了致しました。程なくこちらに帰還するそうです」

「おおそうか。先日着工の連絡が来たばかりだというに、随分と早いな」

「はい……どうも坊ちゃま付きの“想定外要員”が、かなり増員されたようで……正に人海戦術の成果らしいです」

「……そうかぁ……ウザインは自重の言葉を忘れたようだなぁ……」


 我が息子、ウザイン。

 忘れようもない、かの暗殺未遂事件より変貌し、異常なまでの才能に開花した息子は、王都に行っても順調に世間を賑わせていた。


 こちらに居た頃は自制していたらしい魔術への偏執も、その学びの本場に行った刺激からなのか、さらに偏っていったようだ。前にも増して威力がバカな大魔術を連発したというし、新しい魔術すら創作したという報告も受けている。


 また兄のボタクルとも妙に息が合ったらしい。

 妙な新商品を創作しては予想外の商圏拡大を事後報告で連絡してきて……結構頭痛の種になったりもした。

 特に最新の報告は…………

 …………まぁ、永年の憂いが消えると思えば追求はすまい。

 敵勢力の沈静化ではなく消滅という手段にやや思う部分もあるが……討伐対象が魔物のみになるというのは領地を預かる者としては喜ぶしかない。


 ……念のため、関係書類は全て燃やしておこう。

 少しでも不安の種は消しといた方が気が楽だ。


 ああそうだ。不安の種と言えば。


「ところで、王都でウザインに近づく毒蛾の報告は?」

「金せびり目的の下位貴族は数えきれません。それぞれの利用価値で優劣をつけリスト化しておりますが、まだ半年ではあまり正確とも。一度御覧になられますか?」

「いやそちらはいい。私が見たいのは……あのクソ公爵に近い連中のものだ。そっちは少しでも目を離すと……取り返しの着かない話になりそうでなぁ……」

「畏まりました……、通常レベルでしたらライオンレイズ公爵家の御令嬢からのものでしょうか。坊ちゃまの異常性に関心を持ち近づいたようです」

「流れは?」

「ええ……喜ばしい事に“通常”の反応かと。お歳の割に賢明な方のようで、坊ちゃまを政の膿みに浸けようとはなさらないようで。ただ、個人的な関心は高そうとのことです」


 ライオンレイズ公爵家御令嬢、確かリリィティアとかいう娘だったか。

 王宮での勢力では弱体化しつつあるところなので、ウチやウザインを金の湧く泉として見るかが心配だったところだ。

 特に先日、とうとうあのド阿呆ガーネシアン野郎がウチの伯爵家への上爵を決めやがった。

 これで家格的にはギリ公爵家とも縁談を結べるようになってしまった。

 リリィティアは王太子との婚約が決まっている娘ではあるが、今の王家の質はどの貴族が見ても次代にまで保ちそうが無いくらいに危うい。

 王弟の立場なガーネシアンが新たな王座に就かないとなれば、次ぎに有力なのは、実はライオンレイズ公爵家なのだ。


 ……その立場の補強用にとでも、ウザインに接触する懸念は、実は前々から覚悟はしていた。


「――ではリリィティアがウザインを体の良い道具とする心配は?」

「今のところは、無いものと」

「ではライオンレイズ公爵家寄りの貴族の心配も無いか。すると他の二家だが……」


 ウチの寄親となるガーネシアン公爵家は下手な小細工はしてこない。

 要求があるなら直球で聞いてくるだろう。

 とうか、溜まり溜まった貸しを返しきるまでは聞く気も無いが。

 ……まぁ、息子の不祥事の尻拭いを一年も続ければ……借りは返したとでも勘違いして何か言ってくるかもしれないか。


 残るは、ニルフォクス公爵家か。

 あそこはなぁ……


「ニルフォクス公爵家からの反応は?」

「領内の“影”は通常どおり泳がせています。露見して問題無い機密は放置する形で。領外の動向に関しては……さすがに……」

「そこは仕方が無い、か」


 が、ウザインへの接触は無いようなので良しとするか。

 あの家ならば、あの子の異常性に早々に目をつけて何か仕掛けてくるとも思ってたんだが……。



 ニルフォクス公爵家には冒険者時代に少しチョッカイを掛けたことがある。

 例によってガーネシアンの阿呆に引き摺られたとも言うが、とにかく、厄介としか感じない内容だった。


 あの家の正体は神殿の一宗派、天光神の正義を執行する実行部隊を祖とする暗殺部族になる。

 なんでも、噓か本当か領地の中心に太古の魔王の亡骸を封印した塚があり、それを三千に渡り鎮守してきた守人が開祖なんだとか。


 確かに、潜入した時にそれらしい墳墓は確認した。

 ガーネシアンはその墳墓に奉納された古代の魔法剣をガメるが目的とか言ってたが、蓋を開けてみたら見事なガセネタ。

 封印用の術具や呪具は山ほどあったが、売り物になるようなものは何も無いという……完全な無駄足仕事だったのだ。


「……しかも俺だけ逃げ切れず、虎の子の残機転生の爆札ワンナップを使って死んだフリだったものなぁ……」

「は?」

「いや、なんでもない」


〈残機転生の爆札〉とは、やはり冒険探索で入手した特殊な転移アイテム。

 本体は白と赤のツートンカラーな小箱で、使用者を登録すると最大五枚の転移の札が出る。

 この札の発動条件が実に特殊で、使用者当人が死なないとダメなのだ。

 それが発動のトリガーとなり、周囲一帯を巻き込む大爆発を起こしつつ、小箱のある地点に使用者は復活する。


 ……ただの転移で良いんじゃなんか?


 そんな疑問は通じない。

 古代の発掘品なんてそんなものだ。


 貴重な品をバカのために無駄にしたという気分は……いつの間にかまた増えていた一枚で少しは修まったが、それがどうしてなのかが謎なので、下手に検証のつもりで使う気にはなれていない。




「旦那様、街道整備隊が帰還しました」

「っおおっ、本当に早いな」

「報告は如何致しますか?」

「疲労が酷くないのなら会おうか」

「畏まりました」


 少しの間を置いて現われたのは、絶えずウザインの傍に控えるメイドのうちの一人。

 こちらでは久しぶり見るが……9年経ってもあまり変わったようには見えないな。


「お久し振りでございます、旦那様」

「うむ、今回は迅速な街道の整備に大義だったな」

「ボルタル様の工作作業への陽動でございましたので、多少派手な行動になりましたが」

「ああ、隣国の焦土計画か。ウザインも容赦無い」

「いえ、ウザイン様はボルタル様の要望に沿った発案をなさっただけですので。あの方はむしろ、学業の方に専念なさりたいご様子です」

「本当にか?」

「………………」


「まあ、良い。長旅ではあったのだから、まずは休むといい。その後は折角だし、今の向こうの様子でも報告してくれ」


「承りました。では失礼します」



 退室するメイドを見送り、私は背後に振り向く。

 そこには私付の侍従長を筆頭に侍女が三名。常に控えている。

 家令は私の代わりに妻に着いて何かと重要案件の指示に動くので、普段は侍従長が雑談の相手になる。

 だが、今回は侍女の一人に直接、話す。


「どうだい、メアリ。あの彼女メイドの様子は?」

「……不思議ですね、9年前から少しも変わっておりません。……“私”は順当に老いてますのに。半年も見なければ少しは変わった様子もと思いましたが、本当に、昔の私のままでございますね」

「そうか、その方がそう言うならば、確実なのだろうな」


 私が問うた相手は、昔はウザインの乳母役として配していた侍女になる。

 ウザインの暗殺未遂の折には毒の刃に倒れ、しばらく療養の暇に出していた。


「あの時は本気で驚いたなぁ」


 あの子が回復してから。

 突然彼女が現われた。

 始めは誰もがメアリが回復し、復帰したものと勘違いした。

 だが、気づけば、メアリが二人三人と同時に現われはじめ、ウザインの守護者へとなっていた。


「アレも、ウザインが知らず創造した何か……なのだろうなぁ」

「報告には坊ちゃまが王都にて使い魔を得たともあります。しかし本当の意味での使い魔となると……」

「まぁ、そこは濁しておくとしよう。何にしろ息子を守る絶対の守護者は心強い」


 かの名も無きメイドたちはウザインを裏切らない。

 それが確かならば、別に問題は無いのだ。




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