14 閑話・ルミナエラさん、もがく

 先日からウザイン・ナリキンバークに本格的な調査の手を伸ばした。

 実家の部下を可能な限り投入した。王家の裏を全て扱う人員だ。例え相手が私と同じ転生者で、特異点といった特別な存在だとしてもその周辺は取るに足らない下位貴族の勢力。

 この国の貴族社会に急激に勢力を高めてはいるが、その足下から崩していけば直ぐにも消えてしまうだろう。

 それこそ、聖女への雑魚敵として相応しい末路を演出できる。

 ウザインとそのナリキンバーク家は絶対の正義の前に儚く散る悪役なのだ。

 物語のとおり、その家名ごとこの世界から消してやろう。


 ただし、彼が世に出した品々は確保しなければならない。

 それは情報提供、改竄、捏造を公の記録として保証する協力者たちの絶対条件になった。

 それらは既に王家や宮中、各貴族の勢力、神殿、世間の有力者などに深く刺さった杭のようなトゲと化していた。

 ナリキンバークの消滅と共にそれも消えるというのは、もう耐えられないのが今の社会の現実なのだ。


「本当に、対応が遅れましたのね……」


 チートアイテムがこの手の世界を蹂躙しやすいのは解っていたが、その“モノ”がなまじ美容品だったせいでルミナエラ自身の判断も鈍ったとしか言いようがない。


「ううう……私にもっと現代チートの知識があれば……」


 前世の音無夕姫を一言で言うなら“凡人”である。

 少々オタ気味に腐った方面へと傾倒したが、それで腐の絵師として大成するでもなし。

 もっぱら読み専に着地してからは手元に動かせる現金が必要とお手軽バイトな学生時代。気づけば、社会に出てどの道かで自立するほどのスキルも修めず、大学の面子半分、何とか教員免許の課程だけを得て先の暗い社会人へとなったのだ。

 ……もっとも、その道も正式な教師となる前に途切れたが。


「私の美容品への関心……食べ残しのキュウリでパックの再利用くらいだったしなぁ」


 喪女一歩手前だったせいでか、使用する化粧関係はドラッグストアか100円ショップの品くらいである。成分は本当に大丈夫かと心配になることもあったが、“医薬品の専門店で売ってるなら大丈夫でしょ”と根拠無い理由で深くは考えてもいなかった。

 何より、都会で暮らすとネット知識で自作するより買った方が遙かに経済的なのだ。

 そうした経験を何度も繰り返すうちに、自分が化粧を憶えた時代と今の時代で彩るポイントが違ってこようと……もうどーでも良くなる。

 美を追求してもゴールは無いと悟ってしまう。

 最初の頃はワザワザ美容サロンのお勧め(有料)を試したりもしてたが、そのうち駅地下の化粧品コーナーの試供品の手解きになり、最後は薬局。

 うん、落ちるとこまで落ちたわね……と残念に思う気概すら消えた……今に思うと残念な二十代だった。


 教育実習生の仮面用に月一でヘアサロンには通ったが、改めてセルフメンテを憶えようとしてもダメだった。結局最初の頃は母や妹に顔面施工してもらい、嫌がられてからは自撮りの写真を参考に何とか再現をな半年間。


 ……まぁ、二時間も鏡の前で無駄な足掻きをしてた頃から考えると、今に転生して本気で良かったと思ってしまう。

 今は、同じくらいに時間を使うとしても全て侍女たちプロの技の成果で済むだけ楽だ。


 中身が喪女のルミナエラですらそうなのだ。

 この世界の女性、および彼女等に頭の上がらない男性諸氏には劇薬レベルの福音だろう。

 だからついつい、ウザインの行動を見逃してしまっていたのだ。


「でも今回は本気でいきます。“乙姫モード”はしばらく封印。ルミナエラとして、この国の毒は消毒しないと……」



 そして、今朝の事だ。

 放った手勢が……軒並み音信不通と化したと報告を受けたのが。


 ウザインの暮らす王都の別邸に放った“影”たちは、かの敷地に入ってそのまま、姿を消した。


 王都にあるナリキンバーク家の商会支店へは前から定期的に巡回させていた者も含めて、支店から帰還の途中で消息を絶った。


 さらには……ツララと図書館に詰めているウザイン当人への監視の手勢も……昨夜からパッタリと消えてしまった。


「……どういう……わけですの?」

「順当に推測するならば、あちら側の勢力に討ち取られたとしか……」


 それは解っている。

 我が家の部下たちは、ただニルフォクス公爵家への忠誠心のみで動く者達だ。

 王家の家臣でもなく、王国の民でもなく、古くからこの地の安寧だけを目的に生きる民の末裔としての守人。〈ローズマリーの聖女〉の設定にすら無い、独自の規律で纏まった戦闘部族の果てが今の、ニルフォクス公爵家の者達。


「末端の誰一人をしても手練れの暗殺者なのが私たちですわよね? それが、なんの手掛かりも残さず消された? そんなことはあり得ますの?」

「通常ならば、あり得ません。……ですが、ナリキンバーク家には以前から不穏な噂もありまして……」

「噂、ですか?」

「ナリキンバーク家が貴族位を得るときのことですが、その背景に追えない部分が多々ありまして……おそらくは、私共と似た出自の一族ではないかと……」



 この世界の国名や国の貴族位は名の由来にその土地の呼び名が使われることが多い。

 我がニルフォクス公爵家も、その語源は“夜のように暗い霧の谷”という地名の古語から来ている。

 ……より正確に言うならば、そういった史実を元に〈ローズマリーの聖女〉の世界の設定になっているというのが正しいが。


 そして時代を過ぎればその名が一人歩きし、領地を広げた貴族がまったく関係無い土地にその名をあてたりもする。

 現在の貴族はこちらが基本。元の家名の血統が絶えた場合も名だけは残し、在野の平民が叙爵する時などの候補にする。


 ナリキンバーク家の場合は少し異質で、元々商会としての屋号として使っていたものをそのまま貴族の家名に変えたという経緯を報告されていた。

 物語の設定がどこまで絡んだことからの内容かは、残念ながらよく知らない。


「元は、現王の王弟が在野に下り冒険者をしていたころの部下……いえ仲間だったと聞いてますが?」

「はい、登録は魔術士として。ただ活動内容を非公式の部分も加え判断しますと、斥候か猟兵といった役回りだったと思われます」

「そうですか……」


 どちらも隠密系に属す役回り。

 王位簒奪で今のある現王の貴族時代は……確か山岳系の地方に暮らす一族だったはずなので、もしかするとナリキンバーク家の祖はその頃から仕える家臣の系統なのかもしれない……と?


「噂に尾ヒレがつくのは承知の上として、眉唾ものの話の一部には土魔術の短剣を無数に飛ばしてくる。残像を残した素早い動きをする。巨大な魔物を召喚し乗機の形で使役する。果てには倒すと自爆する……など、常軌を逸するものすら出てきまして。場合によっては我ら以上に異質な一族という節も」


 ……え?

 それってまさか、ニンジャ?

 それもまさか、フーマ忍法超的な? (※註 誤字じゃありませんw)


 ちょっとそれ、いきなり作品世界が違うんですけど?

 ……ああでも、〈ローズマリーの聖女〉ってそういう部分もあるわよね。

 コラボも本当にカオスだったし。



「御嬢様?」

「はっ、いえ、なんでも無いわ。

 でも、そうね。現実問題として、ウチの諜報系の勢力じゃ対抗しきれない脅威だって事実は認めないとなのね」

「……恥ずかしながら」

「なら別の手を。

 とりあえず、都合良く使い潰せそうな在野の人材に当たりをつけて。

 荒事の専門家は、訓練した貴族に勝る実力を持ちますわ」

「御意」



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