10 トリシアの足跡 (3)

 今回のトリシア関係の調べ物に際し、ツララから一つの忠告……いや俺の暴走とかとは別件のやつで条件をもらっていた。


『彼女の事を調べるならば、特異点・ウザイン・ナリキンバーク単独での行動を勧める』


 ……うん、その意味がよく解った。

 とりあえず図書館漬けの貫徹一日目を経験しての感想……


 いや現場を見たら即効で予想はできたんだけどね。

 実感してのものはまた別枠だったというか。

 一緒に行動したがるフラウに、苦行じみた徹夜作業はさせたくないわな。


「それにしても、一晩で備忘録の方を終えるとは想定外の成果と思われる?」

「終えた…ってのはちょっとな。とりあえず中身に明らかに日本語の部分とイラストのとこだけ見つけて除けただけだし」


 そうそう、異世界ものに有りそうな展開で、日本語、特に漢字の文章は見事に暗号扱いになっていた件。

 またラフ画に近い絵も同じく暗号か、特殊な魔法陣と解釈されてるのがあったんだよね。


 この世界の言語でのものは多少なり利用済みのようなので、そういった部分だけをチョイスして後で見直そうという分類。

 文書は長文で量も膨大なので、内容をいちいち読んでる暇も無し。

 で、そんだけで一晩を終えたともいうので……これが成果と言って良いかは自分の中では大変微妙なのだなぁ。


「後な、流し見の違和感もあるから、本にしてるやつに確実にページ抜けがある。そっちはまぁ……あの文書箱の中なんだろうなってやつだ」

「……では、そちらは私が分別しておこうか?」

「すまないが頼む。ちょっとコーヒーでも入れて脳を休ませたい」


 サポート役を言って出たツララは、現状あまり人としての制約を受けないらしい。人らしく寝て休む思考ではないし、肉体の疲労は魔術的に解消可能。食事を含む生理機能は普通だが、この図書館内は長時間居るのも可能なので室内の一角にフードコートのようなものも存在する。


 さすがに貫徹とはいってもぶっ通しの作業は無理なので、こうして生き抜きしつつのものとなったのだ。




「……で、監視の役目なんでしょうが……他に何か要件がおありですか?」

「はぁ……いえ、以前にも申しましたが、こちらはライオンレイズ家の意向よりなるだけ貴方の行動には制約をつけないよう……いえ、実は館長経由で一つ、依頼したい件が――」


 コーヒーで一服、のタイミングを見計らってたのか忍び寄ってきたのは司書長の上級生。

 何か行動が怪し過ぎたので、カマカケのつもりで声をかけただけなんだが。

 嫌な方向の予想って当たりやすいよなぁ。


 図書館館長っていうと、まぁ、賢者マルドゥーク・マーリニスのことだろう。

 聖女の恋人候補の一人で最年長のご老人。正直祖父と孫ほど年の離れたカップル設定は全年齢作品でやっていいもんなのかというデンジャラスなルートのもの。


 ……まぁ、見た目で若けりゃノーカン対象ってのも乙女ゲームの世界っぽいっちゃ、ぽいんだが。


 一応言っとくと、この設定に関しては香取詩杏は関与していない。

 たぶん、後年の特殊な趣向の後輩が付け加えたもんなんだろう。


 ……ただなぁ、まさかとは思うが、俺のネタと同様にモデルが居たとしたら恐ろしい案件。大学教授とJDのプライベートがー……とかだったら、実にヤバい。

 だってその内容、たぶん文集としてその大学に遺ってるんだろうし。


 ……マルドゥーク……マーリニス……似た語呂あいの教授とか居なかったよな?


「……あの…ナリキンバーク様?」

「ああ、はい。スミマセン。ちょっと徹夜で意識が。続きをどうぞぉ」

「はい、実は、ですね――」


 とりあえず今回の俺の行動は、しれっとリリィティア様に流れてるのは通常の流れ。

 ただ管理の面からしても、マルドゥーク館長が知るのも当然だ。そこはツララ自身も連絡を入れてるのだから別に変じゃない。

 この司書長は、上位どちらかの指示での監視役として、俺たちを一晩チェックしてたわけである。

 ただ向こうの想像じゃ、俺がトリシアの魔術を参考に個人の魔術技能を伸ばす方向の行為と思っていたらしい。

 まあ、普通はそう思うか。異様な経歴を晒してても一学生が宮廷魔術士に対するアプローチとしてなら……俺でもそう思う。

 だが状況を観察してみりゃ、やってることは単純な整理作業。

 ここで素人さんなら適当な写本の対象を抜いてるくらいの解釈なんだろうが、どうやら司書さんの目にはしっかり特異性を看破されてたらしい。


 千年近く未解読のまま放置されていた物ばかり抜粋してりゃ……そう思うのも当然か。


 で、推測を立てたわけだ。

 俺、もしくは俺とツララは、トリシアの暗号を解読する術をもっていると。

 後は簡単。

 その内容か資料を公開可能なら提供してほしい。“学術的進歩のために!”的な要請である。


 ……うん。

 探求系の人はそんなもんだ。

 ある意味自身の欲望に忠実というか。降って湧いた幸運は必ず得られるとか思い込む。

 なので答えは単純。


「無理です」


 あらららら。美人の絶望に染まる顔が……

 そこに色気が出たなら本物なのだろうが、残念ながら司書さんはお笑い業界に適性があるらしい。

 徹夜明けの精神には反射的に笑いそうになる威力のとこを自制し、何とか平静な顔面のままで対応する。


「駆け出しでも魔術士個人が取り組む案件に横入は関心しませんよ。そういった要望は、少なくとも有る程度の実績を私が出し、しかるべき機関に発表してから出るものでしょう?」


 ま、司書長さんの反応からして今回の件が彼女単独の感情のものとは透けて見えた。

 そして無下にするとたぶん、妙な展開になるとも予想したので体裁をつけた返答にしておく。

 というか、発表できるものはパッと見大変少ないけどね。

 魔法陣な解釈の四コマ漫画のネームとか、どうやって発表しろと言うのか?

 新種の魔物の素描画とか解釈されてるものが……BでLな合体シーンの裸婦画……もといラフ画だと公表したらどーなるのか?


 最低でも、この学院の品格は地に落ちるんでないかい?

 というか、魔術士の最高峰としてトリシアを信奉する系の連中から確実に指名手配を受けるだろう。

 そんなのヤダよ。


 というわけで、この一件はどーやっても闇に葬る系の調べ物は確定なのだな。




 ……うん、フラウらを参加させんで本当に良かった。



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